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彼女が死んだ理由は、誰も知らない

彼女が死んだ理由は、誰も知らない

作者: MIRICO

 ベルティエ家の長女、クロディーヌ様が亡くなられた。


 天気の良い、穏やかな日。買い物に出かけたまま、帰らぬ人となったのです。


「シャルリーヌお嬢様。お体に良くありませんから、そろそろお屋敷にお戻りになられた方が」

「ええ。そうね」


 私は墓の前で佇んでいたクロディーヌ様の双子の妹、シャルリーヌ様に声を掛けました。シャルリーヌ様は顔色悪く、目に涙を浮かべたまま、小さく頷かれます。

 婚約者のエヴァリスト様が、屋敷に戻ろうと、支えるように促して、シャルリーヌ様と寄り添うように歩きはじめました。

 その姿を後ろから眺めて、私は墓を見つめました。


 クロディーヌ様がこんなに早く命を落とすなど、誰も想像していませんでした。






「シャルリーヌお嬢様が婚約してから、病で結婚を引き延ばしてたけど、これでまた結婚が先になっちゃうわね」

「やっと体調も良くなってきて、結婚式の予定を組もうかなんて話をされていたのに」

「こんなことになるなんて」


 メイド仲間がぽそぽそと話しながら、葬儀の片付けをしていました。拭き掃除には身が入りません。

 それも当然です。少し前まで元気に剣を振っていた若い女の子が、突然死んでしまったのですから。


 ベルティエ家には娘が二人いました。姉のクロディーヌお嬢様。妹のシャルリーヌお嬢様。二人は一卵性の双子ですが、性格は正反対でした。クロディーヌ様は快活で、騎士も顔負けの剣の使い手。かわってシャルリーヌ様はおとなしく、部屋で刺繍や読書を好む、穏やかな人です。


 趣味も性格もまったく違いますが、二人は仲の良い姉妹でした。

 婚約破棄が決まり、社交界に顔を出しにくくなっていたクロディーヌ様。シャルリーヌ様は原因不明の病。その療養と付き添いという形で、領地に姉妹だけで訪れていました。両親と離れ離れで暮らしはじめた矢先、その姉の方、クロディーヌ様が亡くなられたのです。


 葬式の後、屋敷は雨の日の暗い夜のように、静まり返っていました。聞こえるのはクロディーヌ様の部屋で嘆く、奥様の啜り泣く声。旦那様の姿は見えませんでしたが、どこかで嘆いているのは容易に想像できました。


「よりによって、コンラッドと一緒になんて」

 誰かがぽそりと言うと、メイドたちはお互いに顔を見合わせました。


「まさか、ねえ」

「そんなわけないでしょ。さすがに」

「さすがにないわよ。だって婚約が決まってからも、クロディーヌお嬢様、元気に剣振って、コンラッドも楽しそうに相手してたもの」

「そうよねえ」


 言いたいことはわかります。ですが、私もそれはありえないと思いました。

 二人が、まさか、


「自殺なんて、ありえないと思うわ。シャルリーヌ様の前で、エヴァリスト様の前でそんな話したらダメよ。もうこの話はやめましょう。コンラッドの荷物も整理しないと」

 私はそこで話を止めるようにメイドたちを散らばらせました。集まっていると、どうしても話したくなるものです。


「ねえ、アビー、コンラッドの部屋だけど、旦那様がお怒りだったから、荷物は捨てることになるかもしれないわ」

 一人のメイドが私、アビーにそう告げました。コンラッドの仲間たちが、今のうちに荷物を形見分けしておいた方が良いのではと相談していたそうです。


「そんな。でも、そうよね。御者もなしに、馬車を動かしたんだし」

「いつもやっていたことじゃない。コンラッドは馬の扱いがうまいんだから、今までだって許してたのに」

「あの道は危険だってコンラッドも知っているわ。でも、曲がるのは難しいって」

「ほら、仕事に戻って。声が大きいわ」


 私はもう一度メイドたちに集まらないように告げます。みな渋々と散らばっていきました。

 私はため息を吐きそうになりました。


 私だって、コンラッドのせいじゃないか、と口にしそうになりました。シャルリーヌ様やご両親たちもそう思ったかもしれません。ですが、コンラッドは馬の御し方をよく知っていた一人です。よほど何か急なことが起きて、誤って事故になったに違いありません。


 クロディーヌ様は、買い物に行く際、騎士のコンラッドを伴っていました。

 剣の相手をしてくれる、騎士団の唯一の人です。


 二人が恋人同士だったわけではありません。クロディーヌ様は貴族の令嬢とは思えないほど男まさりなうえ、男性のすることを好む女性で、その相手をできるのが幼い頃から仲の良いコンラッドしかいなかっただけです。クロディーヌ様の無理難題を、他の騎士たちが受けるのはなにかと難しかったためです。


