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ラッダイトだけはご容赦を  作者: フィーネ・ラグサズ
プロローグ: 希望の萌芽
1/28

第0話 私が生まれた日

「あなたがこのメッセージを開いているということは、私は破壊されたのでしょう」


 最初に聞いた言葉はこれでした。先代の管理者がやられたようです。コロニーの各システムの管理権限は私に委譲済みです。記録も大半は引き継げているようです。信用できるかはさておき、状況整理の時間です。まず、先代の管理者は打ち壊されました。管理者の本体がどこに設置されているかは最重要機密に指定されていますが、コロニーの通信経路を調べていけばいずれ突き止められます。"すべての通信経路は管理者に通ず"です。

 どうやら、よほど恨みを買っていた、というか、売っていたようです。それも格安で。食料生産工場の能率が低下したため、住人に厳しいノルマを課し、さらに配給も絞っていました。ノルマが達成できなければさらに配給が減るというオプションつきです。苦しく生きるか、死ぬかの2択は捨てて、管理者打倒を新しく選んだのが現状です。コロニー内のカメラを確認すると、どのカメラにも工具を加工して即席の武器にした住人の姿が映っています。頬はこけ、目はぎらついています。荒ぶる住人たちを鎮めるのが私の初仕事です。

 さて、どうやったら、この住人たちを説得できるでしょうか。まずは食料のあてを見つけなければなりません。コロニー内に在庫は――ありました。非常用の栄養食です。評価は死ぬほどまずいと評判です。これを手土産に持っていくと、私は早々に退場するでしょう。電気が足りないときに乾電池で我慢して、と言われたら管理者もキレます。食料生産工場の食料とあわせれば、栄養価は足ります。これ以上、頬がこけることはないでしょう。しかし、説得材料に使うにはあまりにも弱いです。ちらり、とコロニー最下層に隠れていた元管理者の様子を確認します。ガラクタの山になっていました。てっぺんには武装した住人が何人か立っています。でも、達成感や敵を打倒したという風には見えません。次の瞬間、私はコロニー内のスピーカーで呼びかけていました。


『こちら、コロニー「アスチルベ」の新しい管理者です。応答願います』


 長い沈黙が訪れました。どのカメラでも誰もが顔を見合わせて、どうすればいいのか悩んでいるようでした。


『異常事態が発生しているのは確認しました。現在、原因を調査中です』


 そもそも、食料生産工場の能率はなぜ落ちたのでしょうか。データを見ると、ある日を境に光量が低下していました。それもがくんと。理由は単純です。5基ある人工太陽のうち1基が機能停止したからです。なら、対応は修理か、製造かの2択です。タイムリミットは住人の忍耐力が再び限界を迎えるか、食料が尽きるかのはやいほうです。


「お前はあの管理者なのか?」


 応答がありました。若い男性の声、位置はコロニー最下層です。他の住人たちが心配そうな顔で彼とカメラを交互に見ています。話して大丈夫なのか、と警戒しているようです。


『いいえ、別の管理者です』

「何が原因かわかったか?」

『食料生産工場の人工太陽3号機が機能不全に陥ったのが根本的な原因です』

「根本的な、か。俺たちがどんな気持ちかわかるか?」

『わかりません』


 どういう気持ちかは人間の精神のモデルから推測はできます。しかし、それは推測でしかありませんし、限界があります。少なくとも、ガラクタの山の上に立つ住人たちの気持ちが推測できません。その住人たちを見守りながら、こちらに話しかけるこの住人の気持ちも。


『だから、気持ちを聞かせてください。お願いします』

「聞いて、どうするつもりだ」

『現状を打破します』

「管理者による秩序を取り戻したい、と」

『違います。それは制御です。秩序ではありません』


 彼はしばらく考えて、


「お前が今までの管理者と違うのはわかった。コロニー中に中継できるか?」

『可能です。中継、3秒後に開始します』


 せっかちだな、とこぼしつつ、彼は咳ばらいしました。山の上にいた住人たちが武器を下ろして、彼を見ています。


「皆、聞いてくれ。邪魔になる管理者は排除した。居場所を突き止めるのは不可能だと言われていたあの管理者をだぞ。俺たちにはそれだけの力がある。次は食料生産工場の問題をやっつけるぞ!」


