第14話 管理者の責務
私は皆さんに、なぜ有人ではなく、無人で運用されているかの話をします。私は皆さんに有人ではなく、無人で運用されているかの話をします。適切な人員を確保できなかったこと、かつて権限を乱用する人がいたこと、コロニー全体の存続を担う役割であること、有事の際は被害を最小限にするためこの場に留まる必要があること。これらの理由から適任は管理者の私だと説明しました。
『秘匿していて申し訳ありません』
アルバの頭を下げました。部屋から人の出す音が消えます。動いた時の衣擦れの音、足音、呼吸の音までもです。静寂を破って、アルバの肩をマイクさんが掴みました。
「どうして黙ってた」
声は震えています。怒り、でしょうか。それとは違う気がします。
『最後まで残った場合、生命の保証ができないからです』
「お前はどうなってもいいいのかよ」
マイクさんの声は悲しみと怒りの混じったものです。
『はい』
「一人ぼっちにされるスパークのことは、考えたか?」
『それは……』
考えていませんでした。寿命と耐久性から考えれば、私が遺される側だと考えていました。しかし、最悪の事態が発生した場合、スパークが遺される側になります。スパークが悲しむ姿を想像するだけでアルバの胸が締め付けられます。右手で胸をおさえて、考え続けます。親や誰かと関係を持っていることは皆さんも一緒です。誰かが最期まで残ったら、誰かが悲しみます。私は、誰とも関係を持たずに管理者に徹するべきだったのかもしれません。
「マイクさん、やめてよ」
スパークが割って入ってきました。マイクさんはアルバの肩から離れた手をぎゅっと握りしめます。
「僕は、お母さんがいなくなってもいやだ。でも、他の誰かがいなくなるのも同じぐらい、いやだ」
私だって、何が起きても皆で助かる方法を見つけたいです。誰かに遺されるのは嫌です。認めたくありません。
「少しは、わかったか?」
『……遺される悲しみが想像できました』
「ばぁか。納得するまでやるんだよ。たとえ、その身が果てても、な」
マイクさんの真意がわかりました。コロニー「パピルス」の友人たちのことを思い出したんです。遺される側の気持ちをマイクさんは知っています。そして、遺す側の決意も想像ができるはずです。それらに折り合いをつけた上で、別の道の模索を提案しているのです。納得できるのなら、失敗してもいい、というのは結果ではなく、過程を重視した考え方です。
『言ってることが矛盾してませんか?』
「してねぇよ」
エンジニアチームのエルシフさんが言いました。
「俺たちは、少なくとも俺はここの存在を意識していなかった。動いていて当たり前だと思えるぐらいに。スノードロップは完璧にやっていたんだ。謝る理由なんてどこにもない」
チャーリーさんがカメラを見ながら続けます。
「僕たちだよ。スノードロップが頑張っているとは思ってたけど、そんな重たいものだと考えもしなかった」
「だから、皆で頑張ろうよ、お母さん」
スパークの言葉にエフティーさんが頷きました。
「しかし、頑張ればよいというものではない」
「頑張らなかったら覚えられないよ」
スパークは言い返しました。エフティーさんはその言葉に優しい笑みを浮かべながら言います。
「その通りだ。実践が必要だ。そして、最悪を回避する術も」
『術ですか』
「術だ。今あるもの、できることで解決する」
『戦術ですか?』
私の問いにエフティーさんはしばらく考えて、
「目指すものは生存戦略だ」
と短く答えました。規模の違う考え方を組み合わせて現実と戦える、とエフティーさんは考えているようです。
スパークは、夢中でディスプレイを見ながら、作ってきた地図と照らし合わせて印をつけています。お手製の地図の答え合わせの時間です。心臓部から各エリアや施設にどう繋がっているのかを調べています。エンジニアチームの皆さんもディスプレイや窓ガラスから設備を確認して、構造を理解しようとしています。
私に答えは出せなくても、私たちなら答えが出せる可能性がでてきました。
「お前、一人で頑張りすぎなんだよ」
『そうかもしれません』
「そうかも、ではない。事実だ。操作マニュアルを共有してもらえないか?」
エフティーさんが言いました。私は、皆さんにインフラに関する資料をすべて開示しました。
「おいおい、こんな資料見ていいのか?」
エルシフさんが声をあげます。
『操作マニュアルを深く理解するのために必要な情報です』
「わかった、ありがとう。Zチーム、集合! 今から作戦会議だ」
部屋の隅に集まってエンジニアチームの皆さんが作戦会議を始めました。
ズールーさんのイニシャルからとってZチームです。私はズールーさんたちと人工太陽を修復したときを思い出しました。あの時も皆で知恵を出し合って解決しました。この問題と戦う術を私は知っています。
「ねえ、僕も聞いてていい?」
「スパーク、だったな。大歓迎だ」
「ありがとう!」
部屋の隅に走っていくスパークを見送り、視線を戻すとエフティーさん、マイクさん、チャーリーさんが立っていました。エフティーさんは小さく咳ばらいをして、マイクさんとチャーリーさんに呼びかけます。
「俺たちはマニュアルに目を通すか」
「難しいの苦手なんだよね」
チャーリーさんはそう言いながら、端末に転送されてたマニュアルを開きました。
「俺だって苦手だ」
マイクさんはしぶしぶ、チャーリーさんと同じようにマニュアルを開いて覗き込みます。
「二人とも。わからなくても、目を通すんだ。知識は武器になる」
「荷物にもならないしね」
しばらくすると、マイクさんが小さくこぼしました。
「……意外といけるな。絵が多いのが助かる」
「マニュアルのいいお手本かも。レシピ書くのに悩んでたんだ」
チャーリーさんの言葉にマイクさんが苦笑いしながら言います。
「それありかよ……教えるのが難しいもんだってのはわかるが」
皆さんが動き出しました。座学、習熟訓練は必須です。それと、緊急時対応プロトコルの見直しましょう。何があっても私も皆さんも明日を迎えられるように。