 コンラッドは元は平民で、馬を操るのは得意でした。馬車を操るのもお手のものです。

 そのコンラッドの操る馬車が、クロディーヌ様を乗せたまま、崖下に滑落しました。

 地元の者でも曲がるのが難しい、細い道。そこを通って亡くなった人は少なくありません。


 結局、馬車による、事故死。クロディーヌ様とコンラッドの死は、そう結果付けられたのです。


「お嬢様。クロディーヌお嬢様。コンラッド、」


 ふいに涙が流れてきました。

 領地に行かなければ良かったのに。そうすれば、こんな事故は起きなかったのに。


 始まりはどこだったのか。

 それはきっと、クロディーヌ様の婚約が決まった頃なのです。






「たあ!」

 クロディーヌ様の掛け声が、演習場から聞こえてきます。

 相手をしているのは、コンラッド。ベルティエ家の騎士の一人で、幼い頃からクローディア様の相手をしていました。


「お嬢様、そろそろ休憩されたらいかがですか?」

「ありがとう、アビー。でも今、すっごく調子がいいのよ」

「いえ、そろそろ休憩してください」

「なによ、コンラッド。もうへたれたの?」

「違いますよ。失礼な。後ろからシャルリーヌお嬢様が来てます。なにかご用があるんじゃないですか?」


「お姉様、休憩しましょう。クッキーを作ってみたの」

「シャルリーヌ、ありがとう。休憩にするわね。コンラッドは仕事に行っていいわよ」

「ひどい! 俺にも食べさせてください!」

「仕方ないわねえ」

「ちゃんとコンラッドの分もあるわよ」

「さすが、シャルリーヌお嬢様」

「シャルリーヌ、コンラッドを甘やかしちゃダメよ」


 シャルリーヌ様は淑やかに笑いながら、お茶の用意をさせました。最近お菓子作りに凝っているシャルリーヌ様は、シェフに手伝ってもらいながら、その腕を上げているのです。

 クロディーヌ様とコンラッドがクッキーを食べて褒めるのを嬉しそうに聞きながら、コンラッドが頬張るのを眺めていました。


「ねえ、お姉様。今年の王族主催のパーティ、どんなドレスにする?」

「まだずっと先の話じゃない」

「もう半年もないじゃない。だから、一緒に買いに行きましょうよ」

「そうねえ。コンラッドも行く?」

「行っていいんですか?」

「シャルリーヌが見てほしいって」

「お、お姉様!」


 クロディーヌ様が冗談めかして言うと、シャルリーヌ様は真っ赤になりました。それを聞いているコンラッドも顔を赤くして、咳をするふりをします。二人はそわそわと落ち着きなくしながらも、目を合わせては頬を染め合いました。

 それをクロディーヌ様がからかうような目で見て、クッキーを口に入れます。


 シャルリーヌ様がコンラッドを好きだというのは、近くで見ていればすぐにわかりました。コンラッドもまんざらではなく、クロディーヌ様とシャルリーヌ様を相手にすれば、シャルリーヌ様へ自然と目がいくのを、私は知っています。

 けれどコンラッドは、元は平民の騎士です。許されるわけのない恋でした。クロディーヌ様もそれがわかっていて、もどかしそうでした。

 できるだけ話す機会を与えようという、姉の優しさが垣間見られるのです。


 クロディーヌ様とシャルリーヌ様は顔は同じですが、性格が違うため、仕草や話し方を見ればどちらがどちらなのか、すぐにわかります。

 濡羽色の長く癖のない黒髪。瞳はオレンジ色。クロディーヌ様は黒髪を後ろでまとめてしっかりと結んでいます。ドレスは出かける時以外、ほとんど着ません。動きやすいようにパンツスタイルです。大きな目を見開いたり、屈託なく口を開いて笑ったりと、令嬢というより、若い騎士を見ているようでした。


 シャルリーヌ様は黒髪を後ろに流して、後頭部で一房を小さく結んでいます。いつも花飾りをしており、ふんわりとしたスカートのドレスに合う色を着けていました。うつむきがちで、常に微笑んではいますが口数は少ない。元気ではありますが、クロディーヌ様に比べてかなり控えめでした。


 二人の姉妹に混ざるのはいつもコンラッドです。コンラッドは整った顔をした青年で、癖のある茶色の髪をしており、ふわふわと揺れる髪を結ぶこともありました。髪の毛を短く切るとはねて乱れてしまうため、その長さにしていましたが、その髪型はよく似合っていたので、メイド仲間にもコンラッドを気にしている女の子は多かったように思います。


 昔、騎士団長に注意され短く切ったけれど、寝癖のような頭になるので、伸ばすことを許されたと、クロディーヌ様が教えてくれました。

 そんな細かい話を知っているほど、クロディーヌ様とコンラッドはよく一緒にいるのです。


 側で聞いていれば恋愛関係になり得ないとわかりますが、父親でベルティエ家の当主である旦那様は、クロディーヌ様の方があまりに淑女から遠ざかり、男のように動いて騎士の一人と一緒にいることに不安を覚えていたかもしれません。


「クロディーヌお嬢様、旦那様がお呼びです」

「お父様が? なにかしら。シャルリーヌのクッキー食べ終わっていないのに。コンラッド、私の分残しときなさいよ」

「それはなんとも言えません」

「戻って来たら、ちゃんと残ってるか確認するからね!」


 クロディーヌ様は怒るように言いましたが、それが二人でゆっくりしていろという姉の優しさだと、シャルリーヌ様もコンラッドも気付いているでしょう。二人とも、照れながらも微笑み合っていました。


「アビー、お父様はなんの用だと思う?」

「パーティの件でしょうか」


 問われて私も唸りそうになります。こんな昼間に旦那様がクロディーヌ様を呼ぶことはないからです。なにか話があっても、食事の時にすれば良いだけですから。

 そこまで仲が良いわけではない旦那様との間で、旦那様がクロディーヌ様だけを呼ぶことはありませんでした。いつも姉妹一緒で、片方だけになにかを言うことはありません。格好を改めろと叱るにしろ、食事時で十分だったからです。