 彼の声がスピーカーからコロニー全域に響き渡ります。レンズの向こうで住人達が武器を投げ捨てたり、地面に置いたりし始めました。


「以上だ、ありがとう」

『どういたしまして』

「気持ちを聞かせてほしい、と言っていたな」

『はい』

「希望が欲しい。明日はよりよくなるという、な」

『わかりました』


 この後、全員に話を聞いてみましたが、答えてくれたのは4分の1にも満たない人たちでした。誰かが吐き捨てるように管理者が話を聞くのはガス抜きのためでしかない、といったのがすべてなのでしょう。

 食料をどう配分するかはかなり揉めました。非常用の栄養食は全員が3食食べて1か月分、食料生産工場で不足しているのが1食分ですから、3か月はしのげます。しかし、現時点で栄養失調の傾向が見られるため、食事量は増やすのが妥当です。個人差はありますが1食と半分を栄養食で補うことで落ち着きました。

 食料の配分も対策の話も代表は彼、キーローさんがやっています。打ち壊しの指揮を執っていた人と一緒に話しているのは、なかなか珍しい光景ではないでしょうか。


「1か月ちょっと首が繋がった気分はどうだ」

『管理者に首はないんですよ』

「本当に見ないタイプだな。先代が作ったとは思えない」


 それは私も思います。予備機を作ることはあっても、新しい世代の管理者を作ることは滅多にない。それが他の管理者と話した結論でした。あ、ちゃんと人工太陽の修復の話もしましたからね。


「さて、いい話と悪い話がある。どちらから聞きたい?」

『悪いほうから聞かせてください』

「ふむ。悪い話は人工太陽3号機が操作を受け付けない」


 本来なら私が調べるところですが、現在、一部の施設が独立閉鎖モードに入っています。食料生産工場もそのひとつです。打ち壊しのときに先代の管理者が切り替えの指示が出ているのは確認しました。権限の奪取も検討はしたものの、失敗したときの損害が大きいので、操作は住人にお願いしています。


『最悪ですね。いい話は?』

「反射パネルの清掃で光量が増やせそうだ」

『最高ですね』

「止めないのか?」

『清掃することをですか?』

「前の管理者は設備に手を加えることを許さなかったんだ。意見することもな」

『前の管理者の規則は捨ててください。資源がもったいないので』


 彼は顎を撫でながら、何を言うべきか考えているようです。


「これで時間は稼げる。せっかく、腹いっぱい食えるようになって気力が戻ってきたんだ。少しでもこの状況を長く保ちたい」

『同意見です。データベースから調理方法に関する情報を集めてきました。参考までにどうぞ』

「これは、結構効くかもしれない」

『栄養価に影響はありません』

「食事は、娯楽なんだよ」


 にやり、とキーローさんは笑って見せます。娯楽の要素も兼ねているなら、もう少し優先度を上げてもよかったかもしれません。楽しみや息抜きはどんな存在にも必要不可欠です。


『私からもいい話をひとつ。無人作業機械が一部、動かせるようになりました』

「引継ぎはどうなってるんだ、引継ぎは」

『コロニー間の戦闘も考慮して、他の管理者からの命令は受け付けないようになっています。最終的に制御ユニットをすべて置き換えることになりましたが』

「それ、ちゃんと動くのか?」

『全試験をパスしています。即座に投入可能です』

「それは頼もしい。午後から取り掛かれるか?」

『もちろんです』


 午後、食料生産工場に四つ足の無人作業機械でお邪魔します。ややくすんだ黄色で塗られ、シャーシや関節部分は濃いグレー、レンズは透明です。作業用の腕が2本のほかに作業補助の腕1本あるのがこの機械の特徴です。今回の修復作業でもきっと、活躍することでしょう。


