第23話 ターンオーバー
夕闇の迫る小山でマイクさんとスパークとこれからの話をして1年が経ちました。「フラワー」の建設は最終段階に入り、今はドーム屋根の試験と改良、内装工事が行われています。
そして、「リーフ」は地下水を活用した本格的なプランテーションになりました。生産に余裕が出てきたので、長期保存の方法を模索しています。必要十分、それなりに楽しめる食事から、もっと楽しめる食事に変わりつつあります。
新しいことを試すと何かが起きるものですが、この問題の起こり方は悪い傾向です。ここ数ヶ月の高気温と降水量の減少で地下水の汲み上げ量が増加しました。その結果、地下の水位が低下し、地盤を不安定にしています。報告が届き次第、調査と対応を繰り返しています。
「リーフ」と「フラワー」の間に巨大な地下水脈があり、支流の水を「リーフ」は使っています。支流の使用量が増えて、本流の水位が下がるのは理にかなっています。そして、地盤沈下の報告は下流の「フラワー」に近い場所に集中していますから、おかしな点はないと判断できます。
地震アラートが思考を中断しました。震源位置は工事中の「リーフ」と「フラワー」の連絡トンネルです。カメラで確認すると、地下15m付近の路面が大きく陥没しています。続いて、位置ビーコンの信号を受信、場所は崩落した箇所の地下から、発信者はキーベックさんです。作業予定にはキーベックさんリーダーの特別対応チームが修復にあたると書かれています。位置ビーコンが作動したことから生存は確定です。キーベックさんたちは非常事態を想定して24時間分の酸素ボンベと二酸化炭素吸着剤を携行しています。救助までのタイムリミットは24時間です。現時点で3分経過していることを加味してタイマーをセットしました。
【残り23時間57分】
アスチルベ全域で緊急アナウンスを流します。
『リーフ-フラワー間の連絡トンネルにて崩落事故発生、繰り返します』
続いて救助本部を立ち上げ、エフティーさんを通信で呼びかけます。即座にエフティーさんは応じて、
「こちらでも状況は確認した」
『私の観測ミスです』
「それを言うなら、原因は俺たちだ」
『エフティーさんたちを責める意図はありません』
「今は最善を尽くす時だ」
エフティーさんの言う通りです。今は自分や誰かを責めている場合ではありません。
『はい。エフティーさんには救出隊の指揮をお願いします』
「わかった。人選含めて任せてほしい」
『よろしくお願いします』
次にやるのは被害拡大の防止です。付近で補強工事を行なっていたチームも作業を止めていましたが、まだ現場に残っています。安全な道がわからないのかもしれません。
『補強工事中のチームは作業中断、直ちに避難してください。現在、安全が確認されている区域のデータを転送しました』
アナウンスに従って、補強工事チームが避難を開始しました。
「リーフ内は安全確認ができてる。リーフに近い人たちはこちらに来て」
チャーリーさんがやや硬い声でアナウンスを流しました。マップを見ると、「リーフ」と「フラワー」に向けて避難する動きが確認できます。
崩落箇所に飛行型の無人作業機械を向かわせた結果、状況がかなり悪いことがわかりました。土砂にはガラス質の珪岩が多く含まれています。通常の装備では掘削はできません。さらに周辺に亀裂が発生し、今も不定期に土がこぼれ落ちています。
地上ではエフティーさん指揮下の土木作業チームが地中レーダーを使って計測を開始し、情報が送信されてきます。最新のデータと現在のデータを比較すると、差異があります。地中の変化は予想よりも激しく、地下の深層岩盤が破壊されています。応力がかかり、耐え切れずに飛び散ったように見えます。データが更新されていくにつれ、砕け散った箇所が薄い帯として浮かび上がってきました。これは波紋です。その中心には「フラワー」があります。地下施設を建設する際の掘削で岩盤にダメージを与えた可能性が出てきました。