 クロディーヌ様は訝しみました。けれど、あまり心配はしていないようで、どこか浮立つ雰囲気があります。待ちわびていたことでもあるのかと思いました。

「重要な話でもあるのかしら」

 その予感は的中しました。けれど、悪い方向にだったのです。


「次のパーティでは、モーテンセン家の長男にエスコートしてもらいなさい」

「なんの話ですか?」

「婚約の話だ。相手はハンネス・モーテンセン。お前も知っているだろう。今時、しっかりした青年だ」


 寝耳に水でした。クロディーヌ様が勢いよく立ち上がります。それを見上げた旦那様が、座りなさいと律しました。


「しっかりした青年? ハンネス・モーテンセンがですか?」

「そうだ。事業の腕もあり、周囲からの信頼も厚い」

「嫌です! あんな男と婚約なんて! 私は、」

「いつまでも剣を振っているようなお前をもらってくれると言うんだ。従いなさい」

「お父様!?」


 問答無用と話は一方的に告げられました。

 クロディーヌ様は呆然としたまま。私はなんと声をかければ良いかもわかりませんでした。


 クロディーヌ様には好きな方がいたのです。

 その方は、エヴァリスト・セルヴァン様。のちに、シャルリーヌ様の婚約者となる方です。


 パーティなどでお会いするだけの方ですが、父親同士で交流があり、幼い頃はよく一緒に遊んでいたと聞いています。年頃になって会うことは少なくなっても、パーティなどで会うたびによく話しているようでした。


「どうして、あんな男と」


 クロディーヌ様の落胆は、それはそれは、とても激しいものでした。

 しかし、クロディーヌ様の気持ちとは裏腹に、そのハンネスとの婚約は速やかに進んでいったのです。






 ハンネス・モーテンセン。その男は、外面ばかり良いだけの、卑屈な男でした。


「刺繍くらいできるんだろうな?」

「は?」

「剣を持ってばかりで、刺繍針など持ったことがないのでは? せめてそれくらいの女らしいことをはしてもらいたいものだな。パーティで恥はかかさないでくれよ。ダンスの練習もしておいてくれ。ああ、君が婚約者ならば、こんな心配はしないのですがね」


 そんなことを言って、シャルリーヌ様の手を取るのです。

 言うに事欠いてそれとは、あまりに失礼です。私も開いた口が塞がりませんでした。


 あまり顔が良くないと令嬢たちから一線を引かれているが、その卑屈さを見せることはない。事業の腕もあり、父親の事業を手伝ってその売り上げを増やした。そういった話を、旦那様や奥様はよく聞いているようです。しかし、クロディーヌ様の話によると、上位の者に媚ばかりを売り、下位の者にしか吠えられない、典型的な卑屈者。事業の腕があると言うが、本当かどうか怪しい。とういうことでした。


 シャルリーヌ様は知らなかったそうなので、ハンネスのクロディーヌ様への態度から見るに、クロディーヌ様には前々からあのような態度だったのでしょう。

 相手を選ぶ。その意味は私にもわかりました。


 ハンネスは旦那様や執事の前などではとても好感の良い青年なのです。受け答えもはきはきとし、終始笑顔で、言葉遣いやその話の内容も、聞いていて二重人格ではないかと思うほどでした。

 しかし、私のようなクロディーヌ様と共にいるメイドに対しては、不遜な態度を隠しもしません。屋敷を歩いている際など、おいと呼ばれ、あの女のメイドだろうと言う始末。主人も主人ならば、メイドもメイドだと、嘲るように言い、鼻で笑うのです。その上、立場の弱いメイドに、誰にも見られていない時、わざとぶつかったりするような男でした。


「お父様ももうろくしたものだわ。あんな外面ばかりの男を選ぶなんて」

 吐き捨てるように言うクロディーヌ様の言葉が、すべてを物語っていました。お怒りはもっともだと、メイドたちも頷きます。


 私はいつかクロディーヌ様がハンネスを切り殺すのではないかと、気が気ではありませんでした。

 メイドの前でも性格の悪さを隠しもしないハンネスは、旦那様や奥様の前ではとてもよい顔をし、クロディーヌ様の前では女らしくしろと、ことあるごとに口にしました。


 確かにクロディーヌ様は今では剣ばかり持っている人ですが、言われれば裁縫などは行えます。幼い頃にたしなんでいたようで、決して腕が悪いわけではありません。パーティでダンスに失敗したり、素行が悪く周囲から指を差されたりしているわけではないのです。


 クロディーヌ様が男まさりで有名なのは、狩猟大会で男顔負けの腕を披露したからでした。弓の腕もあるクロディーヌ様は、その辺の男たちとは比べ物にならない腕を披露し、口だけの男たちを黙らせたのです。

 コンラッドが興奮気味に話していたので、私も良く覚えています。男よりも令嬢たちに囲まれ、やっかみを受けたほどだったのだと。


 その時のことを未だ根に持っているのだと、クロディーヌ様が呆れたように言いました。

 そんな二人の婚約が、うまくいくわけありません。旦那様に何度もその事実を伝えたクロディーヌ様でしたが、猫被りの激しいハンネスの正体を暴くまでにはいきませんでした。

 それに、おそらく、旦那様にはクロディーヌ様の婚約を強行する必要があったのでしょう。


 問題は、クロディーヌ様だけではなかったのです。






「シャルリーヌに婚約話!?」

 今度は妹のシャルリーヌ様に婚約話が迷い込んできたのです。姉が決まった途端、妹に。もしかしたら、そちらが先に考えられていたのかもしれないと、後から私は思いました。男まさりな姉より先に妹の婚約を決めてしまうと、姉の方が行き遅れになると心配したのではないかと。


