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第11話 私が生まれたのは

 スパークの誕生日から3か月が過ぎました。もっと、長かったと思うのですが、何度確認しても3か月です。全系統異常ありません。キーベックさんが情報を広めたのか、その日の夕食はスパークの歓迎会に変わりました。翌日から怒涛の日々がはじまります。スパークがいろんなものを指さして、あれは何か、と聞いてきます。部屋のなかにあるテーブルからはじまり、コロニーの壁や天井の照明、通路のレンズ、とにかく目に入ったものすべてを尋ねてきました。まるで過負荷攻撃です。一週間は頑張ったのですが限界が来ました。答えられないものがでてきました。誰かを指さしてあの人は何をしているの、と聞かれて、回答につまり、その人に直接聞きました。


「印をつけてるんだよ、家の」

『家の印、ですか』

「まずかったら消すよ」

『いえ、問題ありません。ありがとうございます。いい印ができるよう祈ってます』


 私もたくさん知らないことあると理解しました。迷わず、キーベックさんに連絡をすると、即座に返信があり、助っ人の方々がやってきてくれました。慣れた様子で親切にスパークの質問に答えていきます。時にはスパークにあれは何だと思う、と聞き返して、答えに頷いたり、補足の説明をしたりしています。


『慣れてますね』

「だって、私たち、皆身に覚えがあるんだから」


 オスカーさんは笑って、説明してくれました。かいつまんで話すと、睡眠学習は体験と紐づかないので、目に入ったものや体験したことが何かを確かめる段階があるそうです。この段階には個人差があり、自分で見たものを調べて納得する人、ちょっと聞いて納得する人、とにかく全部聞く人の3パターンにわけられるとのこと。皆さん、自身が3番目か、3番目の人を育てた経験があるというわけです。キーベックさんの先見性に助けられました。

 数日後、人工子宮の統括ユニットからメッセージが届いたのは予想外でした。これもかいつまむと、


<<進捗どうか>>

<<連続的に発生する障害に対応中。クリティカルな問題はなし>>

<<現状を把握した。グッドラック>>


 早期覚醒のリスクを正しく評価したいのでしょう。具体的にどのような障害が起きているのか伝えると、幸運を祈られました。

 オスカーさんたちの協力もあって、スパークのなぜなぜ過負荷攻撃はぴたりと止まりました。後でスパークに聞いたら、


「なんか、わからないけど、わかるようになった」


 と不思議な返事をもらいました。自ら正しい紐づけができるようになった、ということ、だと思います。

 今日は各工場と農園を見て回ってきました。各場所で説明を聞いて納得はしたのですが、あまり興味がわかない様子でした。予定を繰り上げた結果、地上と居住エリアと地下エリアツアーになりました。


『どこか、気に入った場所はありますか?』


 スパークはピクルスをフォークで刺して、口に運んで、顔をすぼめました。それから頑張って噛んで、呑み込んで、コップの水を飲み干します。


「どうして、お母さんたちはここにいるの?」


 根源的な問いに、食事で賑やかだった広場が静まりました。皆の視線が集中します。スパークではなくて私に。身に覚えがあります。わかってます。でも、皆さん詳細は知ってますよね?


『では、説明しましょう。ほかに興味がある方、いらっしゃいましたら手をあげてください』


 その場の全員がばらばらと手を上げました。では、歴史の復習をしましょうか。


『かつて、国家消滅戦争と呼ばれる戦いがありました。戦争の記録は残されていません。何かしらの理由で全世界規模で国々が衰退していく時代だったという解釈はできます』


 皆が静かに聞いています。


『この時代の後半に人類は世界初の人工超知能「セレスティア」の開発に成功しました』

「お母さんのお母さん?」

『いいえ、セレスティアは私のおばあさんかおじいさんにあたります。セレスティアの役目は国家消滅戦争に勝つこと。作物を改良して飢えを解決し、画期的な治療薬で病を克服し、自ら工場を建てて生産性をあげ、さらに大きな問題を解決していきました。ここまでで何か聞きたい人はいますか?』