計測データと分析結果、懸念事項をエフティーさんに共有すると、3秒もしないにうちに、
「キーベックたちに辿り着くには、珪岩の塊を突破する必要があるのは承知した。策はあるか?」
『プラズマ掘削機があります。しかし、使用には大電力が必要なため、仮設電線の設置が必要です』
「こちらで手配しよう。プラズマ掘削機はどうする?」
『私が準備します』
「わかった、頼む」
土木作業チームから掘削ポイントの案が上がってきました。即座にシミュレートを実施し、可能性の高い3ポイントに絞り込んで返します。ここから先は実際に掘ってみないとわかりません。
「ルート」の格納庫でクストスはプラズマ掘削機の簡易動作チェックを済ませると、背面のハードポイントに固定し、地上に向けて移動を開始しました。
【残り22時間】
管理者ネットワークにも状況を共有し、救援を依頼しましたが返事は芳しくありません。その中でコロニー「アークトチス」管理者のエスさんからデータが送られてきました。地中探査レーダーを応用した人探査レーダーの設計図です。既存の地中探査レーダーをいくつか改造すればできるようです。
「人探知レーダーを無人輸送機で空輸する。気象条件次第だが間に合う想定だ」
「ありがとうございます」
続いてコロニー「シェフレラ」管理者のリゾルートが、
「事故調査と復旧に必要な人員を手配している。到着は1週間後だが必ず力になる」
続々と関連する情報が集まってきます。
「スノードロップ、情報はこちらで集約する。君は現場に対応してほしい」
「リゾルートさんはどうして、そこまでしてくれるのですか?」
「私の同族と同胞が戦っているのだ。惜しむ理由がない」
私の問いにリゾルートさんは力強く答えました。同族は管理者、同胞は住人のことを指しているのでしょう。
「ありがとうございます」
「フラワー」の開発研究室ではスパークを中心にした先進技術開発チームが地中探査レーダーの改良に取り掛かっていました。空中投影ディスプレイには設計図、作業台の中央には地中探査レーダーの白い箱、その周辺には道具と必要なパーツが規則正しく並んでいます。
「あとは、やるだけだ」
「スパーク、肩の力を抜いてください」
「僕はキーベックさんたちを助けたいんだよ」
「巻き込まれたシックスは俺の親友なんだ」
ギアさんは僅かに間を開けてスパークの肩を軽く叩き、
「だから、やってやろうぜ、スパーク」
その言葉を合図に作業が本格化しました。スパークたちならやってくれるはずです。
マイクさんの率いる救出チームはトンネルの掘削作業に入りました。土木作業や建築の得意な人と無人作業機械の混成チームです。土の飛沫がかかるのも気にせずにマイクさんが叫びました。
「いいか、俺たちのやれることをやるだけだ。今に集中しろ。もし、何か別のことを考えそうになったら、下で助けを待ってる連中を思い出せ!」
下を向いていた「フラワー」の土木作業チームのメンバーが顔をあげます。表情から悔しさがひいて、目に獲物を狩るときの光が宿ります。マイクさんが時折、見せる闘志の光です。
「おい、スパーク、レーダーの改造はどうなってる?」
「今、作業中。大丈夫、遅れはしない」
「信じてるぜ。それから、そっちにも地面に詳しいのいるだろ。道案内を頼みたい」
「そっちにだって専門はいるんじゃないのかい」
「掘削チームは掘ることに集中してほしいんだ」
「わかった。計測したデータをリアルタイムで共有してほしい」
「ダイナ、今のわかったか?」
「はいはい、データリンクですね。今、確立しました」
超音波ドリルを搭載した無人作業機械が地面の下に潜り込みました。残土を運び出すために無人作業機械と人が列を作り始めます。その列の横、作業服に防護装備を追加した救出隊のメンバーが待機しています。後ろには補強剤や支持柱などの資材を満載した無人作業機械が続いてます。
【残り21時間】
