第20話 ニューフロンティア
エフティーさんたちが地上の開拓を始めてから、2カ月ほど経ちました。その間は作業時間中は居住エリアと工場エリアとインフラエリアを見回って、新しい試みに驚かされ、余暇時間にエフティーさんから報告を聞くのが日課です。最初は管理者室を使っていたのですが、ずっと管理者室を使うのも悪目立ちするので、今は人気のない場所で立ち話をしています。進捗報告や計画の見直しが主な話題でしたが、最近は雑談も増えてきました。エフティーさんなりの気遣いなのだと思います。
「無人作業機械たち全員に名前がついた。正確には88番機が名乗った」
『ファインダーですね。彼から直接、聞きました』
「よく話すのか?」
『たまに、ですね。今、ファインダーたちは皆さんとの作業に集中してますから』
「そうか。彼は、建材にいい木の群生地を発見した。まさに快挙だ」
ひとまず木材の問題は解決しそうです。課題はまだまだ残っています。先日は井戸掘り中にレイが落下しました。レイにとってかなり不覚だったらしく、他の子から足場が不安定な時のバランスのとり方を聞いて回っています。しばらくすれば、足元がいきなり崩れ落ちても対応できるようになるでしょう。そして、新しい子に教える側になると思います。
「なんだ、大物ぞろいじゃねぇか」
「地上の計画の相談に乗ってもらっている」
相談か、とマイクさんは呟いて、
「夜に作業するのなんとかできねぇか?」
「夜間に作業しない決まりだが」
「俺じゃ手に負えねえよ。やる気がありすぎる」
マイクさんの表情は困ってますが、声には嬉しさが滲んでいます。責任感とやる気をもって頑張ってくれているのが嬉しいでしょう。
「後で言っておこう。休む時間も必要だ」
エフティーさんの言葉ももっともです。人間にも、無人作業機械にも休む時間は必要です。
『水質の分析結果が出ました。不純物と細菌が多く、飲み水には不適切です』
「感謝する。もっと、深く掘る必要がある、か」
少し肩を落として、それでもエフティーさんは次の手を考えます。
「煮沸したら何か使えるかもしれねぇな」
顎をさすりながら、マイクさんは続けます。一瞬、私を見て、
「水質検査キットが作れたはずだ。工場連中に頼もう」
『いい案ですね』
最近、3Dプリンターが新型の3Dプリンターを生産しはじめました。もうしばらくすると爆発的に生産性が上がると、ギアさんから連絡がありました。爆発的という言葉は少々不安ですが、上がる分には歓迎です。
「スノードロップ、わりぃ。アックスを傷つけちまった」
マイクさんが深く頭を下げてきました。本題はこのことでしょう。
『名誉の負傷です。すぐに修復できますから安心してください』
アックスは倒れてきた木からマイクさんを守るために木に体当たりしました。マイクさんに怪我はありませんでしたが、アックスの右マニュピレーターが破損し、現在は整備室にて交換作業中です。
「げ、お前、見てたのか」
『ログからの推測です。直接制御は要請があったときだけですよ』
一瞬、マイクさんが本当かよ、という顔をしました。人の力でやりたい、と言われています。私が細かく指示を出したり、監視するのは反則です。もちろん、興味はあります。だから、こうやって話を聞くのがとても、楽しみなのです。今の話題はスリリングですが。
「あん時、アックスが助けてくれなかったら、俺は下手したら死んでた」
「良くて医療ポッドで長期治療だ」
エフティーさんの補足にマイクさんは、
「ほんとにな」
と呟きました。
「アックスは命の恩人だ。そいつがすぐ直ると聞いて安心したぜ」
口元をゆがめ、マイクさんは言いました。目元も笑っているので本物でしょう。
『ログを分析していて思ったのですが、もっと、複雑な命令で大丈夫ですよ』
エフティーさんが怪訝な顔をしました。
『家を作りたい。だから、木を切って木材保管所まで運んで欲しい。これで十分です』
「そんな命令でいいのか?」
『はい。それだけ柔軟な子を選んでいますから』
「わかった。今日はここで失礼する。明日はもう少し良い話を持ってくる」
去り際、エフティーさんとマイクさんがいかに無人作業機械に自分たちのやりたいことを伝えるか、議論している様子が見えました。言葉は難しいです。
<<あの判断は適切?>>
アックスからのメッセージです。質問に質問を返すのは不適切なのは承知の上で、確認のメッセージを送ります。
<<行動の理由は?>>
<<仲間を守るため>>
無人作業機械にとっての仲間の定義は無人作業機械同士です。命令や学習データの交換、作業効率を最大にするための効率化を行うように作られています。
<<マイクさんたちは仲間?>>
<<型は違う仲間>>
<<適切>>
<<了解>>
<<ただし、破損には注意>>
<<了解>>
納得したのかアックスからのメッセージが終了しました。言葉は本当に難しいです。
翌日の報告はエフティーさんの希望で管理者室で行うことになりました。エフティーさんは嬉しさを隠しきれない様子です。
「木の伐採方法が確立した。何本か試したが上々だ」
『それは何よりです』
「これで木材には目途がついた。これで不満の声も小さくなればよいが」
『不満の声があったのですか?』
不満があったとは一言も聞いていません。予想と実績の乖離を見れば、不満の声があがってもおかしくはないでしょう。
「不満と焦りが行動に変わっていた」
『つまり、彼らの深夜作業を止めるには、原因を取り除く必要があった、ということですか』
「その通りだ」
エフティーさんはほっとした調子で頷きました。エフティーさんがこれだけ感情を出すのは珍しいです。
『予想と実績の数値が近づき始めましたね』
「数値と実感が揃って初めて納得する。何事も経験だと思うが、大変だ」
『それだけ新しいことをしている証です』
「証か。いい捉え方だ」
その後、計画はひきなおされました。各工程で何をするのかさらに細分化され、日程には余裕があります。当初より、工期は伸びていますが現実的な数字になったと解釈するのが適切です。報告の内容も失敗をいかに糧にしているか、初の試みでも成功させられたのか、に変わってきました。無人作業機械たちが破損も減ってきて、開拓が着実に進んでいるのが読み取れます。
今日は農園の隅っこでエフティーさんと立ち話です。遠くにあった森は少しずつ小さくなり、代わりに建物が増えています。農園作業小屋と集会所はより大きくなっていました。さらに農園エリアに隣接する形で4階建ての木造の開拓拠点が見えています。屋根では何人かが仕上げの作業をしているようです。
「ようやく、俺たちは何ができて、何ができないのか見えてきた」
『成功を祈ってます。ひとつ、確認したい点があります』
「何かな」
『独立性を高める理由を教えてください』
「地下で何かあれば、地上に避難させるためだ」
『選択肢は多いほうがいいですからね』
私の言葉にエフティーさんはしっかりと頷きます。先の建物のほうから歓声が聞こえてきました。
「できたか」
エフティーさんは遠くにある建物を眺めて、嬉しそうに言いました。両手は拳になっています。
『いってらっしゃい』
「君は、来ないのか?」
『今日は、お忍びですから』
「ここが完成したら案内する。必ずだ」
『楽しみに待っています』
私はエフティーさんが開拓拠点に走っていくのを見送ると、今の風景に地上コロニーの完成予想図を重ねながら農園を後にしました。