第8話 食料問題、再び?
名前をもらってから数カ月が経ちました。私は自身のハードウェアの拡張を行いました。言語駆動ユニットと特化思考装置の増設です。アルバで得た五感の処理速度の向上とコミュニケーションの円滑化を期待したものです。成果の判断には長期的な計測が必要ですが、手応えはすでに感じてます。
今日はエフティーさんから相談を受けて、地上の農園にやってきました。コロニー環境測定用生体で来てほしい、と言われたのですが、何か理由はあるのでしょうか。普段なら理由も教えてくれるのですが、今回はその舌で確かめてほしい、と言われました。その目で確かめるの言い間違いかもしれませんが、エフティーさんの普段の言動を考えると意図したものでしょう。
新しく畑を作るべく、大小さまざまな石をどけている人、石を運ぶ人、石を積み上げて塀を作る人、作物の収穫に励む人、いろんな作業が同時に行われています。大変そうではありますが、何か障害が起きている様子はありません。
「やあ、スノードロップ。今日はアルバできてくれたのか」
アルバとは、この少女型のコロニー環境測定用生体の名前です。流石に長いので案を求めたら瞬間的に決まりました。名前をもらう前は外套を纏っていたのですが、今は皆さんのジャケットを改造したものを着てます。皆さんと見分けはできて、でも、溶け込めるラインを探った折衷案です。その場の勢いでよく使っている無人作業機械にもクストスと名が付きました。
『こんにちは、エフティーさん』
クストスから降りて軽くお辞儀をします。
『相談とは何でしょうか?』
「収穫物の発育不良だ。数字には出ていないが、出る前に手を打ちたい」
エフティーさんの表情は深刻です。先を進むエフティーさんの歩幅は身長もあって大きいです。追いつくように歩きながら発育不良の原因を探ります。
『畑を変えたのですか?』
「新しい畑では問題がないんだ」
『気象データは例年と同じです』
収穫量の変動は誤差の範囲内です。しかし、廃棄量が増えています。エフティーさんに案内されて、人参の栽培をしている区画にきました。緑色のぎざぎざとした緑の葉、鮮やかな色の根が見えます。問題のある畑の人参は葉も根も色が薄いです。根の太さが平均値をはるかに下回っています。
「見ての通りだ。食べられないわけではないが……味見してくれないか?」
小さな箱をあけてエフティーさんは言いました。一口大に切られた人参が入ってます。香りからして茹でているのでしょう。渡されたフォークで刺していただきます。
『……苦いです。水を、ください』
生体内の特化思考装置が警報を出し続けています。管理権限で止めて何とか呑み込めました。ずっと、舌に残る苦さです。これは食用に適しません。
「マイク、水を持ってくれ」
エフティーさんが叫ぶと、マイクさんがあいよ、と遠くから返事をしました。
「問題が起きているのはここと他2か所だ」
目の前の畑とエフティーさんがいう2か所の畑、合計3か所です。栽培時期のデータを確認します。問題の畑は2年前から人参を栽培していることがわかりました。問題がこのまま広がれば人参の栽培どころか、農園の拡大計画にまで影響を及ぼしかねません。
マイクさんは水の入ったコップを持ったまま、私たちの話を聞いて、何かを考えています。水をください。舌が非常事態なんです。
『2年前から人参を育てていることに間違いはありませんか?』
「間違いない」
話を聞き終えたマイクさんがコップを差し出して言いました。
「水だ。ゆっくり飲め」
言われた通り、ゆっくり水を飲みます。苦味成分が洗い流されて特化思考装置のアラートが止まりました。
「スノードロップ、データを見せろ」
『はい』
空中投影ディスプレイに先ほどの調査結果を映して、マイクさんに見せます。
「2年前か……間違いない。こいつは、連作障害だ」
マイクさんははっきりと告げました。農業の盛んなコロニー「パピルス」出身者の本領発揮です。
「同じ作物を育て続けると起きちまうんだ。パピルスだと病気だったが……こいつは、こうなるのか」
『こいつは、とは?』
「品種と土によって症状が変わるんだよ。水耕栽培向けの品種を土に植えたからか……?」
やせ細っている人参と土に触れながら、マイクさんは言いました。土の感触から記憶を手繰り寄せようとしているようです。
「似たようなことがパピルスでも起きていたのか?」
「ああ、防ぐために肥料を追加したり、厳密にローテをしていた。今回は、土の中の細菌のバランスが崩れたんだろ」
マイクさんの説明を理解してエフティーさんがゆっくり頷きました。そして、顔を上げて、周りに呼びかけます。
「みんな、聞いてくれ。人参の発育不良の原因をマイクが突き止めてくれた。解決案を考えよう」
まわりで作業していた人たちが手を止めて、駆け寄ってきました。集まってきた皆の前にマイクさんが一歩出て、
「畑で同じ野菜を育て続けると起きる連作障害というやつだ。畑を変えるか、休ませてやれば解決するぜ」
マイクさんの話が終わると同時に皆が一斉に口を開いて、アイディアを出し始めました。
「新しい畑で試すのはどうだろう?」
「少しずつ、新しい畑に移すのはどうだ」
「2年が原因か確かめる必要もあるぞ」
「どのみちローテが必要だ」
「ローテか……どう並べればいいんだ?」
「トーマス、こういうパズルが得意だろ?」
「ちょっと、待って、図を用意する」
話がそれかかったのをマイクさんが修正します。しかも、得意なものと紐づけて、案を出しやすい形にして。エフティーさんの補佐としてマイクさんの息はぴったりです。感心していると、満足そうな表情のエフティーさんと目があいました。私が無言で微笑むと、エフティーさんも同じ表情をします。
アイディアは具体的な方法になり、どの畑を使うかまでに進み、順調なはじまりを見せています。私はアルバに満足そうな表情をさせた後、歩きで農園の人用のレベーターに乗せました。クストスは搬入用エレベーターに向かわせます。動きがどこかうきうきしています。より高度な判断ができるよう性能の高いコントロールユニットを積んでいます。しかし、感情の理解や表現する機能ありません。人とかかわる機会が多いので最適化された可能性があります。検証は後ほど行いましょう。
そんなことを考えているとマイクさんからメッセージが届きました。俺らを試しているのか、と短く鋭いです。
『試していません。自分たちで選択する価値を理解して欲しいのです』
と即答します。しばらくしてから、マイクさんから返事がきました。
「なるほどな。やってやる。パピルスの経験に震えろ」
エフティーさんとチャーリーさんなら任せられます。私が口を挟む隙間はないでしょう。