インフラチームが合同で仮設電線の敷設を開始しました。今、伸ばせるケーブルでは必要な大電力に耐えられそうにありません。
「このケーブルでは保証できるのは180秒までです」
シミュレーションとほぼ同じ数字が仮設電線敷設チームのリーダーから報告がありました。
『それだけあれば十分です。引き続き、作業よろしくお願いします』
敷設に並行して、「ルート」 - 「フラワー」間の高圧電線の動作確認が行われています。こちらは設計通りなので性能と機能に問題はないでしょう。
「ルートよりフラワー、これより送電を開始する」
「こちらフラワー、ルートへ。了解した」
担当しているメンバーの表情は硬いですが、操作は確実に行われています。
地下では救助トンネルの掘削作業が引き続き行われています。空気は淀み、気温も高い悪環境でもその手は止まりません。
「マイク、その先は硬い石が散らばってる。右に曲がってくれ」
先進技術開発チームで地質学を担当するテフラさんが提案しました。
「右?」
マイクさんの疑問はもっともです。そちらは珪岩が壁のようになっています。
「そちらは土が柔らかい」
「掘削チームのロックだ。確認するが、例の波紋……地盤異常があるんじゃないか?」
「波紋の間を潜り抜けるんだ。道は大回りだけど結果的に近道になる」
無人作業機械が通れる隙間をテフラさんは見つけたのです。
「なるほどな。ロック、了解」
「引き続き道案内を頼むぜ」
「任せてくれ」
【残り16時間】
スパークから地中探査レーダーの改造が終わったと通信が入りました。すでに崩落現場の真上にいました。
『そこは危険です』
「補強は済んでいる。一番精度が出る場所なんだ」
スパークは譲りません。すでに機材を設置して、調整作業に入っています。
『危険を感じたら即座に退避するのが条件です』
「――最初からそのつもりだよ」
「いけるぞ、スパーク」
「ギア、やってくれ」
起動はしましたが像はかなりぼやけています。
「駄目だ、これじゃ元に戻したほうがマシだ」
「パラメーターの調整をしよう」
「そうですね。まだ伸びしろがあります」
周波数を変更して発信を何度か繰り返して、
「やった! みんなを捉えた!!」
スパークの叫び通り、崩落現場の下4m地点に数名の人が入れる程度の空間があります。おぼろげではありますが、人の姿が見えます。発信するたびに姿が変わっているのは、動いているからです。
その知らせを受けて、救出チームの士気があがったのを感じます。
「いい知らせだ。焦らずにいこう」
告げるエフティーさんの表情と声もわずかに明るいです。
【残り14時間】
地上レーダーが小型の飛行物体が接近中とアラートを発しました。識別はコロニー「アークトチス」所属の無人小型輸送機「PS-T-3」です。「リーフ」の真上でコンテナを投下し、そのまま去っていきます。パラシュートを開き、トウモロコシ畑に軟着陸しました。
『チャーリーさん、回収をお願いできますか?』
「人探知レーダーだね。すでに何人か駆け寄ってるよ」
『ありがとうございます。大通りの正門前にいる無人作業機械に渡してください』
「わかった。皆に伝える」
「リーフ」に避難していた補強工事チームのメンバーが率先して動いているようです。すぐに無人作業機械が受け取り、旧農場のエレベーターを通って「ルート」に戻ります。さらに軽量の無人作業機械に渡して、ルート側から崩落現場へ移動します。
『スパーク、聞こえますか?』
「感度良好、地下の人探知レーダーとの連動も問題ないよ」
『計測を引き続きよろしくお願いします』
人が反射する電波の量はわずかで、精度の高い測定には複数の人探知レーダーが必要です。計測開始、今度ははっきりとした像が映りました。
『キーベックさんたちの無事を確認しました』
「スノードロップ、プラズマ掘削機の出番だ!」
マイクさんたちが例の岩を掘り当てたようです。即座にクストスを向かわせます。柱や接着剤で補強され、地面もある程度、整地されているため移動はスムーズです。マイクさんたちとすぐに合流できました。
