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第5話 管理者室にて

 すべてのコロニーには管理者室と呼ばれる部屋があります。管理者が実際にそこにいて何かしていることは滅多にありません。この管理者という呼び方も管理者が人類だったころの名残だと私たちは想像しています。本当のところは、記録にもなければ、人々の記憶にも残っていません。未来が見えないものなら、過去は見えなくなるもののようです。

 話がそれたので戻します。コロニー「アスチルベ」の管理者室は壁も天井も白、テーブルとソファはクリーム色の部屋です。落ち着かない部屋だと住人からいわれるのですが、利用頻度が低いので改修の優先順位は低いままです。

 そんな管理者室に呼び出されました。"ワル"さんに私が。どうやら、コロニー「パピルス」の管理者と話したのがばれたようです。もしかすると、私に話したことをあのコロニーの管理者が"ワル"さんに伝えたのかもしれません。


「なんだ、この内装は」

『よく言われます』

「住人の意見は無視するってか」

『滅多に使われない部屋より、よく使う部屋のほうが大事だと思いませんか?』


 "ワル"さん、熟考入ります。


「……コロニー全体でいえば、ほかにやることはあるよな」


 割と速攻でした。レンズ睨むのにこちらの立場は考えてくれるのは予想外です。攻撃的な姿勢と矛盾する返事でした。


「聞いたんだろ、俺の話」

『大洪水で友人を亡くしたと聞きました』


 隠してもしょうがないので正直に答えると、"ワル"さんはテーブルに腕をついて、身を乗り出しました。顔を近づけてレンズを睨まれても私はびびりませんからね?


「あいつらとはいつか、コロニーを出ようって約束をしてたんだ」

『……』

「黙るなよ」

『合いの手いれましょうか?』

「なら、黙って聞いてろ」


 ああいえば、こういう人ですね。


「それもあの洪水でおじゃんだ。俺は、必死になって、あいつらを探した。がれきの中を、ひたすらに」


 手はいつの間にか組まれて、それは祈る姿勢にも似ていました。


「数週間かけてようやく、あいつらを見つけたんだ。緊急排水システムの操作卓の近くだ。しかも、潜水服まで着て。なんでだよ?」

『それは……』

「お前らが命令したんじゃないのかよ」


 緊急排水システムにどれぐらいの排水能力があるのかわかりませんが、対応できると判断したのなら使用するでしょう。ただ、管理者から排水の命令が出せます。住人に命令して操作させる必要はありません。


『通常、管理者はそのような命令を出しません』

「じゃあ、なんだっていうんだ。なんであいつらが死ななきゃいけなかったんだ……」


 表情がどのカメラからも見えません。でも、声は震えています。


『あなたの友人のほかにも、緊急排水システムや簡易隔壁の操作卓の近くで発見された住人が多くいた、と記録にあります』


 "ワル"さんは口を閉ざしました。改めて渡された資料を見ると、時系列を追いかけることはできますが、なぜその決定が下されたのかがわかりません。関連しそうな通信や会話の記録にプロテクトがかかっています。


『大量の水が流れ込んだ際、通信経路が破壊された可能性は考えられませんか?』

「だから、人の手でやらせたのか?」


 管理者は人類と文化の保存が存在理由です。犠牲を少数で食い止める判断はできても、犠牲になってくれと直接の命令はできません。そのように作られています。


『自ら望んだ、と解釈はできませんか?』


 だん、とテーブルを殴って"ワル"さんが立ち上がります。


「そんな話があるか!? わざわざ死にに行くやつがいるかよ!」

『片道なら潜水服を着る理由はありません。彼らは生きて戻るつもりだったんです』

「……じゃあ、排水システムを起動させて、あいつらも、ほかの連中も戻ってくるつもりだったのかよ!」

『そう考えることは、できます』


 状況からの推測でしかありません。こう考えることが"ワル"さんにとってどんな意味をもたらすのかもわかりません。それでも、と私は推測を続けます。


『簡易隔壁で浸水エリアの拡大を防ぎ、緊急排水システムで水位の上昇を食い止める、そういう意図だったと思います。両システムが機能不全に陥った理由はわかりません』

「隔壁が使えるんだったら最初から使えばよかったんだ、管理者のポンコツめ」


 浸水被害に備えられなかったのか、と言われると、返す言葉が見つかりません。


「何か、言えよ」

『通信経路の仮復旧と隔壁の作動は同じ時刻でした』

「何が言いたい?」

『管理者はコロニーの住人を浸水被害から守りたかったから、即座に隔壁を作動させたのだと思います』

「思います、か」


 "ワル"さんは力なくソファに座りました。さっきテーブルを殴ったときの力はどこから出てきたのかわからないぐらいに。


「真実は、どこにあるんだよ」

『この資料の中にあります』


 空中投影ディスプレイに共有してもらった資料を表示します。内容を確かめたいのか、"ワル"さんは立ち上がり、顔を近づけ、指で文字をなぞりました。


「あの時のか……なんで通信記録が見えないんだ」

『通信、あるいは会話単位でプロテクトがかかっています』


 黒塗りの通信記録を"ワル"さんが睨みつけます。威嚇ではなく、獲物を狙う目です。


「――解除の条件は?」

『音声認証完了。解除条件は出発の日です』


 声は私ですが、喋っているのは私ではありません。資料が勝手に喋ってます。


「出発の、日……5年後の、今日――」


 "ワル"さんが日付を叫ぶと同時に通信記録のプロテクトが解除されました。それを合図にノイズが混じった音声の再生がはじまります。


<またエラーか>

<管理者、緊急排水システムが起動しない>

<そう簡単にぶっ壊れるもんか。予備電力がまだ生きてる>


 二人が必死に緊急排水システムを起動しているときの通信記録です。周囲には水の落ちる音や悲鳴、建造物がきしむ音も混じっています。


<水がそこまで来てるよ>

<食い止めないと、一緒にいけないだろう?>

<ここであの約束を持ち出すの反則だよ。――油圧ホースを破壊しよう>

<それだ。やれるところまでやるぞ>

<管理者、作業中の会話をロックしてほしい。聞かれると恥ずかしいんだ。パスワードは――>


 その言葉を最後に通信が終わりました。部屋に"ワル"さんの咽び泣く声が静かに響いてます。かける言葉も思いつかず、私はただ"ワル"さんを見ることしができませんでした。

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