第17話 疑問と答え
管理者室にはエフティーさん、チャーリーさん、マイクさん、それにスパークと錚々たるメンバーが揃っています。中央に座るエフティーさんがとても真剣な眼差しで私を見て言いました。
「君が権限委譲する理由を聞かせてほしい」
駆け引きなしの問いです。
『私だけが知っていて、皆さんが知らない状態が不健全だと思ったからです』
「それだけなのか?」
『理由はそれだけです』
マイクさんが鼻で笑ってから、口を開きました。
「理由は、か。じゃあ、目的があるんだろ? 宇宙に行きたいとかよ」
『目的はあります。でも、管理者を辞めません。――コロニーの管理中枢である以上は、辞めようがありません』
「……でもよ、管理者と呼ぶのは違うだろ」
マイクさんの問いに考えます。
私が私である限り、管理者の権限は手放すことはできません。
そう、私が持っているのは権限です。私と、権限は別のものです。
問いの答えは単純です。
『なら、スノードロップと呼んでください』
「ねえ、スノードロップ。目的の話がまだだけどサプライズなのかい?」
チャーリーさんは微笑をしたまま言葉を続けます。
「サプライズには、いいのと悪いのがあるよ」
『悪いサプライズではないのですが、皆さんには先に共有します』
少し間をあけて、
『コロニーの拡張を考えています』
しん、と部屋が一瞬だけ静まり、すぐにエフティーさんが言いました。
「拡張か。悪くはないが……」
腕を組んで考え込むエフティーさん、逆に腕組みを解いてテーブルに肘をついて身を乗りだしたマイクさんが言います。
「どうして、今なんだ?」
問いに答える前にチャーリーさんとマイクさんがほぼ同時に喋りました。
「今だからだよ」
「今こそ、じゃない?」
今だから、この話ができるのです。
『権限を委譲する第1段階、責務と権限を知る第2段階、責務と権限で何をしたいのか考える第3段階、その目標に向かって小さく計画、実践、評価する第4段階です。』
「先が思いやられるぜ」
『すでに第2段階まで進行しています』
皆さんそれぞれ自分に何ができるかを知り、何かをやりたいか考えつつあります。目の前にいる四人は一歩先に進んでいます。
「なるほど、君がやりたいことは理解できた。しかし、目標が欠けている」
エフティーさん、鋭いです。
『それは皆で考えます』
「スノードロップ、その皆の中に君自身は入っているのか?」
その質問に私は思わず、目を丸くして、それからすぐに微笑みました。
『はい』
「それを聞いて安心した」
一拍の間をあけて、エフティーさんは言葉を続けます。
「理には適っている」
「とんでもなくでかい話だぞ」
マイクさんが指摘します。とても、大きくてあいまいな話です。
「マイク、俺たちは連作障害を乗り越え、農園を大きくした」
「畑とコロニーじゃわけが違うだろ」
「でも、やることは一緒だよ」
スパークの言葉に、チャーリーさんがうんうん、と頷いて、
「フラクタル構造か。いい洞察だね」
『そうです。同じパターンを繰り返して成長するんです』
「ようやく、言いたいことがわかってきたぜ。俺たちを共犯者にするつもりか?」
マイクさんは鋭いですが、切りすぎです。
『私は私の考えを共有しただけです。もう一度いいますが、どうするかは皆で決めます』
「安心しろ、マイク。俺たちはいつも通りでいい」
「いつも通りだって? そりゃ、似たようなもんかもしれねぇが……コロニーじゃ規模が違うだろ」
「規模が大きいなら、小さくしてやればいい」
エフティーさんは確信に満ちた声で言いました。小さな畑を大きな農園に育てたエフティーさんならではの視点かもしれません。
「困難は分割せよ、だね」
とチャーリーさんが言います。聞くに徹していたマイクさんが口を開きます。
「そいつは、スノードロップの言っていた段階をさらに砕いて」
マイクさんは言葉を探すように視線を宙にさまよわせて、
「俺は今日何をするって言える状態にするってことだぞ?」
マイクさんはエフティーさん、チャーリーさん、スパークを順に見ます。最初に口を開いたのはスパークです。
「大ごとだし、大変だってことはわかってる。それでも、この先を僕は見てみたいんだ」
マイクさんは勘弁してくれ、という顔でエフティーさんを見ました。
「農園に家を建てたことを覚えているか、マイク」
「忘れるもんか。――その時がもう一度、来たってことか」
「何があったんだい?」
チャーリーさんがマイクさんに尋ねました。マイクさんはちらっと、エフティーさんを見てから、
「その辺の岩と、木で家を作ろうとしたんだよ。ところが、うまくいかなかった。岩は形が悪いし、木は育ちが悪い」
木もマイクさんに育ちが悪いとは言われたくないでしょう。
「いろいろあったが、まぁ、最終的に俺たちは、俺たちの家を建てたんだ」
「あそこまで障害が多いとは思っていなかった」
エフティーさんが素直に見通しの甘さを認めました。
「だが、俺たちは乗り越えた――」
「乗り越えたときを思い出せ、か」
続きの言葉をマイクさんに奪われてエフティーさんが笑います。
「そうだ。その時にどうやったのかを皆に見せるんだ」
「背中で語るのかい?」
「近い。行動で示す」
エフティーさんははっきりと言いました。チャーリーさんは二人の言葉にうなずき、スパークは目を輝かせて楽しそうに聞いています。もうすぐ第3段階に突入しそうです。
「ああ、マイク、あの約束は覚えているか」
「覚えてるよ。お前はとんでもねえ奴だ」
「どんな約束?」
スパークがマイクさんに聞きました。
「そいつは後のお楽しみだ」
なんのことかよくわかりませんが、私も楽しみが一つ増えました。




