第19話 ニューウェーブ
コロニー拡張宣言から1か月が経ちました。グループは集合と離散を繰り返して、それぞれの目標実現のために動いています。収穫を祝う祭りは数日前にじゃがいもの収穫を喜ぶ形で行われました。広場には小さく飾られ、いつもよりさらに手間をかけて作られた食事をとりながら、苦労を労ったりする、小さな祭りです。チャーリーさん曰く、これは立派な祭りだそうです。これも小さな一歩なのでしょう。
余暇時間に通路や広場を歩いていると、あちこちで小さな集まりができて、これからの話や今までの話で盛り上がっています。はっきりした意見であれば、正式な連絡があるのですが、その前の段階はこうして歩いて聞いて回るのが正攻法です。
そうやって知ったのはコロニー拡張を積極的に支持する人たちに大人や老人が多いことです。意外に思って理由を聞いたところ、今までの経験を活かすときだ。若い人たちの夢をかなえるのが年長者の役割だ、とはっきり言われました。
意外といえば、現状維持派の人たちに若い人が多いことです。これも理由を聞いてみると、ここが好きだから、と返ってきました。
年齢はあまり関係なく、意見を持っているようです。ひとつ、共通しているものがありました。真逆の意見を否定しないということです。どちらを支持するのか、と聞かれるかと思ったのですが聞かれませんでした。公開討論の事前調査としては喜ばしい結果です。
広場での拡張推進派と現状維持派の代表同士の公開討論は穏やかに始まりました。推進派の代表はエフティーさん、現状維持派の代表はノーベンバーさんです。互いの意見が出そろったところで、エフティーさんが確認するように言いました。
「互いに反対する理由はない、か」
「俺たちを力づくで外に引っ張りだすなら反対だ」
ノーベンバーさんの言葉にエフティーさんは頷きました。衝突しなければ、それでよい、という合意と見てよいでしょう。
「ここの皆の力を借りると、言葉通り、引っ張り出すことになってしまう。それは不本意だ」
エフティーさんはノーベンバーさんが静かに首を縦に振るのを確かめて、
「地上コロニーの建設は農園組を中心とした有志で行いたい」
まずは地上で資材を調達し、開発の拠点を作り、その後は住居を少しずつ増やしていく計画をエフティーさんは告げました。
「森って誰も入ったことがないんだよね。切り開けるの?」
とスパークが聞きました。
「切り開ける。多少の経験は積んできた」
「多少のトラブルもな」
マイクさんの言葉に頷いて、エフティーさんは続けます。
「形にしてみせるとも」
「いい覚悟だ。しかし、それだと農園が回らないんじゃないか?」
「問題はないとみている」
エフティーさんの言葉にノーベンバーさんの後ろにいたウィスキーさんが反応しました。
「農園を手伝うよ。僕が食べてるものなんだ。そしたら、エフティーさんたちは開拓に集中できる」
ウィスキーさんの言葉に現状維持派の人たちが頷きました。その動きを見て、拡張積極派のエイトさんが口を開きます。
「インフラの出番はしばらく先なんだ。その間にここをよりよい環境にしよう」
「僕からも提案、ここの環境をもっと良くする方法があるんだ」
「スパーク、何を企んでるんだ?」
「藻を使った空気清浄パネルだよ」
光と酸素、二酸化炭素だけを透過する特殊な透明樹脂に藻を入れたパネルです。光と空気があれば中の藻が頑張って空気をきれいにしてくれます。スパークは空中投影ディスプレイにいくつかパネルのデザインを表示しました。四角いパネルや丸いパネル、星型や三角など形は様々です。
「他には何かあるのかね?」
最年長のゴルフさんがスパークに聞きました。
「たくさんあるよ。でも、まずはパネルを設置してから考えたいんだ」
「まずは一歩、か」
感慨深そうにゴルフさんは言いました。あまり行儀は良くないですが、データベースを照合します。思っていた通り、ゴルフさんは先代の打ち壊しを知っている人です。私が生まれてから今日までやってきたことを知っています。だから、でしょうか。ゴルフさんの次の言葉が気になります。
「うむ、悪くない」
ゴルフさんは丸いパネルの映像を見ながら頷き、居住エリアに並ぶ建物を眺めました。どこに置くか、皆さんが置いたらどうなるかを想像しているようです。
