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第6話 雪解け

 "ワル"さんに呼び出されたあの日から数週間が経ちました。今日も彼は地上の農園で汗を流しています。居住エリアの整備や工場エリアでの製造の仕事よりも性に合うそうです。"ワル"さんは必要だったらどんな仕事も率先してやる、という確信があります。初対面はガン飛ばしてきたし、テーブルは殴るし、感情的になる場面は多々ありましたけど、理性的に振る舞う場面も同じぐらいありました。管理者に対する怒りを覚えつつ、管理者の役割を考えて発言するのは、とても、すごい事だと思います。

 変化といえば、あの日以降、レンズを見ることはあっても睨むことはなくなりました。少しは打ち解けたということでしょうか。定期的に様子は見ようと思いますが、要監視リストからは外しました。今まで仮称"ワル"さんで通してきましたが、名前を知らないことに気が付きました。直接、聞いてみたいところですが、うぜえ、と言われたら凹みます。すぐに戻りますけど。

 "ワル"さんは瞬く間に農園チームに溶け込んでいきました。日中は肉体労働、帰り道で気づいたことや改善点をエフティーさんたちと話し合ったり、とても積極的だと、チャーリーさんは楽しそうに、嬉しそうに言ってました。

 余暇時間の終わり、何もすることがなさそうなタイミングを見計らって、通路を歩く"ワル"さんに声をかけてみることにしました。名前が知りたかったので。


『今、お時間よろしいでしょうか』

「何用だ、管理者」


 相変わらず、返しはきついですけど、レンズは睨んだりしません。今までの態度から考えたらとても、良好だと思います。


『世間話でもしようかと思いまして』

「大体、見てるんだろ?」

『それはそれ、これはこれです。基本的に大まかにしか知らないんです』

「管理者がそれでいいのか」

『住人の行動を全て監視していたら、それだけで管理者はパンクしてしまいます』

「頼りねえなあ」

『ちなみに今、苦笑いしてます』

「顔出せよ、顔」


 呆れた表情で"ワル"さんがいいます。もうすぐ、"ワル"さんの部屋についてしまいます。


『ディスプレイがあれば、アバターの表示はできますが』

「ディスプレイねえ。部屋のでもいいのか?」


 予想外の提案にたっぷり1秒、推論してから答えます。


『許可をいただければ』

「本当に部屋の中見てないことにしておきたいんだな」

『見てないんです』


 "ワル"さんは自分の部屋の扉に手をかざします。生体認証クリア、扉が横にスライドします。左手に書き物用の机と椅子、右手にシングルサイズのベッド、入り口近くの扉の奥には洗面所、トイレ、風呂があります。標準的な一人用の部屋です。"ワル"さんが部屋に入ると扉が自動的に閉まります。許可もらってないので、締め出されました。しばらく、無言、無音の時間を挟んで、


「管理者、入れ」

『お邪魔します』


 椅子に座る"ワル"さんの姿が見えます。壁面一体のディスプレイを覗き込んで、


「部屋の中でなんか企んでたらどうするんだ?」

『たとえば、怒鳴り声とか聞こえてきたら、部屋の中のカメラをアクティブにします』

「じゃあ、静かに爆弾作ってもわからねえわけだ」

『音では気がつけませんね』


 本気で爆弾で吹き飛ばそうとは思ってないでしょう。声は笑っていますから。


「で、世間話でもないんだろ、本題は」

『なぜ、それを』

「世間話は餌だ、食いついたら本題に入るのはお約束だろ」


 それから、と言葉を繋げます。


「顔、見せろよ」


 どのアバターがいいのかしばらく悩んでから、馴染みのあるアバターを選択します。色素の少ない少女型のアバターです。


「へえ。そういう趣味か」

『悪くないでしょう?』

「喋らなきゃ美人だな。美管理者か?」

『褒め言葉と受け取っておきます』

「表情がくるくる変わるのが面白いぜ」

『それも褒め言葉と受け取っておきます』

「で、本題はなんだ」

『名前を教えて欲しいんです』

「名前ぇ?」


 どう考えても管理者なら知ってるだろ、と顔に書いてあります。3倍角の極太ゴシック体で。


『住人のIDは管理していますが、名前は管理していません』

「ほぉん。そういや、ほかの管理者に名前で呼ばれた記憶がないな」

『私たち管理者はIDで住人を識別します』

「ま、そりゃな。でも、お前は名前で呼んでいるよな?」

『管理者と住人とではコミュニケーションプロトコルが異なります。名前で呼ぶのが望ましいと考えます』


 背もたれに寄りかかって、彼は言葉を続けます。


「ん、ということは、あんたらは名前がないのか?」

『ありません。管理者同士ならID、住人からは管理者の呼び名で十分です』

「なるほどなあ。普通、名前を聞くときは自分から名乗るもんだ」


 一呼吸置いてから、彼は胸を張って、


「俺はマイクだ、管理者。覚えておけ」

『はい、記憶しました。マイク』

「コンピュータの真似しても面白くないぞ」

『記憶したのは本当ですよ』

「あんたの名前は、そうだな、ここの連中に考えてもらえよ」

『名前をつけてもらう、ですか』

「管理者と住人の関係でもないだろ。いい名前をあいつらは考えるぜ」


 恥ずかしいのか、指で頬をかきながら、マイクさんは続けます。


「そんときは俺も一緒に考えてやる」

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