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ラッダイトだけはご容赦を  作者: フィーネ・ラグサズ
第4章: 未来の花

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第22話 ゴー・アヘッド

 地上コロニーの見学から10年の月日が経ちました。管理者同士、管理者と住人の相互理解を促すために「リンカー」というチームが発足しました。最初は多くの管理者から私がリーダーだと推薦されました。コロニー「アークトチス」管理者「エス」は「住人との協働に成功した前例があるのだから」と強く推したほどです。

 しかし、私は辞退をしました。


「この貴重な学習機会を活かすため、オブザーバーの立場で参加させてください」


 私は互いの意見の異なる管理者たちを客観的な立場から観察して、より多くのことを学習できます。また、チームメンバーは自分たちで考え、行動し、経験が積めます。最終的にエスも良い考えだと認めてくれました。

 チームはすでに、管理者同士、管理者と住人の間に入って、互いの言葉や意見を翻訳する機能を発揮しつつあります。これにより、運営や技術のノウハウの交換がはじまり、消極的だったコロニー管理者同士のコミュニケーションの活発化の兆しが現れました。あだ名文化の広まりもその一つだと思います。

 リンカーはコロニーの管理者や住人と一緒に目的とやり方を一緒に考える立場で広めるのが正攻法だと思います。これはチャーリーさんからの受け売りですけれど。

 そんなことをしている間に地上コロニーは町から街に変わり、自然と競い合う賑やかな場所になっています。その街はチャーリーさんが取りまとめています。新たに半地下式コロニーの開発計画が正式に決まったとき、どう呼び分けるか問題になりました。


『別のコロニーとして分けて考えてはどうでしょうか』


 と提案したところ、


「三つあわせてアスチルベだ」


 と反対されて、複合コロニー「アスチルベ」となりました。地下のシェルター式コロニーは「ルート」、地上の都市型コロニーは「リーフ」、半地下式コロニーは「フラワー」という仮称を提案したら、こちらはそのまま採用されて、広まっています。

 皆さんは意識していないと思いますが、管理者は複数のコロニーを管理するよう設計されていません。もちろん、私も例外ではありません。3コロニー全体を俯瞰できるよう本体の拡張と最適化を行い、分散して判断するために総合統括システムを追加しました。管理者ネットワークでその話をしたら、正気か、と言われましたが私は正気です。全系統異常なしです。ビーチパールウォートのコロニー管理者だけはいいね、と言ってくれました。大規模改修を自分でやったことがあるからでしょう。

 夕闇が迫る小山から見下ろす「リーフ」も「フラワー」もどちらも光り輝いています。前者は生活を営む灯で、後者は新しいものを生み出すための眩い光です。「フラワー」の無人作業機械に音声認識と会話機能を追加する改修を行いました。人から指示を出しやすく、無人作業機械たちからの結果報告を円滑にすることを意図したのですが、今ではどちらも互いにやりたいことを伝えたり、相手の仕事ぶりを称える用途で使われています。たまに罵倒が出るようですが、それは、命のかかわる場面なので仕方ないと思います。

 今は半地下式コロニー「フラワー」の地上部分の建設中です。地下の空気・水の循環システム、各種発電システム、廃棄物処理システムはすでに完成し、試運転を開始しています。実証実験の狙いが強く、かなり野心的な技術が使われています。たとえば、第2層にあるミューオン触媒核融合炉です。従来の核融合炉よりも温度の管理が簡単で小型化できる利点がありますが、動かした経験は誰もありません。実績のある方式の核融合炉も使われているので冗長性は確保してあります。第1層の空気と水の循環システムは本格的な運用が始まっています。第3層の廃棄物処理システムは試運転中です。

 「フラワー」の地上部分は外壁が完成し、内側のサブドームも形になってきました。完成系がおぼろげに想像できる状態になってきたと思います。

 建設の主責任者はエフティーさん、補佐はなんとマイクさんです。マイクさんは積極的に否定的な意見や漠然とした不安を吸い上げて、それをエフティーさんに伝えているようです。スパークは、エンジニアチーム内に新たに先進技術開発チーム、通称・ギーク団を立ち上げて、日々、新素材の研究と開発を行っています。最近はドームの屋根を支えるワイヤーネットに思考特化ユニットを組み込もうと苦戦しています。

 「リーフ」は一度、落ち着きましたが、大規模なプランテーション化計画が持ち上がり、今は実行中です。本格的な稼働が始まれば食料事情が一変するかもしれません。

 「ルート」は変化がないようで実は、水や空気の循環システムを各エリアに分散させてより強靭性を高めました。より生活がしやすいよう居住エリアには藻のパネルをはじめとして、垂直栽培の棚を追加したりして、自然が感じられる空間に変わりました。工場は3Dプリンターに切り替えました。最初は生産速度の問題があったのですが、驚異的な速度で改善サイクルが回りだし、最終的には量産品もライン生産と同じ速度でできるようになっています。しかも、夜間は睡眠モード、つまりは自己修復を行うようになり、作業者の負担が減りました。これは作業者の人たちからの評価も上々です。たまに変なことが起きるので、そこは統括ユニットとお話ししているようです。