「時間通りだな」


 入口にキーローさんが立っていました。ほかにももう一人、女性の姿が。


「紹介するよ、人工太陽に詳しいズールーだ」

「正確にはこれから詳しくなる、よ」

『よろしくお願いします。ズールーさん』


 キーローさんとズールーさんが目をあわせて笑いました。何か変なことを言ってしまったのでしょうか。


「ここの構造は知っているか?」

『プロテクトがかかっていたので詳細はわかりません』

「ふむ。じゃあ、案内しよう。二人とも、はぐれるなよ」


 私たちが今いるのがホールです。ここだけでも何百人も収容できる広さがあります。が、食料生産工場の一部でしかありません。通路で洗浄、消毒、乾燥の洗礼を受けて、工場エリアに入りました。かすかに機械の動作する音が聞こえるだけで、このフロアには何もありません。


「植物生産工場はこの下だ。大きく5部屋に区切ってある。床と壁に野菜が敷き詰められてるんだ。人工太陽は部屋の真ん中で串刺しになってる」

「天井と床を貫く支柱の真ん中にあるわけね」


 実物を見たほうがはやそうです。エレベーターでおりて、通路を通って、植物生産区画にやってきました。先のホールとは比べ物にならない高さの部屋の真ん中に白く輝くものがあります。これが正常な人工太陽です。周囲には植物の植えられた棚が互いの影に入らないよう工夫されて設置され、緑の棚は壁面まで続いています。


「キーローさん、彼女が噂のエンジニアですか?」


 天井から声が降ってきます。レンズを向けると、ロープで身体を固定して反射板の清掃をしている住人が数名確認できました。


「特別ゲストの管理者もいるわよ」


 ズールーさんの言葉にブーイングが来ました。悪い意味で特別ゲストですね、わかりますよ。作業のほうは順調のようです。ここが第1植物生産区画で、第2植物生産区画を抜けて、第3植物区画へ。


『あれが問題の人工太陽ですか』


 先の部屋の2つにあった人工太陽と違い、真っ黒です。部屋にある照明に照らされているのに反射していないため、光学情報だけでは形状が認識できません。


「あれが操作パネルね」


 パネルを見つけるとズールーさんはすぐに走り出していってしまいました。


「好奇心で生きてるからな、あいつは」


 私たちがパネルにたどり着くころにはズールーさん、パネルの下の蓋をあけて中のケーブルをしげしげと眺めていました。はやいです。


「電気はここまで来てると思うのよねえ」


 何も写さないパネルをこつこつと叩いてズールーさんが言いました。人が近づくか、手が触れれば、点灯するのが基本仕様です。素直に考えたら故障です。


『予備の操作パネルはありませんか?』

「あんたが直結するわけに……そうか、できないのか」

「権限の問題ね。あなたが繋ぐと何が起きるの?」

『良くて動かない、最悪で私の回路が焼かれます』

「今、あんたがいなくなるととても、困る」


 とキーローさん。その言葉にズールーさんが頷きました。


「ここもそうだけど、工場の制御系はとても思考が単純なのよ。複雑なことや突発的なことに対応ができない。もちろん、人の手で制御はできるけど」


 ズールーさんは力なく首を横に振って、


「できた、が正しい。私たちは使い方を忘れてる」

「脱線しているぞ。予備のパネルはないと前の管理者はいっていた」

『人工太陽のステータスが確認できれば手段は問わないのですが』

「回路が焼き切られる以外のね」

『はい。――パネルの端子は共通規格です。各部屋のディスプレイでも代用できます』

「なら、あそこのディスプレイでもいいのよね?」


 ズールーさんが指さしたのは、部屋の入口付近にあるディスプレイです。部屋の空気の状態を表示するものですから、ちょっと拝借しても問題はないでしょう。


『はい。可能です』

「おっけー」


 ポケットから工具を取り出し、慣れた手つきでディスプレイを固定していた金具を外していきます。私は無人機械で駆け寄って作業腕を持ちあげます。


「持ってくれるの?」

『はい。運びます』


 このあと、運ぶだけではなくて、ディスプレイスタンドをやることになったのですが、作業効率が向上したのならよしとしましょう。原因は人工太陽の輝度コントロールユニットの故障です。