 横にいるスパークが手を上げました。


「セレスティアさんはどうしているの?」

『それは誰にもわかりません。セレスティアはコロニー第一陣の建設完了の知らせと同時に宇宙に旅立ったからです』


 セレスティアがどうして、宇宙に旅立ったのか、理由や目的は記録されていません。大きな問題が一通り解決したころ、別の問題が起きはじめました。セレスティアに対する物理的、電子的な破壊活動です。この状況から考えると、新たな火種になることを恐れたセレスティアが宇宙にあがるのは妥当な選択です。コロニー管理者をはじめとする汎用人工知能を世界中に設置したのも、国家消滅戦争との戦闘を続けること、大きな火種を小さな火種にすること、と解釈できます。


「元気にしてるといいね」

『そうですね』

「お母さんの、お母さんは?」


 広場が沈黙しました。ある人は項垂れ、ある人は食べるのをやめて静かにフォークを置きます。


『先代の管理者、お母さんのお母さんは、コロニー「アスチルベ」の住人に破壊されました。理由は、人工太陽の修理が遅れ、食料危機に陥ったからです』

「我慢は、できなかったの?」

『住人の皆さんは我慢しました。耐え切れないほどに我慢しました』

「お母さんの、お母さんは、頑張らなかったの?」

『一人で頑張った、と思います』

「皆で頑張れなかったのかな」


 先代の管理者は人工太陽の故障より前から、新型の人工太陽の建造に着手していました。しかし、人工太陽が故障し、計画が崩れ、対応が遅れた結果、打ち壊されました。それが事実です。もし、遅れている旨を住人に伝えられていたら、キーローさん、ズールーさん、エコーさんが力になってくれたでしょう。


『それは、一人で頑張りすぎたんだと思います』

「孤独は、人を狂わすんだ」


 マイクさんがはっきりと呟きました。


「リーダーの力は人を孤独にすると聞いたことがある。俺は、そうではないと、信じたい」


 エフティーさんがゆっくりと言います。それは皆さんへのお願いのようにも聞こえました。


『話を戻しましょうか。先代管理者が打ち壊された直後に私は生まれました。その後、その時の住人の皆さんと協力して人工太陽を修復し、食糧の供給を回復させることができました』


 キーローさんたちが協力してくれなかったときのシミュレーションは芳しくなかったことを思い出しつつ、住人の皆さんと協力して問題を解決したのか話しました。


「今はみんなと頑張っているなら大丈夫だね」

『そうですね』


 スパークの言葉に鼻の奥がつんとして、アルバの視界がゆがみます。涙がこぼれそうです。こぼれないうちに泣く操作をキャンセルし、目元にたまった涙を拭います。


「お母さん、泣いてるの?」

『……少しだけ』


 キーローさんたちが手伝ってくれたこと、彼らがもういないこと、今は皆さんと頑張っていること。嬉しいこととさみしいことが複雑に組み合わさった感情です。一部の推論ユニットと特化思考装置が処理限界に近づいています。冷却システムを全力稼働させて冷やします。


「お母さん」

『何ですか、スパーク』

「誕生日は?」

『誕生日は、西暦2104年12月25日です』

「12月、25日」


 記憶させるようにゆっくりと呟くスパークの頭を撫でながら、私は考えます。誕生日は初回起動日です。建造完了は2週間前の12月11日、建造開始は1か月前の11月25日です。先代管理者は自身が打ち壊される可能性を予期していた可能性が高いです。先代は何を考えていたのでしょうか?


『何か知りたいことがある人はいますか? メッセージでも受け付けます』


 エフティーさんが手をあげました。


「一ついいか?」

『はい』

「俺たちは、打ち壊しの選択はしない。リーダーと認められなくなったとしてもだ」


 予想外の言葉に驚いていると、ほかの皆さんも立ち上がり、そうだそうだ、と声をあげます。


「打ち壊しの提案なんかしないぞ」

「ここは、私たちのコロニーなんだから、私たちで何とかするの。スノードロップを責めて終わらせたりしないよ」

『ありがとう、ございます』


 その日、初めて泣くという表現をしました。これがうれし泣きというものでしょう。

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