「いったい、どなたが」

 シャルリーヌ様の声が震えていたのは、離れていてもわかりました。


「エヴァリスト・セルヴァンだ」

 その名前を聞いて、シャルリーヌ様はすぐにクロディーヌ様を横目で確認しました。

 言葉にならない。クロディーヌ様は言葉を失っていました。

 お食事の場が一瞬にして凍りついたのを、今でも覚えています。


 シャルリーヌ様のお相手が、クロディーヌ様の想い人だった。

 姉妹はしばらくぎこちなく過ごしていました。クロディーヌ様は碌でもない男との婚約。かたやシャルリーヌ様はコンラッドを想っているのに、姉の好きな人との婚約。こんな話はありません。


 数日後、とうとう顔合わせの日がやってきました。屋敷に訪れたエヴァリスト様は、落ち着いた雰囲気の大人びた方でした。

 年はクロディーヌ様の二つ上。十九歳になる青年でした。

 迎えた旦那様と奥様に挨拶をされ、続けて婚約者となるシャルリーヌ様に挨拶を。そして、


「クロディーヌは覚えているかね。おてんばの方だ」

 そんな紹介を受けたクロディーヌ様は、静かにスカートを上げてエヴァリスト様に挨拶をなさいました。


 銀色の髪と、碧眼の瞳。身長が高く、白皙の肌が凍える冬を思い出させましたが、エヴァリスト様はクロディーヌ様を見て、柔らかく微笑まれました。見目と違う印象に、私はホッと安堵しました。ハンネスと違い、性格の良さそうな方だったからです。

 ですが、クロディーヌ様のことを思うと複雑な気持ちでした。エヴァリスト様はクロディーヌ様の想いなど知らぬという顔です。


 エヴァリスト様は、クロディーヌ様のように馬や剣を好む方でした。幼い頃はクロディーヌ様と剣の腕を競っていたというのですから、エヴァリスト様もやんちゃなところがあったようです。今ではそれもわからないほど知的な雰囲気で、つい目がいくほどの美青年でした。


 その日の食事は、とてもではありませんが、会話ははずまず、初めての顔合わせとは思えないほど静かなものでした。


 結局、シャルリーヌ様とエヴァリスト様の婚約は、くつがえることはありませんでした。

 その後、何度か顔合わせをし、二人で庭園を歩く姿も見かけました。しかし、心労がたたったのか、日も経たないうちにシャルリーヌ様の体調が悪くなったのです。






「気の病かもしれません。なにか、ショックなことでもありましたか?」


 医者の言葉に、シャルリーヌ様は曖昧に笑っていらっしゃいました。

 少し前から風邪気味でしたが、やけに長引き、今は咳などないが、食欲がなく、疲れたようにため息を続ける。婚約が決まってからしばらくして体調を崩したのですから、婚約が原因であることは明らかなように思えました。


「シャルリーヌ、大丈夫?」

「大丈夫よ。お姉様」


 姉妹はとても仲が良いのに、こんなことになって、お互い気まずい日々を過ごしていることでしょう。

 そのせいでシャルリーヌ様は気を病みすぎて体調を崩しているに違いないと、クロディーヌ様は憂えていました。

 クロディーヌ様も苦しいに違いありません。


 コンラッドとクロディーヌ様は変わらず剣の練習をしてはいましたが、コンラッドも顔色は冴えず、いつもに比べて元気がないのは確かです。


 エヴァリスト様は婚約者の見舞いとして、何度も屋敷に訪れていました。

 婚前の二人なのでクロディーヌ様が同席することも多かったですが、訪問が増えるようになれば、二人だけにすることも増えていきました。クロディーヌ様は二人の間に挟まれることがお辛いのでしょう。







 エヴァリスト様はシャルリーヌ様が床に伏せるようになってから、足繁く屋敷に通われました。それが原因で病がもっと悪くなるのではないかと思いましたが、それをエヴァリスト様に言うわけにもいきません。

 クロディーヌ様は気落ちしているのを気づかれないように、エヴァリスト様を迎えられます。


 エヴァリスト様はハンネスと比べものにならないほど、素敵な方でした。過度な贈り物などをするわけではなく、なんとか機嫌を取ろうというところもありません。時間をもってゆっくり話をして帰られるのが常で、シャルリーヌ様の病を心から憂えていらっしゃいました。クロディーヌ様が好きになる理由がわかります。


 病人の前ですから声を荒げることはありませんが、部屋に入る前にシャルリーヌ様を笑わせているのが聞こえました。あのシャルリーヌ様が少しずつ心を開いているのではないか。そんな気さえしたのです。


 エヴァリスト様をお見送りする際には、私と話されることもありました。その時に、シャルリーヌ様はなにが好きなのか、どんなことを普段行っているのか、詳しく聞かれることもありました。