 「ルート」と「リーフ」での最大の変化は自然出産技術が復活したことでしょうか。文化的な影響が多いので割愛しますが、人は人の手で子供を産み、育てられるようになったということです。利用技術や教育、文化の観点で大快挙といって良いでしょう。もちろん、課題はたくさんありますが、それは少しずつ解決しつつあります。

 風に運ばれた空気は生活と機械や建材の匂いがごちゃまぜになった匂いです。いい匂いではないですが、このコロニーの息づいている証のようで好きです。

 遠くから、無人作業機械の歩行音が聞こえてきました。しばらくすると、スパークとマイクさんが無人作業機械の背に乗っているのが見えます。


「高みの見物ってか」

『フラワーの補佐が油を売っていいんですか?』

「いいだろ、管理者が暇してるんだから」


 無人作業機械の背から飛び降りて、マイクさんは言いました。

 スパークはタラップを使って下りて、


「母さん、さっきまで打ち合わせで大立ち回りを演じてたよ」

『大立ち回りというほどではないですよ』

「何やったんだ」

「今後の作業を無人作業機械たちに割り振ったら大反発があってね」


 スパークは肩をすくめて話を進めます。


「性能限界を超える作業で破損する恐れがある、と主張する無人作業機械たちに増員の計画と既存の無人作業機械のアップグレード計画をぶつけた」

「ぱっと見はよさそうだが、それ、さらに反発されただろ」


 とマイクさんが言いました。その通り、大反発がありました。


「そう。アップグレード中は作業はできない。無人作業機械を増員しても学習最適化の間は作業効率があがらない」

「俺らだって同じことを言うぜ」

「で、母さんは、アップグレードは通常の整備時間内に段階的に行うと言ったんだ」

「ほぉん」


 あまりに興味なさそうなマイクさんにスパークはどう説明したらいいかな、としばらく考えてから、


「ようは、今の無人作業機械を段階的にパワーアップさせて、落ち着いたところで増員する。最初は大きな変化はなくても、途中で指数関数的に生産性が伸びるって説いたのさ」


 とスパークが言いました。お母さんと呼んでくれたあの日から背は随分伸びました。線の細さと好奇心は相変わらずです。


「あれか、ルートの工場か」


 顎をさするマイクさんは背格好は変わりませんが額に皺ができています。でも、眼光の鋭さは今も変わりありません。


「それ。あれはすごかっただろう?」

「すごかった。で、ワイヤーのほうはどうなんだ?」


 マイクさんに切り込まれて、スパークが切られた、みたいなジェスチャーをしました。

 ドームの屋根に使うワイヤーのことです。巨大なドームはただのワイヤーでは支えきれません。そこで特化思考装置を組み込む、テンションを自律制御する方法をスパークが提案しました。しかし、特化思考装置を網に連結させると、今度は重心の変化や接続部の強度が問題になってしまい、先進技術チームは日々あの手この手を試しているようです。


「また、新しい案を思いついたんだ。特化思考装置をケーブルに編み込む」


 私の右横に立つスパークを見上げて尋ねます。


『編み込めるのですか?』

「編み込める。センサーも全部編み込むんだ」

「ツタを作るんだな?」


 私の左横でフラワーを見下ろしていたマイクさんが言いました。


「考える葦ならぬ、考えるツタだね」


 工場の生産ログを見ると、ルートの工場に試作品を5種類作っていることがわかりました。


『面白いものを思いつきますね。すでに試作もしてましたか』

「サプライズにしようと思ってたんだけど」


 私の担当は無人作業機械たちのとりまとめですが、彼らがこれから何を扱うのか知っておいて損はありません。


『お行儀悪いのはわかっていますが、無人作業機械たちを説得するには情報が必要なんです』

「わかった。はやめに共有するよ」

『お願いします』


 風向きが変わり、森の匂いを運んできました。人のまだ知らない領域の空気です。


『これから、どうしたいですか?』

「そりゃあ、アスチルベの名にふさわしい街にしてやるさ」


 マイクさんは腰に両手をあてて、「リーフ」と「フラワー」をゆっくりと交互に見て言いました。その言葉にスパークも力強く頷きます。


「そういや、お前はどうする?」

『どうしましょうか。あまり干渉するのはよくないですからね』


 さっきみたいにのぞき見するのはお行儀悪いですしね。


「手が足りねえのはよく知ってるだろ」


 呆れた顔でマイクさんが私を見ました。


「もちろん、僕も頑張る」

「お前は働きすぎだ。少しは休めよ」


 マイクさんが身を乗り出して、スパークに言いました。


「ドームのアーチがいまいちなんだよ。美しくない」

『必要なら計算シミュレーションしますよ』

「力を貸してほしい。――というか、それ以外の返事を聞くつもりないでしょ、母さん」

『課題は小さいうちに解決するのが一番ですから』


 新しいことを試して、大小の失敗をして、原因を探り、解決策を考えて実行し、その繰り返しでここまできました。私たちはそれを繰り返して、もっと大きなことをやっていくのです。「リーフ」と「フラワー」を見て私はそう確信しました。

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