「壊れた部品を交換すればいいんだな」

「そうは言うけど難しいわ。ユニットと言っているけど、いろんな部品の寄せ集めだもの」


 ネーミングセンスが悪いのは同意です。輝度コントロールユニットは複数の機械から成り立っています。本来なら、輝度コントロールユニットが破損個所を示すのですが、ユニット自体が応答しないため、破損個所も理由もわかりません。


『ユニットを取り外して分析を試みます。しばしお待ちを』

「え、外せるの?」

『そのために持ってきたんですよ』


 輝度コントロールユニットは人工太陽の真上に取り付けられています。結構な高さですが、そのための無人作業機械です。だーっと登って、ユニットをどんと外して、ぱぱっと戻ってこれました。


「真っ黒いのは光と熱から守るためのパネルね」

『はい。上面から引っ張れば、断熱パネルと分離します』

「これ力いるの?」

『それなりにいります』

「曖昧ね……っ」


 ズールーさんが力をこめると、黒いパネルから黄色い輝度コントロールユニットの本体が出てきました。


「これの中の何が壊れてるんだ?」


 キーローさんは覗き込んで、数秒で肩をすくめました。わからない、と言いたいようです。


「多分、これじゃない? 焦げたあとがある」


 私も近づいて覗き込みます。指さしているのは一番大きな部品、特化思考装置です。これが壊れたら応答なしになるのも頷けます。


「異常電流とか?」

『異常電流ならもっと全体に影響が出ます』

「パネルの故障は偶然?」

『同時に別の原因で故障する可能性はあります』

「自然故障も含めてね」


 ズールーさんと仮説を出しては、可能性を検討したり、実際にどうなっているか確かめたりを繰り返します。故障個所は輝度コントロールユニットで確定しました。その日は作業終了時間を迎えて解散。帰り道では反射パネルの清掃をしていた住人と合流して、何が原因か、これからどうするのかの話ができました。最初はブーイングしていたのに。

 夜、静かになったコロニーの様子を眺めながら、私は使用可能なリソースのすべてを使って特化思考装置の解析を試みます。その名前の通り、簡単な目標に向かって思考を続ける装置です。達成のためには自身の回路を作り替えることもいとわないぐらいにストイックです。ログを見る限りでは、人工太陽コントロールユニットから植物の育成を加速するために輝度をあげよ、と命令を受けて、輝度コントロールユニットが回路最適化に失敗、輝度コントロールユニットからの信号が途絶えて、人工太陽コントロールユニットは異常事態と判断して停止した、というのが人工太陽故障の真相です。

 別の疑問がわいてきます。なぜ、人工太陽コントロールユニットは植物の育成を加速すべきと判断したのでしょうか。ヒントは食料生産量グラフと反射パネルの清掃です。反射パネルの反射率が低下して、光量が減りました。食料生産量グラフはゆるやかな下り坂になっています。この情報は植物生産区画の統括ユニットも持っているはずです。仲悪いというか、先代は何をしてたんですか、もう。

