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ラッダイトだけはご容赦を  作者: フィーネ・ラグサズ
第2章 知恵の枝葉

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第13話 ヘイディアン・イーオン

 スパークに「お母さんの力になりたい」と言われて1か月が経ちました。この間にスパークは地下インフラにある核融合発電システム、水再生循環システム、空気再生循環システムの概要を理解し、さらにコロニーを歩いて、電気、水、空気が各エリアのどこへ繋がっているのかを地図に印をつけています。


「お母さん、これあってる?」

『あってます』


 公開情報の範囲ですから、この受け答えに問題はありません。既存の図を見せてもよさそうですが、スパークは自身で考える過程を大事にしているようです。水を差す行いは避けたいです。


「空気再生循環システムに植物が使われているってほんと?」

『正確には藻です』


 スパークの前にらせん状のアクリル管が並んでいる写真を見せました。中は水で満たされ、中には藻が浮かんでいます。


「藻……?」

『藻が光合成をするときに二酸化炭素を酸素に変換します』

「すごいね。藻だけじゃないよね」

『人工光合成システムとも組み合わせて二酸化炭素を回収しています』

「回収された二酸化炭素はどうなるの?」

『二酸化炭素は樹脂の原材料に使われたりしています』


 一つ答えると問いが増えます。それでも親として答えるのが役割でしょう。ただ、あの問いは悩みました。


「インフラの無人エリアはどうなってるの?」

『無人作業機械がメンテナンスを行っています』

「僕、中を見てみたい」


 無人エリアには無人になっている理由があります。むやみに制限しているわけではないのです。


『今度、案内します』


 はぐらかす物言いになってしまいましたが、彼の好奇心を削がないためにも、これが精いっぱいです。

 その瞬間から無人エリアの扱いをどうするか考え始めました。新しいコロニーを作るなら、どのような形でも電気は必須です。もし、電気がなければ、生活水準は大きく下がり、生存できる住人は絞られるでしょう。

 インフラを運転する下地は皆さんの中に出来上がりつつあります。農園の連作障害の対応が良い例ですが、あちこちのチームで直面した問題にどう対応するか知恵を出し合い、実行し、効果を見るという動きが見られます。

 重要度と危険度の高いインフラを私が管理しているのは、皆さんを命の危険に晒さないためです。皆さんにインフラの情報開示と運転する権限を渡すのは、命を賭けてください、と頼むのと同義です。

 皆さんを守りたいのに皆さんを危険にさらそうとするのは大きな矛盾です。ふと、私には皆さんに命令する権限があるのでしょうか、と疑問に思いました。私に施設を動かす権限はあります。

 でも、皆さんを動かす権限はありません。では、誰が権限を持っているのでしょうか。それは、皆さんです。そして、皆さんが決めるためには、何ができるのかを知る必要があります。

 コロニー全体に影響を及ぼすため、メンバーは絞ることにしました。興味を持っているスパーク、住人代表としてエフティーさん、マイクさん、チャーリーさん、エンジニアチームのうち他に強く興味を持っているメンバーを連れていくことにしました。段取りを組んで案内をした時点で、皆さん異なる反応をしました。


「行っていいの!? 楽しみ!!」とスパーク。

「わかった。同行しよう」と言葉はいつものように簡潔ですが、どこか期待のこまった調子でエフティーさん。

「わかった……」と何か言いたそうなのをこらえたマイクさん。

「わお、面白そうだ」とチャーリーさん。

「見られるぞ、いぇーい」とエンジニアチームの皆さん。


 同意はもらえたのでインフラツアー開催決定です。

 地下3階のインフラエリアは有人エリアと無人エリアに大きくわかれます。有人エリアは周辺の配管や配線、水再生循環システムの二酸化炭素回収エリアです。異常がないか目視で確認したり、予防的な交換を行うのが主な作業です。無人エリアは核融合発電システムを中心に広がっています。有人エリアと無人エリアの境にある扉の前に皆さんと一緒に私はたどり着きました。


「ここが噂の開かずの扉……!」


 すでにスパークとエンジニアチームの皆さんのテンションがあがってます。


「開けゴマで開いたりするのかな?」


 とチャーリーさん。エフティーさんとマイクさんは興味と警戒の色が入り混じった表情で、他の人のやり取りを見守っています。扉横のカメラで全員揃っていることを確認して、扉を開きます。内部に空気が流れ込み、風が起きました。