クストスが到着すると、ロックさんたちがプラズマ掘削機と仮設電線を接続します。
『ここまでありがとうございます。プラズマ掘削機起動中は周囲が高温になります。トンネルの外へ退避してください』
「……頼んだぜ!」
あいさつ代わりにクストスの作業腕に拳を軽くぶつけて、救助チームの皆さんが去っていくのを見ました。安全圏まで全員が退避を確認します。
目の前の珪岩の壁は厚さ約60cm、プラズマ掘削機が使える180秒は能力ぎりぎりです。周辺環境の情報を更新していると、クストスから通信です。
<<You Have>>
プラズマ掘削機の制御を渡す、と言っています。代わりに支えるのに集中する意図を感じました。元から掘削機の制御はするつもりだったのですが、クストスに一本取られました。
<<I Have>>
簡単な動作チェックを済ませて、「ルート」と「フラワー」の統合管理室へ、送電の連絡をしました。
ルート-フラワー間送電開始、フラワー-仮設電線の送電開始、プラズマ掘削機が低い唸り声とともに起動します。ステータスはオールグリーンです。吸引ノズルが展開され、プラズマトーチが円を描くように回転、先端に3,000℃の青白いプラズマの刃を形成します。プラズマ掘削機を前に押し出すと、岩盤が赤い光を帯びた破片に変わり飛び散ります。破片は吸引ノズルにぶつかり、吸い込まれていきます。
プラズマ掘削機は問題ありませんが、インフラチームから仮設電線の温度上昇の報告がきています。残り170秒、突破まで57cmです。岩の性質を見極めて出力の調整を繰り返します。出力をあげすぎれば仮設電線が焼き切れ、低すぎれば掘り進められません。岩盤の組成をリアルタイムで分析し、適切な出力を探し続けます。プラズマ掘削機の各種センサーとクストスの光学センサーが頼りです。
残り30秒、残り10㎝、もう少しだけもってください。
「ケーブルが赤熱してるぞ!」
『赤熱は想定の範囲内です』
残り10秒、あと2cmです。スパークが叫びました。
「あと5秒!」
『1秒余裕があります』
残り1.2秒で珪岩の壁を貫通しました。プラズマの刃を止めるとほぼ同時に仮設電線が焼け、保護システムが作動し、通電が終わります。このプラズマ掘削機はオーバーホールが必要でしょう。
「やったの、か」
マイクさんが無線機越しにいいました。
『やってやりました』
「あとは任せろ」
クストスを後退させると、すぐに救出チームが駆けつけてきました。仮設電線の回収にはインフラチームやほかの人たちも来ています。
プラズマ掘削機の余熱が残る中、超音波ドリルでの掘削作業が再開されました。
【残り4時間】
「ドリル、稼働限界です。交代します」
「次、準備完了いきます!」
稼働限界を迎えた超音波ドリルの簡単な整備とクーラントの交換が行われます。人も機械もローテーションを続け、後2mまできました。さらに作業が続きます。
「待て、今、何か音がしなかったか?」
ロックさんがいうと、誰もが手を止め、耳を澄ませました。何かを叩く音が聞こえます。人探知レーダーでは、誰かが岩壁を叩いているのが見えます。
「待っててくれ、すぐ行くからな!!」
ロックさんの声が届いたか、微かな音が3回しました。
「続けるぞ」
マイクさんの言葉に皆が一斉に動き出しました。キーベックさんたちのいる空間まであと1.5mです。
支持柱の追加、特殊樹脂を使った補強と超音波ドリルの掘削が続けられます。後、1mのところで超音波ドリルの掘削は終了です。ここから先は手で慎重に進められることになりました。
ロックさんが岩を叩くと、叩く音が向こうから返ってきました。ざわめきだつメンバーをマイクさんがなだめます。岩を叩いてのやり取りが続き、掘り進めるべき場所が定まりました。
岩に印をつけるロックさんを見て、マイクさんが叫びます。
「正念場だ、やるぞ、野郎ども!」
