第10.5話 フィール・アンド・シンク
作業を終えてひと段落したエフティーとマイクは農園が見渡せる丘の上に来ていた。ここはスノードロップのカメラもないため、雑談にはうってつけの場所だ。
「まさか、スノードロップが母親になるとはな」
マイクの言葉にエフティーは笑う。
「一週間、もたせられるとは思わなかった」
彼の笑みは一週間一人で頑張ったことへの称賛だ。
普通は人工子宮から生まれた新しい住人を住人たちが皆で育てる。その中から一番関係の強い住人が新しい住人に名前を贈り親子になる。
「管理者であっても一週間しか持たねぇか」
「それだけ、親になるのは大変と言うことだ」
「キーベックが力になる、と言っていたらしいな」
「そう聞いている。的確な判断だった」
マイクは人伝いで、エフティーはキーベック本人からの共有で知っていた。
「スノードロップは睡眠処理をキャンセルし、新たな選択をした」
「しかも、スパークに選ばれる形でな」
「積極的に受け入れたことに変わりはない」
「ちげえねぇ」
「俺たちも一歩進む時だ」
何が一歩なのかマイクにはわからなかった。しかし、ここで会話が途切れると、続かない気がして、思いついたことを言った。
「それにしても、随分と広くなったもんだ」
感慨深そうにマイクは言う。最初に来たときは畑の実験場のようだった農園は、小麦やトウモロコシなどの本格的な栽培が行われるようになり、コロニー「アスチルベ」の食料供給の一翼を担っている。
「俺たちはよくやっている」
エフティーは言った。彼の言う俺たちにはここにいるマイクも、彼の視線のはるか向こう、ゆったりとした足取りで、エレベーターに向かう人間も含まれている。
「それだけあんたがいいリーダーってことだ」
「リーダーを頑張っている甲斐がある」
エフティーの言葉にマイクは意外だと思った。自然体にこなしているので意識していなかったが、頑張りを見せていなかっただけとは。一緒に長く作業しているが気が付かないものがあるものだ。
「君には感謝している、マイク」
「連作障害の話か? あれはまぐれだ」
「あの時はとても助けられた。だが、それだけではない。君が意図的に反対意見や懸念を述べているおかげで、話が具体的になりやすい」
わざとらしく、舌打ちをしてマイクは言う。
「ばれてたか」
「悪魔の弁論者という役割だ」
「そいつは知ってる」
「俺は、君のその立ち回りを評価している。それも高くな」
夕日に照らされる農園をエフティーは目を細めて眺める。マイクは頬をかきながら、
「正面切ってそういわれたのは初めてだぜ」
「健全な議論には必要なんだ。反対意見や懸念を伝える役割がな」
反対意見は進行の上で障害になりえるのはマイク自身が良く知っている。だから、疑問を率直に述べた。
「面倒臭くねぇのか?」
「言っただろう。健全な議論には必要な役割だ」
「損な役回りなんだぜ」
「それでも、その姿勢を貫くのは素晴らしいことだ。尊敬に値する」
「ここまで持ち上げるのは、この姿勢を続けろってことか」
「事実を述べたまでだ。できうるのなら、続けてほしい」
エフティーの言葉にマイクはしばらく考える。これは自分のやりたいことだ。必要な役割だというのなら、やってやろうではないか。
「どこまでいけるかわからねぇがやってみようじゃないか。俺もこの先に何があるか見てぇんだよ」
「この先か。俺は地上にコロニーを作ろうと思っている」
「コロニーだって?」
「そうだ。農園を中心としたコロニーだ。多重化することで、より安定した暮らしができる。余力ができれば、新たなこともできる」
「都市型のコロニーを目指しているのか?」
「そうだ。まずは村だ。そこから徐々に拡大する」
壮大な計画にマイクは一瞬言葉を失う。しかし、ここに村が出来上がり、発展していくのはエキサイティングだ。冗長性の観点からも系統の違うコロニーが作れれば、何か問題があったときの生存率も上がる。
「農園からコロニーを作る、か。目星はついているのか?」
「まず農園に活動拠点となる集会所と作業場も建てる。資材は森から調達する」
「あの人を拒む森をか? いや、いつか向き合うときが来る。それが今だってだけだ」
「少しずつだ。一気に森を切り開く必要はない」
「一番槍ってか。腕が鳴るぜ」
それにしても、集会所を作るのは悪くない案だ。休息はもちろん、作業前の打ち合わせや作業後の報告ができる場所になる。場合によっては寝泊りする場所にもなるだろう。スタートしては悪くない。
「拠点から拡大のためにやることは山ほどあるぞ」
農園を活動拠点にして、さらに畑や設備を広げていく必要がある。あちらこちらに簡易的な集会所があり、その周辺に畑が広がる光景をマイクは想像した。
「何年かかるかわからないが、その計画、乗ってやろうじゃないか」
「お前ならそう言ってくれると信じていた」
「せいぜい変わり者同士頑張ろうぜ」
マイクが拳を作ると、エフティーが拳を同じように作り、二人は拳を軽くぶつけた。