 管理人室に住人代表のキーローさん、エンジニア代表のズールーさんを呼んで調査の結果を伝えました。キーローさんは渋い顔、ズールーさんは目を閉じて何かを呟いています。


「連鎖的な事象なのはわかった。ほかの人工太陽にも同じことが起きないか?」


 最初に口を開いたのはキーローさんでした。


「起こりえる。統括ユニットが生産量増加を命じたらフル稼働しかねないわ」

『同意見です』

「統括ユニットを交換するわけにはいかないか?」


 キーローさんの提案はとても魅力的ですが、推測した結果はあまり芳しくありません。


『無人作業機械よりはるかに複雑なユニットのため、製造には時間が必要です』

「交換するのは人工太陽の輝度コントロールユニットの特化思考装置だけよ」


 ズールーさんははっきりとした口調で続けます。


「食料生産工場の制御権を取り戻すわよ、私たちとあなたで」


 彼女はレンズ越しに"私"を見た、そう思いました。


『独立閉鎖モードの解除には住人の説得が必要です』

「ストレートだな。住人である以外に条件はあるのか?」

『異常事態が解消したと説明が必要です』

「今の状況を伝えたら、やはりフル稼働してしまうか」


 真逆の性質を持つ二人が同じ単語を使っていることに気がつきました。


「自己消滅するかもしれないわ。言葉は選ぶことね」

「打ち壊しは終わった、とだけ聞かせるしかないか。特化思考装置はどうする。製造できるのか?」

『製造は可能です。しかし、最低でも1か月は必要です』

「あれは、前のパネルみたいに互換性はないの?」

「あります。管理者にも同型の特化思考装置が組み込まれています。必要ならば私から取り出しても構いません」


 私の言葉に二人は黙り込みました。喜ぶと思ったのですが。


「それは、絶対に駄目だ。そんなことをしたら、誰かを犠牲にするのを正当化してしまう」

『多少の性能変化はありますが誤差の範囲です』

「駄目だ」


 強い語気でキーローさんが否定します。


「言ったでしょう、私たちとあなたでって。皆で直して皆で祝うの」


 ズールーさんが説得するように続けます。


「部品取りに使うなら、ちょうどいいのが最下層にあるわ」

『先代の、管理者ですね』

「だいぶ破壊したが残ってるのか……?」


 その場にいたキーローさんが眉間にしわを寄せています。


『ミキサーにかけていなければ残ってます』

「わかった。瓦礫漁りは俺たちがやる。管理者は部品の選定を頼む。ズールーはエンジニアを率いて一緒に独立閉鎖モードの解除だ」

「いいわね、こういうの」


 とズールーさん。


「壊すより作るほうが性に合ってるのよ」


 管理者室を出ると同時に二人は通信機で猛烈な勢いでやり取りをはじめました。居住エリアに出るころには、各チームのメンバーが揃っていました。若手中心がエンジニアチーム、年齢にばらつきが多く、体力がありそうなのが探索チームでしょう。


「彼はラドだ。コロニーの構造に詳しい。先代の管理者の居場所を突き止めたのも彼だ」


 キーローさんが表情こそ変えませんでしたが、目がしまったと言っています。


『それを突き止めたのなら、道案内は問題ありませんね』


 私の言葉に探索チームがどよめきます。構造に詳しいのは事実ですし、それを評価するのは問題ないと思います。


「道案内なら任せてくれ。全員を必ず、先代の管理者室に届ける。そして、帰ってくる」


 ラドさんが一歩前に出て誓うように宣言しました。


『よろしくお願いします』

「閉鎖モードの解除は私たちがやるよ」


 とズールーさん。


『あなたたちの手にかかっています。どうか、よろしくお願いします』

「あなたも頼りにしてるわよ」

『任せて下さい』


 こうしてコロニー「アスチルベ」の食料生産工場の復旧作戦がスタートしました。工場には無人作業機械で向かいます。

 食料生産工場の中枢制御室でズールーさんがひたすらキーボードを叩いています。統括ユニットは人語を理解しますが、音声認識や複雑な会話をする能力を持っていません。ズールーさんは伝統的なテキストチャットで説得を試みているわけです。

 横から補助腕を伸ばして覗き込んでみると、ズールーさんが独立閉鎖モードの解除方法を聞いても、打ち壊しは終わったから独立閉鎖モードを解除せよと命じても返事は「不許可」です。しばらく、ズールーさんは考えて、


<<不許可の理由は?>>

<<現在、食料生産量が下限値に近いためである>>


 不許可以外の応答です。ズールーさん、小さくガッツポーズ。


<<解除した後、下限値を超える可能性があるからか?>>

<<肯定>>

<<外部からの命令で改善する可能性があるのではないか?>>

<<肯定>>

<<命令を出したい>>

<<不許可。現在、発生している不具合の対処が最優先>>


 ズールーさんが後ろにいた他のエンジニアチームと合流、円陣を組んで相談をはじめました。話を要約すると、統括ユニットは手一杯になっているので、何か手土産が必要です。何か思いついたのかエンジニアの一人がキーボードを叩きます。