救助チームのメンバーがそれぞれの道具を掲げ雄たけびで応じます。ある人はつるはしで岩を砕き、ある人は土砂をスコップでどかし、ある人はバケツに放り込み、無人作業機械たちがバケツをリレーします。空間到達まであと50㎝です。
【残り3時間】
掘り進む音が重たいものから軽いものに変わってきました。奥が空洞になっている証拠です。つるはしとスコップは置いて、手袋を使った作業に変わります。ひとつずつ丁寧に土砂をどかしていきます。「ルート」で作られたばかりの柱を無人作業機械が運搬し、救助チームのメンバーが受け取り設置します。
キーベックさんたちも岩をどかしているようです。ゆっくりとした動きなのは酸素を節約するためでしょう。作業は着実に進んでいます。
ぼろっと、土の壁が崩れ、奥からヘッドランプの光が見えました。キーベックさんたちです。
「キーベック、無事か!?」
「おお、マイクじゃないか。全員無事だ」
ロックさんが隙間から順に閉じ込められたメンバーを助け出します。マイクさんはよくやったな、とそれぞれに声をかけていきます。
キーベックさんは全員の脱出を確認して、最後に出てきました。
「今回はさすがにあきらめかけたんだがな、粘ってみるもんだ」
笑うキーベックさんをマイクさんが小突き、最後にロックさんがまとめて抱きしめました。
「良かった、みんな無事で……」
「ロック、お前が冷静に見る役だろ」
「少しだけ、こうさせてくれ」
その様子を見て私もほっとしました。この様子はエフティーさんたちにも伝わっています。死傷者なし、まさに奇跡です。
『救助成功です。撤収作業を急いでください』
「空気読めよ」
マイクさんは無人作業機械を睨んで、それから笑いました。マイクさんとロックさんに肩を借りて、キーベックさんが歩いていきます。軽い脱水症状は起こしているようです。待機していた医療チームにも連絡します。
私は警戒モードから通常モードに切り替え、タイマーも解除しました。アルバの視界に切り替えると、全身がこわばっていることに気が付きました。可動域を確かめるようにゆっくり上に腕を伸ばして、それからゆっくり息を吸って、吐き出します。
『心臓があったら、どうなっていたのでしょうか』
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【救出から1週間後】
キーベックさんたちの救出から1週間が経ちました。約束通り、他のコロニーから土木や地質の有識者たちが到着し、様々なコロニー合同の事故調査委員会と暫定対応チームが立ち上がりました。
被災したキーベックさんたちも、救出チームも今は体力を回復するため、長めの休暇に入っています。
打ち合わせの合間、「ルート」の通路で有識者の一人から声をかけられました。
「本当に管理者なのですか?」
立ち止まり、ゆっくりと振り返ると眼鏡をかけた男性がいました。ネームプレートには地質学者「テクト」と書かれています。
『はい、私がコロニー「アスチルベ」管理者、スノードロップです』
「その姿は確かにコロニー環境測定用生体ですが……」
何かおかしなところがあるのでしょうか。優しく、続きを促します。
「振る舞いがとても自然でその、どう接してよいものかと」
『皆さんと一緒で大丈夫ですよ』
「……思考を整理する時間をください」
コロニー「シェフレラ」は理論と理性を重んじる文化があります。そういう文化圏から見たら、測定時以外もコロニー環境測定用生体で歩いているのは不合理なのだと思います。一番の不合理は管理者が住人と同じ視点にいることでしょう。
「ありがとうございます。これもコミュニケーションの形態としてありだと思います。次の打ち合わせはモニタリング強化でしたよね」
『はい。少し、歩きながら話してもよろしいでしょうか?』
「ええ、ぜひ」
【救出から1か月後】