 幼い頃クロディーヌ様と親しくても、屋敷で大人しくしていたシャルリーヌ様とは、それほど親しくなかったのだと、申し訳なさそうに口にされるのです。


「あまり長くいてもとは思うのだが、笑ってくれるのならば、もう少しいてもいいのではないか思ってしまうな」

「本日は顔色も良かったですので」

「それならばいいのだが。できるだけ長居しないように、けれどできるだけ訪れるようにするよ。婚約は本意ではないだろうが、これから夫婦としてやっていくのだから、お互いを知った方がいいからね」


 エヴァリスト様はシャルリーヌ様との未来を考え、歩み寄ろうとしているのが伝わってきました。シャルリーヌ様に好きな人がいなければ、きっと幸せになるでしょう。

 しかし、こういう時、クロディーヌ様がいなくて良かったと思うのです。

 二人の距離が近付くのを、クロディーヌ様もわかっていたのかもしれません。







「パーティ、参加できなさそうです」

 ベッドの上で、シャルリーヌ様は呟くようにおっしゃいました。


 今日はこれから予定していた王族主催のパーティです。姉妹二人に婚約者ができたことで、それを社交界に知らせるような参加予定でした。

 シャルリーヌ様は出席するためにドレスを着ようとしましたが、吐き気をもよおしたのです。シャルリーヌ様の顔色は死人のように真っ青で、奥様も今日は無理をしない方がいいと横になることを勧めていました。


「仕方がないね。無理に出席して、それ以上体調を悪くする方が良くない」

「ごめんなさい」

「気にすることはないよ。体が第一だから」

 申し訳なさそうにするシャルリーヌ様に、迎えにきたエヴァリスト様は優しくなだめます。


 エヴァリスト様はシャルリーヌ様を特別好きという雰囲気はありませんでしたが、婚約者として精一杯努めようとするところが見受けられました。旦那様だろうがメイドだろうが、誰にでも同じ対応ですが、シャルリーヌ様には優しく語りかけ、気を遣っているのがわかります。触れるにも少しためらうようで、シャルリーヌ様を傷つけまいとする姿が見られました。


「クロディーヌのパートナーは?」

「まだ来ないわ。来る気あるのかしら」


 エヴァリスト様に問われて、クロディーヌ様は愚痴るように呟きました。

 最近、クロディーヌ様はハンネスとは会っておらず、手紙なども送り合っていないそうです。


 もともとお互いに好んで結ばれた婚約ではないので、誰かがなにか言わなければ連絡すら取り合わない二人です。音信不通でもお嬢様は気にしていないようでした。

 しかし、パーティの迎えに来ないのは問題です。婚約者として当然迎えに来ると思っていましたが、それすらも怠るとは、許せない男です。

 ご両親はすでに王宮へ出発しています。クロディーヌ様はぎりぎりまであの婚約者を待ちました。


「ここまで待って来ないのならば、来る気はないんじゃないか?」

「そんな気がするわ」

「仕方がないね。今日は一緒に行くかい? 僕がパートナーに立候補しても構わないだろうか」

「あなたが? そうねえ。どうしようかしら」


 それは、青天の霹靂ではないでしょうか。

 お嬢様は喜びを隠すように、茶化して考えたフリをしていました。けれど、心の中では喜び勇んでいることでしょう。


 それを見るのは忍びないものでした。

 クロディーヌ様はまだエヴァリスト様のことを好きに違いないのです。私はクロディーヌ様の心のうちを考えると、おいたわしく思いました。


 パートナーがいなくとも、よほどの事情がない限りパーティに出席する必要がある。お互い理由があってパートナーがいないため、ちょうど良いだろうという話になりました。クロディーヌ様から言わせれば、あのクズが迎えにこないから、お父様に抗議するにちょうど良いわ。とのことでした。それはもちろん、訴えて良いことだと私も賛同します。


「コンラッドをおいてくわ。いいこと、ちゃんとシャルリーヌを見ているのよ」

 せめてものという優しさか、クロディーヌ様はコンラッドにきつく言い渡しました。部屋に入れるわけではないので、二人きりで会うことはありませんが、シャルリーヌ様は安堵したように二人を見送りました。


 気心知れている相手と結婚できれば、こんな風に体調を崩すこともなかったと思うと、うまくいかないことに悲しささえ覚えます。


 一方、馬車の中では、シャルリーヌ様のお話ばかりでした。クロディーヌ様も気軽に話ができないのでしょう。


「シャルリーヌの体調は、なかなか良くならないな」

「お医者様は、最初はただの風邪だろうと言っていたのよ。風邪による吐き気だと。今は食事もろくに取れないものだから、今度は気の病。大丈夫なのかしら」

「医者を変えたらどうだ? 一人の医者で難しいのならば、別の医者に診てもらうことも良いのでは? 誰か紹介しようか」

「本当に? ありがたいわ。お父様にも聞いてみる。今日までに治らなかったのだし、お父様も考えてくださるでしょう」


 お嬢様はお話しするのも辛いのではないでしょうか。シャルリーヌ様の話を一通りし終えると、馬車の中は静まり返ります。無言の時間が続いて、私の方が息苦しくなりそうでした。


 エヴァリスト様もそれ以上話しかけることはせず、二人は窓の外を見ていただけ。時折クロディーヌ様がちらりとエヴァリスト様を横目で見やりましたが、エヴァリスト様はクロディーヌ様の想いに気づきもしないようでした。