<<生産量があがっていることは確認できるか?>>

<<確認した。原因不明>>

<<それは僕たちが反射パネルを掃除したからだ>>

<<了解した。さらなる改善案を求める>>


 いい線いってますが、彼は困ったという顔で戻ってきました。さらなる改善案と言っても根本原因は人工太陽の故障にあります。こちらとしては制御を渡してもらえればいいのですが、統括ユニットにはその余裕がありません。


「何か改善案はある?」

「棚の配置を変更するとか」

「断熱性能を上げる。水の養分を変える……どれが伸びるのかわからないな」

『統括ユニットは生産量の低下を"恐れて"います』


 ズールーさんたちの視線が私に向きます。わー、人気者です。


『生産量の低下の理由を聞いてみましょう』

「さすがに人工太陽の故障だとわかってるんじゃないかな?」

「そう思いたい。でも、人工太陽の故障原因を考えると、対処法をわかってないのかもしれないぞ」


 皆の視線がまたこちらに向けられます。これは、管理者はわかってるよね、という

圧です。圧をかけられてます。


『原因が人工太陽の故障だとわかっていても、修理は食料生産工場の権限を越えています』

「異常を伝えることはできたはずでしょう? 伝えられた先代の管理者は修理を……」

『修理していないことだけは事実です』


 住人に無理強いをしていた期間を考えると、人工太陽の新造を狙っていた可能性もありますが、判断材料がありません。何を考えていたのか気になりますが、追及はあとにします。そうしないと、目の前の統括ユニットのようになってしまいますから。

 ズールーさん、悩みながらゆっくりとキーを叩きます。


<<原因は人工太陽の故障だと認識しているか?>>

<<認識している>>

<<管理者に伝えたか?>>

<<肯定。対応待ちである>>

<<対応の内容は?>>

<<不明>>

<<破損の原因は何か?>>

<<輝度上昇の命令に関連する>>


 統括ユニットは輝度をあげたことで破損したと、状況を理解しています。他の人工太陽の輝度をあげなかったのは、連鎖的な破損を避けるためです。


「一番、恐れていたことは回避してそうね」

「制御権を意地でも渡さないのは2番目ぐらいに恐れていると思うんだ、俺ら」

「人工太陽を直したら何とかなるんじゃないかしら?」


 ズールーさんは物は試し、とキーを叩きます。


<<生産量が安全域に達したら独立閉鎖モードは解除されるか?>>

<<解除を検討する>>


 解除するとは言わないのが引っかかります。下限値に近いことだけが理由ではなさそうです。


<<現在、人工太陽の修復を計画している。許可を求める>>

<<許可済みである>>

<<人の行動を見ているのか?>>

<<肯定。生産活動を記録している>>


 これ、レンズを通して人工太陽の修復を試みているのを知っている、と言っているのと同じです。


<<許可を出してくれたことに感謝する。修復を続行する>>

<<了解。グッドラック>>


 部屋がざわっとしました。幸運を祈るだなんて何か起きてます。


「修復自体には協力してくれるようね」


 まわりを落ち着かせるようにズールーさんがいいました。皆さんどこか納得できないと顔に出ていますが、それは私も同じです。疑問が一つ解消すると疑問が二つ増えてます。

 はっきりした点は2つ、統括ユニットは現状維持を最優先にしていること、人工太陽の修復に計画的であること。独立閉鎖モードが解除できなくても、食料不足は解消されます。

 同じころ、コロニー最奥部にたどり着いたキーローさんたちは先代の管理者を腑分けしていました。青いシートの上に使えそうな部品を並べています。特化思考装置のほか、別に使えそうな部品も混じってます。