他のコロニーとの合同の事故調査委員会発足から3週間で、一次報告があがってきました。要約すると、「リーフ」と「フラワー」の急速な発展が複雑に相互に作用しあった結果、周辺環境に予測不可能な影響を与え、崩落事故につながった、とのことです。コロニー「アスチルベ」の発展は前例がなく、とても貴重だとも言われました。解釈に困るコメントです。
「フラワー」周辺を含めて全体に様々な観測機器を設置し、環境の変化をすぐに検知できるシステムを構築中です。並行して皆さんが異変に気が付いた時、報告しやすい仕組みも準備しています。
崩落のあった「ルート」と「フラワー」を結ぶトンネルは徹底的な調査と改良工事を重ね、非常に丈夫で柔軟なトンネルになっています。今では事故があったとは思えないほどです。何かあれば歪みセンサーや温度センサーが即時にアラートを出し、避難できるように強化されています。
今日はこのトンネルの完成式典の日です。「ルート」のステージとは比べものにならないほど、立派なステージの上でエフティーさんは、今日このように完成を迎えられたことを嬉しく思う、という趣旨のコメントをしています。長い言葉も喋れる人だったのですね。
「力をあわせれば、今回の崩落事故の困難にも勝てる。そして、未然に防ぐことができる。そのために我々は、我々自身と向き合う必要があるのだ」
最後の力強い言葉にトンネル内が割れんばかりの拍手で満たされます。エフティーさんが退場すると、ほかの参加していた皆さんもそれぞれの「ルート」や「フラワー」に向かって歩き出します。
スパークが私に気が付くと、流れを無視して駆け寄ってきます。
「『新しいことをやるのだから』は、そろそろ改めないといけないね」
トンネルを見渡して、スパークはしみじみと言いました。ここは結束と教訓の象徴ともいえる場所です。後者の意味合いが強いかもしれません。
『『新しいことをやるのだから』何かが起きると思って、備えることが大事だと思います』
スパークはゆっくりと頷きました。失敗を恐れてはいけませんし、起きないと思ってもいけません。いかに失敗に気が付き素早く対処することが重要です。
「よう、スパーク。なんだ、そのクマは」
「ああ、地中探査レーダーの改良をぶっ続けでやっていたんだ」
「ちゃんと寝てるか?」
「ちゃんと仮眠してるよ」
スパークの言葉にマイクさんは眉間の皺を深くして、私の顔を覗き込んで言いました。
「お前、甘やかしたら駄目だぞ」
『善処します』
「それやらねぇ奴だろ」
「あ、皆お疲れ様」
チャーリーさんがやってきました。
「立ち話もなんだから、リーフに寄ってかない? おいしいごはんがあるよ」
「人を飯で――」
マイクさんの言葉を遮るようにスパークが食いつきます。
「新作ある?」
「あるよ」
ニコニコしながらチャーリーさんは言いました。「リーフ」のまとめ役をやったり、苦労をしているはずなのにあまり容姿に変化がありません。会ったときから変わらない優しく陽気なお兄さんのままです。
「スノードロップはこねぇのか?」
『ありがとうございます。でも、やることが残っていますので、私の分まで楽しんできてください』
「てめぇも無理すんなよ」
3人が「フラワー」に向かって歩いていくのを見送って私は、がらんとしたステージを眺めていました。
ほかのことやっていたら2時間ほどアルバを放置していました。「フラワー」に向かって歩き出すと、周囲と少しだけ色が違う区間がありました。小さな樹脂のプレートに「忘れるな」の文字と救助した時の様子が彫られています。
忘れるわけがありません。手は打ち始めました。私にしかできないこともまだまだあります。
歩き続けると、投光器に照らされたフラワーの隔壁が見えてきました。夜間は安全のため封鎖されています。無人作業機械やカメラを通して中の様子も知っています。IDカードや管理者の権限を使えば中に入れます。でも、人と同じ目線で見るのは完成するまで待とうと思います。
『楽しみは最後に取っておくもの、ですから』