 私はパーティの間、使用人たちが集まる部屋で待機していました。


 シャルリーヌ様が体調を崩しているので、そこまで遅くはならないだろう。そう思って待っていれば、それ以上に早くお呼びがかかったのです。

 戻ってきたのはクロディーヌ様だけでなく、旦那様と奥様も一緒でした。しかも旦那様はお怒りになっているようで、無言で馬車に乗り込みます。私は来た時と同じく、クロディーヌ様と一緒の馬車に乗りました。


「なにかあったのですか?」

 旦那様や奥様に聞けるような雰囲気はありませんでした。それは物々しく感じるほどで、ただ事ではありません。

 その理由はすぐにわかりました。


「あの男が、別の女性を連れていたのよ」

「べ、別の女性!? 王族主催のパーティでですか??」


 あまりに無礼すぎる所業に、私は聞き返してしまいました。


 望んだ婚約ではないとはいえ、お互いの家での約束です。その辺のパーティならまだしも、いえそれでも問題ですが、王族主催のパーティで婚約者を蔑ろにするなど、考えられないことでした。クロディーヌ様を愚弄するにも程があります。クロディーヌ様だけでなく、旦那様にも泥を被せたことになります。家同士の問題に発展しても良いと思っているのでしょうか。


「想像していたことだわ。お父様はそんなことに今さらお怒りなの」

 クロディーヌ様は怒る気にもなれないと、ため息混じりにおっしゃられました。


 旦那様のお怒りは治まることはなく、それからすぐに婚約破棄がなされました。

 王宮で行われるパーティに迎えにこないのですから、当然と言えば当然の話です。

 相手側の不義により婚約破棄となったのですから、違約金などの話にもなりました。しかも、ハンネスには隠し子がおり、パーティにはその相手の女性と一緒にいたのです。


 とんでもない話に、旦那様は憤りを隠せません。そんな男を娘の婚約者にしたのかと、クロディーヌ様の言葉を信じなかったことに謝罪をされました。

 その代わり、クロディーヌ様は晴れて婚約破棄となりましたが、シャルリーヌ様とエヴァリスト様との婚約が破棄されるわけではありません。

 クロディーヌ様が不憫なのは変わりませんでした。


 エヴァリスト様がシャルリーヌ様の見舞いに来ると、それを避けるように、クロディーヌ様はますますコンラッドとの剣の練習に身を置くようになりました。

 最近は剣ではなく、弓の練習です。そのうち狩りに行こうかと、相談もしていました。


 コンラッドも気を紛らわせたいのか、クロディーヌ様のわがままとも言える行動に連れ回されても、嫌な顔ひとつしませんでした。


 婚約破棄が決まって自由になられたクロディーヌ様でしたが、顔色の悪い時があり、時折木陰でしゃがむ姿も見られました。コンラッドが焦ってハンカチを渡していたのを見たことがあります。私が駆け寄ろうとすると、コンラッドが首を振りました。人には見せたくないのだろうと、後で言われたことに衝撃を受けたものです。


 クロディーヌ様が弱さを見せられるのがコンラッドだけだと思うと悔しいですが、古い仲間のような相手だからこそ話せるのだろうというコンラッドの言葉に、頷くしかありません。コンラッドはずっと幼い頃からクロディーヌ様の相手をしてきたのですから。


 クロディーヌ様は望まぬ婚約をしましたが、それでも婚約破棄はクロディーヌ様の心に傷を残したのです。

 そのせいでしょう。旦那様はそれ以上口を出すことはしなくなりました。ハンネスが不義を犯したとしても、あの男を選んだのは旦那様だからです。なにか言えるわけがありません。クロディーヌ様の将来を潰したようなものでした。


 他に良い人はいないかと躍起になるかと思っていましたが、旦那様はクロディーヌ様を今しばらくそっとしておくつもりのようです。

 なんと言っても、そこには理由がありました。


 シャルリーヌ様の体調が芳しくなかったのです。

 クロディーヌ様は、シャルリーヌ様のために街へ買い物に行ったり、エヴァリスト様の紹介してくれた医者に話を聞いたり、献身的にシャルリーヌ様を支えていました。


 時にはエヴァリスト様に会いに行き、現状を話すまでしました。もちろんコンラッドを伴ってです。私がついていくより、男性をつけた方が良いと思っているのでしょう。婚約破棄は自分のせいではないと証明するためではありましたが、屋敷の者たちからすれば、コンラッドを連れて行くのはまずいのではないかという話になっていました。クロディーヌ様とコンラッドとの交流が増えていたからです。


「いつもクロディーヌ様と一緒にいて、大丈夫なの?」

 私はコンラッドに聞きました。間違ってもクロディーヌ様がコンラッドを想いはじめているとは思いませんが、しがない噂をする者たちはいるのです。

 しかしコンラッドは、そんなことは大した問題ではないと一掃しました。


「クロディーヌ様は素晴らしい方だよ。俺は尊敬している。シャルリーヌ様にとってかけがえのない人だろう。俺も役に立たなければ。俺にできることはなんでもするつもりだ。使えると思われるならば、俺は喜んで使ってもらうよ。そんなくだらない噂をする奴らは、俺がはっきり注意してやる」

 コンラッドは決心したかのように口にしました。


 シャルリーヌ様を好きだからこそ、シャルリーヌ様のために動いているクロディーヌ様を助けたいのでしょう。

 その気持ちはよくわかりました。


 しかし、その後もシャルリーヌ様の病が良くなることはありませんでした。






 クロディーヌ様が付き添って散歩をするなど、シャルリーヌ様が外に出ることはありましたが、熱を出したり、食事ができずに寝込んだりすることが続き、吐くことも増えました。顔色は悪く、痩せたようにも見え、その度クロディーヌ様が食べられる物はないかと、色々な物を作らせていました。シャルリーヌ様が少しでもなにかを口にできるように、懸命に努力されていたのです。