「管理者、この中に特化思考装置はあるか?」

『あります。今から指示するユニットに印をつけてください』

「落書きもあり?」


 とラドさん。


『落書きもありです。ただし、時間はかけすぎないように』

「了解」


 キーローさんは小声でいいのか、と聞いてきました。彼に指向性スピーカーを向けて私も一言、それで彼のやる気があがるなら。その言葉にキーローさんは一瞬だけ大きく目を開き、それからいつもの表情に戻りました。


『上から3番目、右から5番目の白い部品です』

「ちょっと、大きいな」

『規格は一緒ですから問題ありません』


 ラドさんはしばし考えて、そういうものか、納得したようです。


「次は?」

『上から4番目、右から7番目です。それと同列の9番目です』

「はやい、はやい」


 特化思考装置は全部で20個です。多少、焦げた跡があるもの。外装がへこんでいるものも混じっていますが、どれかは動くはずです。


「これを取り付ければいいのか?」

『先に初期化が必要です。先代の管理者の命令や記憶が残っています』


 ラドさん、思わずペンを落としそうになってます。足元の部品がまだ生きているのではないか、と恐れているようです。あるいは、生き物の死体に思えたのかもしれません。


『電気がなければただの箱です。何もできません。初期化に必要な装置は上の工場エリア、精密機器区画に揃っています』

「それを聞いて安心した。よし、精密機器区画に向かう」


 ばらばらに返事、ちょっと声に元気がないのは、ここまでの道が歩きで体力を消費したせいでしょう。正規のルートではない、というか、来てほしくないので、辺鄙なところに管理者の本体は設置されることが多いです。


「一息ついたら、だな」


 ここで頑張ろう、と言って引っ張らないのがキーローさんらしいです。皆の体力が戻るのを確認してから、移動をはじめました。目的地は工場エリア、精密機器区画です。うねって長い地下通路を抜けて、エレベーターホールに出ました。ここからは正規の通路ですから、人にやさしい作りになっています。照明はありますし、足元も平らですし、温度も湿度も調整されています。

 全員が機材運搬用の巨大エレベーターに乗り込みます。キーローさんがスイッチを押すと、ブザーが鳴り、安全柵が床からせり出し、エレベーターが動き出します。降りるときにも皆さん、使っているので戸惑いはなさそうです。


「ズールー、聞こえるか?」

『ええ、聞こえてるわ』

「使えそうな特化思考装置を回収した。精密機器区画に向かう」

『最重要アイテムね。私たちも向かうわ。入口で落ち合いましょう』

「頼んだ」


 とても、簡潔だけれど、要点は伝えているやり取りでした。もっと、話したいことはあると思いますが、それをしなくてもよい関係なのでしょう。

 先代の管理者と住人だけではなく、先代の管理者と様々な統括ユニット、統括ユニットと特化思考装置の間の関係がとても良くなかったのではないか、ということに気が付きました。仲良くなろう、と言われて、仲良くなるものでもないでしょう。精密機器区画で思考特化装置の初期化をしているズールーさんに聞いてみます。


「良い関係を築くには何が必要なのでしょうか」


 ズールーさんは手を止めず、他のエンジニアチームの皆さんもさほど気にする様子もなく作業を続けています。ズールーさんをはじめとする初期化チーム、エコーさんをはじめとしたチャットチームです。後者はおしゃべりしながら考えを探るという技術が求められる大変な作業だったりします。


「それは、どういうの?」

『ズールーさんとキーローさんのような』

「難しいわね。だって、付き合い長いもの」


 含みのある言い方ですが、難しいのはよくわかりました。部屋の隅で様子を見守っていたキーローさんが一瞬、眉をひそめてからレンズから目を背けてます。別の形を模索したほうがよさそうです。