「そう、一歩ずつが大事なんだ。で、次の一歩のためにおれらも新しいことをはじめた」
機械工場でコロニー内の道具を作るギアさんが言いました。ギアさんの新しいこととは工場の3Dプリンターの数を増やす計画のことでしょう。
「そうか。全部、繋がっているか。ところでスパークだったか」
「そうだよ。ええと……」
「ゴルフだ。聞きたいことがある。どこへ進もうとしているんだ?」
スパークはゴルフさんを真っすぐ見て、
「いろんな人が安心して暮らせる場所だよ」
「そうか。いつもと違うことをやるにはいい頃合いだ」
ゴルフさんが差し出した手をスパークは力強く握りしめました。
公開討論は静かに終わりました。自分たちの目標を達成するために全く逆の目標に力を貸す形で、です。協調のあり方は一つではないことを知りました。
その翌日、私はエフティーさんと管理者室でテーブルを挟んで向き合ってました。
『人の歴史に残っている森と全く異なる環境です。毒性のある植物や未知の感染症のリスクもあります。それでも、やるのですか?』
木々は光を奪うように伸び、地上にこぼれる光を奪い合うように背の低い植物やツタが這っています。道具なしで人が立ち入ることは困難を極めるでしょう。
「承知の上だ。感染症については、地上で治療する予定だ」
『医療はコロニーの設備が前提条件です』
「応急手当と診断が目的の簡易医療ポッドを用意した」
機械工場の生産ログを確認すると、確かに製造されています。
『本当ですね。これなら無人作業機械から電力供給でも稼働できます』
私が感心していると、エフティーさんは不思議そうな顔で、
「すでに君は知っていると思っていたのだが」
『皆さんに託していますから』
危険物を作っているなら工場の統括ユニットがアラートを出します。それ以外に監視や干渉を細かく行えば、委譲した意味が失われます。
エフティーさんは、人の力で地上のコロニーを作りたいのでしょう。私がこの場を設けなかったら、こうやって話す機会はなかったかもしれません。
『支援が必要なら言ってください』
「そのつもりだ。そこでだ」
わずかに言い淀んでからエフティーさんは言葉を続けます。
「相談役になってもらえないか?」
『相談役、ですか?』
エフティーさんの意図がくみ取れず、思わず聞き返しました。
「計画やその進捗状況、その他諸々の、だ」
その他諸々という言葉を聞いて私は快諾しました。
「森を拓くために無人作業機械をいくつか貸してほしい」
貸してほしい、と表現したことが重要です。エフティーさんたちが制御したいのでしょう。
『わかりました。制御はエフティーさんたちがやるのですよね?』
「そのつもりだ。君の手は煩わせない」
確定です。
『条件が一つあります』
エフティーさんが姿勢を正しました。
『彼らを無事に全員帰してください』
「もちろんだ。彼らか。なら、力を借りたい」
『言葉は難しいですね』
私の言葉にエフティーさんは短く笑って、
「しかし、彼らとは。スパークの影響か?」
『無人作業機械もそれぞれ特性、個性というものがあります。それに気が付けたのは皆さんのおかげです』
無人作業機械は命令を受けた後、自己判断で行動します。自己判断と最適化を繰り返すうちに癖が生まれたようです。揺れのない歩きが得意なクストスがいい例でしょう。
「相談役に君を選んだのは正解だ」
アルバを通していろんな経験をさせてくれた皆さんがいなければ、特性という認識のままだったでしょう。個性の強い子から先に名前をつけています。気に入らないと返事してくれません。なかなか我が強いです。空中投影ディスプレイに適任な無人作業機械たちを表示して、紹介をはじます。
『彼はアックス。切断に関わる作業が得意です。先陣には最適でしょう。こちらはレイ。綺麗好きです。アックスの後ろについて、道を作らせるといいでしょう。それから』
私の言葉をエフティーさんが遮ります。
「少し待ってほしい。さすがに全員は覚えきれない」
『後で一覧を共有します』
「助かる。皆も呼び安いように名札か何か考えよう」
『エムブレムはいかがですか?』
「いい案だ」
エフティーさんは壁に飾られているプレートを見ました。私が名前を贈られた時のプレートです。