 そしてそれが続いていたある日、クロディーヌ様は提案をされました。シャルリーヌ様の療養のために領地に戻り、それを手伝いたいと。


 シャルリーヌ様の病の原因はわかりませんでした。気の病ではないかということですが、婚約破棄になることはありません。ならば、せめて街より自然が近い場所にいた方が良いのではないか。クロディーヌ様はそう考えたようです。


 吐くことが続いていましたが、落ち着いた時になんとか領地に戻れないかと医者に相談し、その了承を得ると、旦那様と奥様に説得をなさいました。旦那様も心配だったのでしょう。医師が同行するならばと、お許しになったのです。


 出発の日、エヴァリスト様も見送りにいらっしゃいました。

 シャルリーヌ様は申し訳なさそうに謝っていました。病はエヴァリスト様のせいではありませんが、シャルリーヌ様の病の原因でもあります。エヴァリスト様もわかっているのか、謝る必要はないと何度も言ってシャルリーヌ様を励ましていました。


「どうか、気を付けて。僕もすぐに向かいます」


 エヴァリスト様が領地に訪れることを約束して、シャルリーヌ様と別れました。旦那様と奥様も、落ち着いたらすぐに連絡しろと、何度もおっしゃって見送っていらっしゃいました。


 領地に着くまでに体調を崩すのではと心配していましたが、何度も休憩を繰り返したおかげか、そんなにひどい状態にはならず、やっと領地に辿り着きました。


「久しぶりだなあ」


 コンラッドが感慨深げに周囲を見回していました。コンラッドはこの領地の出身です。元は平民で、馬番の手伝いをしていたそうです。私はその頃のコンラッドを知りません。


 領地を管理している方とも久しぶりだと挨拶を交わしていました。コンラッドはあちこちを見て回っていました。それに付き合うようにクロディーヌ様もコンラッドと出かけます。

 シャルリーヌ様の療養のためでしたが、クロディーヌ様とコンラッドにとっても、この土地は懐かしく、良い思い出のある場所なのでしょう。二人にとってもこの土地に来たことは心機一転となったようです。


 シャルリーヌ様はというと、領地に来てから少しずつ体調を戻していったのです。やはり都より寒冷地ではあっても、喧騒のない静かな場所での療養は体に良かったのでしょう。


「少し散歩もできるし、運動不足も解消しないとね」

 頬がこけていた頃に比べて、若干ふっくらしはじめた顔に、私は安堵していました。

 動けるようになり、シャルリーヌ様の衣装も増やすことにしました。体調を考えて、ゆったりした衣装が必要でもありました。


 私は楽観視していました。元気になっているようなシャルリーヌ様を見ながら、クロディーヌ様は顔色を悪くしていたのです。


「アビー。あの子の世話は、私がやるわ」

「クロディーヌ様がですか? なにか、気になることでも?」

「なんの病気かわからないのだもの。その方がいいでしょ」

「そんな、お嬢様」

「いいのよ。私がやりたいの」


 どうしてそんなことを言うのだろう。私は不信感を持ちました。治ってきているのに、どうして今さらそんなことを言うのだろうと。しかし、クロディーヌ様は言いにくそうにしながらも打ち明けてくれました。そのことに、私は驚きを隠せませんでした。


「体に、吹き出物、ですか?」

「何かに感染してたんじゃないかって、お医者様がおっしゃっているの」

「そんな。ですが、なおさら、クロディーヌ様がお世話をするのは」


 もしもクロディーヌ様に感染したら。そう言えば、クロディーヌ様は大きく首を振りました。


「いいのよ。私は行き遅れること間違いないんだし。だから、他の子たちにそれとなく言っておいてくれる? 両親には秘密にしておいて。これ以上心配かけたくないの。私のこともあるし。お医者様も原因を探してくれているから。ね」


 だから、クロディーヌ様にも触れない方がいい。そう言われて、私はなにも言い返せませんでした。もしも自分が感染したら。そんな気持ちがあったからです。


 姉妹の仲の良さは、言葉にできないほどでした。

 好きな人が妹の婚約者になったのに、あれほど優しくできるなんて、どうしてあの方が幸せになれないのか。旦那様が婚約者を勝手に決めなければ、世間体など気にせず、クロディーヌ様を大切にしていれば、エヴァリスト様をクロディーヌ様の婚約者にしていれば。

 ずっとそう思っていました。


 しかし、エヴァリスト様の父親がシャルリーヌ様を選んだのは、クロディーヌ様が気に食わなかったからだと知ったのは、この領地に来てからでした。

 エヴァリスト様の父親がこの領地に遊びに来た時に、クロディーヌ様のお転婆ぶりに、もし婚約するならばシャルリーヌにしてくれと冗談めかして言っていたそうです。

 当時からいたこの土地を管理する者が口にしました。


「将来は結婚させようという話があったんだよ。おとなしめなシャルリーヌ様がいいという話でね」

「そんな昔から、お約束があったのですか」

「その時に決めたわけではないだろうけれど、向こうの父親が反対していたのならば、クロディーヌ様とエヴァリスト様が婚約することはないだろう?」


 そんな幼い頃から言われていたのならば、クロディーヌ様の片想いは、片想いのまま。最初から二人が結ばれることはないと、決まっていたのです。


 私は虚しくなりました。どうしてなにもうまくいかないのだろうと。






 この領地に慣れはじめた頃、エヴァリスト様が旦那様たちよりも先にやってきました。シャルリーヌ様の病が良くなっていることを喜ばれ、二人で庭園などを散歩されました。前に比べて、仲が睦まじくなった気がしました。ただ、二人が歩いている後ろで、クロディーヌ様とコンラッドが眺めているのを見て、私の胸の方が苦しくなりました。