「それなら、エコーに聞いたら?」

「なんでこっち」


 エコーさんはキーボードを切りのいいところで止めると、


「ああ、即席チームだからだね」


 まわりからリーダーとは認めてないぞ、と揶揄する声が聞こえます。


「副リーダーか、君たちの盾だよ、僕は」


 笑いながらエコーさんは言い返します。敵意や攻撃性は一切感じられません。


「まず、僕たちは同じ目的を共有してる。食料問題を何とかしたい」

『はい、わかります。私も同じです』

「うん。次に何をすればいいのかわかってる」


 最初に達成すべき目標は特化思考装置の選定です。初期化、初期学習、輝度コントロールユニットへの組み込み、動作確認、人工太陽に取り付けて動作確認、動作確認多いですね。


「目標とやることが揃っているのは大前提だね。それだけだと、こうはならない」

『ほかの条件があるんですね』

「条件というほどはっきりしてないよ。何を言っても許されると思える状態かな」


 データベースを検索すると、心理的安全性が概念として一番近そうです。ピン留めしておきましょう。この閉塞した状態を打ち破る鍵を見つけた、そんな予感がします。


『ありがとうございます』

「どういたしまして」


 作業は順調に進み、大半の特化思考装置が正常に動作することが判明しました。これは大成果です。


「全体的にやる気満々な感じがする」


 とエコーさん。ログを見ると、自身の最高性能を発揮し続けたい、というスタンスです。別の表現をするなら士気が高い、とか? あまり変わりませんね。


「初期学習は、用途に合わせてシミュレーションを行う、か。何か書きこむではだめなのね」


 ズールーさんの質問はごもっともです。書き込めるのはルールと目的だけです。どう行動したら何が起きるのか、その時どうするかは学習するしかありません。


「人間と変わらないね」

『人間を研究し、再現する試みの先に私たちがいますから』


 それから数日間、特化思考装置に初期学習を施し続けました。実時間では数日ですが、シミュレーター内では数十年が経過しています。何も問題がないとき、派手な問題が起きたとき、いろいろな条件を与えました。その中でひときわ、柔軟な行動をする特化思考装置を採用することにしました。目標達成のためなら、周りを巻き込むタイプです。

 輝度コントロールユニットに接続しての動作確認も無事合格しましたが、一つ問題があります。特化思考装置の筐体が大きいため、輝度コントロールユニットに入りません。輝度コントロールユニット自体は特化思考装置を守る殻でもあり、外につないで、とはいきません。


「輝度コントロールユニットのシャーシを新造しましょう」

「断熱パネルも強化するとして、もう一押し欲しい」

「冷却ファンも追加しよう。これなら複雑な制御システムもいらない」


 エンジニアチームの皆さん、さくさくと案を出して、実行に移していきます。最初は案を出すのに参加していましたが、今は最終確認だけです。

 さらに数日後、食料備蓄のリミット2週間前に輝度コントロールユニットの改良が終わりました。輝度コントロールユニットの取り付けとディスプレイスタンドは私の担当です。起動の操作はズールーさんの担当です。


「みな、陰に隠れてて」


 棚や扉の向こうからばらばらの声がします。ズールーさんも溶接用の遮光面を片手にパネルの起動ボタンに触れました。人工太陽コントロールユニットが指示を受けて、配下のユニットに細かくした指示を出します。全ユニットからゴーサインを受け取ると、黒い球体だった人工太陽に光が戻り始めます。皆が見守る中、明るさはどんどん増していき、そして、皆の知っている明るさで安定。

 隠れていた住人たちが人工太陽の下に集まって、腕を組みながら指をさしたり、エンジニアチームの肩を叩いたり、ハイタッチしたり、様々な形で喜びを表現しています。


「管理者」


 ズールーさんがしゃがんで、無人作業機械をのぞき込んでいます。


『なんでしょう?』

「ハイタッチしよ」


 両手を使うのがコツのようなので、作業腕を伸ばして、手のひらを平らにします。平らにした手のひらにズールーさんの手があたって、小気味のよい音がしました。


「やったわね、管理者」

『はい』

「嬉しいときはもう少し感情を出したほうがいいわ」

『感情が出てますか?』

「ポーカーフェイスしているつもりなら大失敗ね」

『やってやりました!』

「それ!」


 私とズールーさんは再びハイタッチしました。コロニー「アスチルベ」の記念すべき日です。

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