『では、無人エリアにご案内します。私からはぐれないようにしてください』

「殿は俺がやろう」

「なら、俺は真ん中だ」


 彼らがガイドについてくれるなら、はぐれる人は出てこないと思います。


『ここでも通信可能です。万が一、はぐれた場合は呼んでください』


 念のためお知らせをして、私は皆さんを無人エリアに招き入れました。正面に見える丸い球体が核融合発電システムです。通路の左右は水再生循環システム、大気再生循環システムのエリアです。

 金属製の空中通路に入ると、足音がかつんかつんとしたものに変わりました。この位置からなら、核融合発電システム以外も見えるでしょう。


「この通路も人間が通れる幅になっている」


 とエフティーさん。大きめの道具をもった二人がすれ違っても余裕があるぐらい幅がありますからね。


「手すりもあるし、案内板もあるよ」

『本来は有人での運転が想定されていましたから』

「本来?」


 マイクさんが眉を吊り上げて言いました。


『はい』


 マイクさんからそれ以上の追及はありません。


「上の生産工場も広かったけど、ここはもっと広いね」

『施設間の安全距離を保つためです』

「腕がぶつかりあったら困るしね」


 料理を担当するチャーリーさんらしい言葉です。

 見下ろすと、複雑にうねり絡まっている配管や配線が見えます。合理性を追求した結果なのですが、混沌としたものに見えるでしょう。

 マイクさんは何か思うところがあると思います。なぜ、インフラの無人エリアを紹介しているのか、と聞きたいはずです。今まで見せなかったのも、今こうしているのも理由はあります。それを納得してもらえるのかは私には予想が付きません。

 予想がつかないのは明かした後もそうです。全く理解をしてもらえない不安と理解をして、この先の未来図を描こうとしてくれるという期待が混じっています。そして、後者を選択したとき、私にも計算や予測ができない状態がやってきます。期待と不安が入り混じった感情を覚えました。アルバの胸を抑えます。

 通路の端にあるエレベーターで皆さんと一緒に最上階に移動します。エレベーターからホールを抜けて、大きな扉の前に来ました。扉の横には「インフラ統合管理室」のプレートが掲げられています。私はこの扉を開けるかどうかまだ悩んでいました。ここまでです、といって切り上げることもできます。でも、彼らは知りたい、と行動で示しました。それなら、今度は自分が行動で示す番です。切り上げる選択肢はありません。


「空気がよどんでいるな」

「エフティーさん、大丈夫だよ。空気の流れる音がする」

「誰も立ち入れなかった。もしくは立ち入らなかった領域か」


 エフティーさんの分析は正しいです。


「なんだ、びびってるのか?」

「まさか」


 マイクさんにからかわれても、エフティーさんは平然としています。それどころか、エフティーさんの声はどこか楽しそうです。

 この後、どんな未知の展開が来たとしても、対話と行動して向き合い続けるしかない、と考えて、一つ答えが出ました。今までと同じです。アルバの身体で深く息を吸って、吐き出し、背筋を伸ばします。私は覚悟を決めて、セキュリティロックを解除しました。ぷしゅ、という空気の漏れる音と共に扉が開き、隙間から内部の照明とディスプレイの光が溢れだして私たちを照らします。

 扉が開き切ると私は先頭に立って部屋の中に入りました。すぐにスパークとエンジニアチームの皆さんが続いて、その後ろをチャーリーさんが空中投影ディスプレイや操作卓の並ぶ部屋を眺めながら歩いてきます。マイクさんは警戒心を隠さずに一歩一歩確かめるように入ってきました。ホールに誰も残ってないことを確認してから、エフティーさんが部屋に入ります。


『ここがコロニー「アスチルベ」の心臓部、インフラ統合管理室です』


 歓声もブーイングもありません。

 スパークはディスプレイ類を見つめて目を輝かせています。その目がふいに私を捉えました。


「お母さん、すごいよ! ありがとう」


 微笑みで返して、エンジニアチームの皆さんを見ると、中央の巨大な空中投影ディスプレイを見て、あれはなんだ、きっと発電出力じゃないか、と夢中です。

 チャーリーさんは僕たちを支えてくれていたものなんだ、と感嘆の声を漏らしています。

 マイクさんは、と見ると目があうと同時にふん、と鼻で笑われました。何も言わないのは最大の効果があるタイミングを狙ってきているに違いありません。

 最後にエフティーさんを見ると、私の視線に気が付いたのか、目元にかすかな笑みを浮かべました。


『改めて、インフラとこの統合管理室の説明をしましょう』


 ツアー最大の見せどころ、そして難所の始まりです。

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