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ラッダイトだけはご容赦を  作者: フィーネ・ラグサズ
第4章: 未来の花

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第21話 ステージ・オブ・ザ・グラウンド

 地上コロニーの開発拠点ができてから数年が経ちました。その間に他の管理者と意見交換する機会が増え、運営方針を変えるコロニーもでてきて、管理者と住人の皆さんの相談を受けるようになりました。

 管理者による他のコロニーの視察も本格化の兆しが見えています。

 さて、今日は待ちに待った地上コロニー見学の日です。案内はもちろん、エフティーさんです。エレベーターで地上にあがると、作業服姿のエフティーさんが立っていました。


『こんにちは、エフティーさん』

「待たせてすまなかった。スノードロップ、ようやく案内できる」

『いろいろありましたから』


 私の言葉にエフティーさんは苦笑しました。地上コロニーの開発は問題をひとつ片付けると別の問題が発生し続け、計画より大きく遅れながらも完成しました。これは快挙と言っていいと思います。

 旧農園は新しい作物や農法の実験場に役割を変えています。あちこちで無人作業機械が植えたり、収穫しています。風に乗ってトマトの甘酸っぱい香りが漂ってきました。香りの元をたどると天井の下にワイヤーでトマトが吊るされています。


『トマトを干しているのですか?』

「トマトの味を濃くしたいというチャーリーの提案だ」


 水分を飛ばして味を濃くするのは理にかなっています。ソースに使われるのでしょう。

 旧農園を抜けると、道の横を白い水路が流れています。


「水路が崩れて水没したのはこの畑だったか」


 エフティーさんが目を細めて、隣の畑を見ました。畑が水没したのが噓のように小麦が育っています。


『はい。クストスで土嚢を積んだのが懐かしいです』

「あの時は助かった。修復が進んだのはビオのおかげだ」


 ビオさんは生物は何でもできるが口癖の生物模倣技術のエンジニアです。


『サンゴを応用した自己修復水路はビオさんならではですね』


 土嚢で畑に流れ込む水を止め、水路に面する側にサンゴのポリプを埋め込んだ壁を固定して、1週間後には頑丈な壁に育っていました。水路を伸ばすときにはこのサンゴ壁が採用されています。

 しばらく歩くと、左奥に背の低い草原が広がっているのが見えてきました。


『緑化は順調そうですね』

「まさか接着剤で種を固定できるとは。マイクもよく思いついた」

『マイクさんは本当すごいです』


 マイクさんの知識と姿勢にはかなり助けられています。今でも私に対して少しとげがあるのが気になりますが。

 さらに進むと、塀が見えてきました。高さは2mほど、外側に角度が付いています。野生動物の侵入防止柵です。現在の農作地帯の外周にも同じものが張り巡らされています。


『砦ですね』

「まさに砦だ。野生動物の襲撃は計算していなかった」


 人を怖がるどころか、狩りやすい獲物だと思っているのでしょう。はじめて獣の群れが人の活動領域に近づきすぎたときはアックスたちが牽制して、事なきを得ました。そのあとはアックスを中心とした無人作業機械による警備チームが発足し、今も地上コロニーの安全を守っています。

 塀と同じぐらいの高さの扉の前にきました。これが地上コロニーの正門です。エフティーさんが扉に触れると、ゆっくりと内側に向けて開き始めました。とても滑らかな動きです。扉が開き切るのを確認して、私たちは町の中に足を踏み入れました。

 正門から続く大通りは、2階建てぐらいの木と石造りの住居、発泡素材を使った住居が混在しています。後者は型に流し込めば量産できる、とスパークが意気込んでいました。2日あれば家ができるのは画期的でしたが、湿気がたまりやすい問題が見つかり、報告を受けたスパークが数秒ほど凹んでいたのを思い出します。その後、ものすごい勢いで原因の調査と改善をはじめて、1週間後には解決していました。地下の規則正しい建物に比べると、不規則で個性的な建物が多いです。でも、悪い印象はありません。ほかの家の光を奪わないように形状になっていたり、家と家に間隔を設けて地震や火災に強い作りになっていたり、ある程度の規則性が感じられます。賑やかな町並みだと思います。

 通りを歩く人たちはエフティーさんと私を見ると、軽く会釈したり一声かけたりしています。彼らが作った町だと実感を覚えていると、急に建物がなくなり、大きな噴水のある広場にでました。


『地下と近い作りですね』

「慣れている。いや、馴染んでいるんだ」


 青空を背景に高く噴き上げる噴水を見上げて、エフティーさんは言いました。同じように私も噴水を見上げます。水の匂いは同じですが、それに混じって何かを焼いている匂いがします。これはパンでしょうか。少し強い風が吹いて、ジャケットを揺らし、緑の匂いを運んできました。この通りを抜けた先の農業区画の作物でしょう。


『郷愁、でしょうか』

「郷愁か。その言葉が適切だ」


 その言葉を聞いて、私はコロニー「アスチルベ」の管理者になって良かった、と思いました。

 私たちの横を3人組の子供たちが走り抜けていきました。走り抜けた先にはそれぞれの親が立っています。

 スパークをきっかけに早期覚醒して自分たちで教えたい動きが皆さんに生まれた結果です。年齢を下げるたびに教育の問題が持ち上がり、都度、対応をしているそうです。

 教育機関を作る計画が立ち上がり、人工子宮統括ユニットが協力を申し出ていると聞いています。あの統括ユニットは早期覚醒したスパークのことも気にかけていました。教育に興味を持つのは自然なことでしょう。


「元気なものだな」

『育てるのは大変ではありませんか?』

「大変だ。でも、皆でやれば、育てられる」


 エフティーさんはどこか満足そうです。

 遠くから、杭を打ち込む音が聞こえてました。町の拡張工事が進んでいる証です。さらに住居区画と農業区画の広げる計画です。

 あわせて再生可能エネルギーを主力にした電力システムの強化もするそうです。スパークをはじめとしたエンジニアチームがいろいろやりたいと意気込んでいました。


『これから、ですね』

「これからだ。この先を見ている者もいる」

『はい。準備は進んでいますよ』


 地下のインフラの強化と工場の生産性向上、地上コロニーの開発で培った経験と技術は次の一歩に繋がります。


「次は小さな一歩なのか?」


 エフティーさんの問いに私は少しだけ考えて、


『ハイジャンプかもしれません』


 と答えました。エフティーさんは目を細めて遠くを見ます。景色ではなくて、この先を見ようとしている、そんな目だと思いました。

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