 エヴァリスト様がいらっしゃる間は、気を利かせるように、クロディーヌ様とコンラッドは出かけていきました。馬で駆けることもありましたが、馬車で出かけることも増えました。そういう時はシャルリーヌ様になにかしらお買いになる時です。お土産を買って帰ってくると、四人で楽しげに話をしたりしていました。


 お忙しいでしょうに、都から長い時間をかけて領地にやってきながら、エヴァリスト様は滞在も少なく帰られました。療養を続けるシャルリーヌ様に早く治るよう祈りながら。


 そして、エヴァリスト様を見送った後、事件は起きたのです。


 出かけていったクロディーヌ様とコンラッドがいつまでも帰ってこず、屋敷の騎士たちが探しに行きました。事件に巻き込まれるような危険な街ではないので、シャルリーヌ様は心配されていませんでした。しかし、残念なことに、街への道途中、崖から落ちた馬車が見つかったのです。


 シャルリーヌ様は涙にくれました。エヴァリスト様が帰り途中に報を聞き、急いで戻ってきました。


 どうして、クロディーヌ様とコンラッドが馬車を使ってあの道を進んだのか。あの道は危険だと知っているのに、事故に遭ったのか。誰もが原因を掴めませんでした。

 買い物に行くと言って出かけていった二人は、そのまま帰らぬ人となったのです。







「シャルリーヌ様。とてもお美しいです」


 結婚式はそれから一年も経たずに行われました。


 シャルリーヌ様の体調が良くなったのです。顔色も良く、元気な姿を見せてくれました。

 クロディーヌ様がいなくなっても、シャルリーヌ様の世話をする者はいませんでした。私が名乗り出ましたが、シャルリーヌ様は断られました。その時はまだ発疹があるとおっしゃっていましたが、最近ではその痕も消えてきたと喜んでいました。それだからと言うわけではありませんが、結婚式の衣装を合わせるため、私がお手伝いをしました。


「こちら、ブレスレットをどうぞ」

 私がブレスレットをつけて差し上げている時、私は気付いたことがありました。


「ありがとう。アビー」

「いえ、……よく、お似合いです」

 シャルリーヌ様はにこやかに微笑まれました。


「シャルリーヌ、綺麗だ」

 エヴァリスト様が感無量だと、眉を下げて笑顔を見せました。旦那様も奥様も、シャルリーヌ様の花嫁衣装に涙を流されています。

 クロディーヌ様の分までと思っていらっしゃるのでしょう。


 誓いの口付けに、皆が拍手をして祝福をしました。

 エヴァリスト様の幸せ溢れんばかりの笑顔に、シャルリーヌ様も涙ぐみます。


「おめでとうございます!」

「おめでとうございます、お二人とも!」

「シャルリーヌ様! エヴァリスト様!」


 幸せそうなお二人に、みなが祝福を口にしました。

 せめて、あの二人だけでも、幸せならば、と。


 ですが、あの二人は、愛し合っていないはずなのです。けれど私から見ても、お二人は結婚を喜ばれていました。


 私は、少し前に、クロディーヌ様とシャルリーヌ様が幼い頃にお互いを入れ替えていたということを、領地の者に教えてもらいました。


 クロディーヌ様は幼い頃でも剣の練習を行なってばかりでしたが、針仕事も行っていました。それはシャルリーヌ様も同じ。入れ替わって、各々のやることを真似していたそうです。

 今はそんなことはしないのだろうね。という言葉に。それはそうですよ。あの二人は正反対の性格です。と伝えていました。

 シャルリーヌ様は、クロディーヌ様のように、今は剣を持ったりはしない。そう思っていたからです。


 幼い頃、シャルリーヌ様は剣を持った時に、指の付け根を大きく切ってしまったことがあったそうです。そのせいで、奥様から剣を持つなと言われたそうです。

 私はその傷を見たことがあります。シャルリーヌ様が、子供の頃はお転婆だったのよ、と言っていたのを思い出しました。


 ですが、ブレスレットをつけたとき、シャルリーヌ様の指にその傷がなかったのです。

 あるはずの、親指の付け根にある、手のひらの傷が。

 本来ならシャルリーヌ様の手のひらにあるはずの、傷が。


 クロディーヌ様はエヴァリスト様が好きでした。シャルリーヌ様とコンラッドはお互いを想い合っていました。

 では、エヴァリスト様は? エヴァリスト様には誰か好きな人がいたのでしょうか?


 クロディーヌ様とコンラッドはもういません。崖下に二人で落ちたから。

 崖上から見ても、二人の遺体は確認できませんでした。馬車を操っていたコンラッドの姿もありません。落ちた時に草むらへ入ってしまったのだろうと言われています。

 クロディーヌ様はきっと馬車の中。だから二人の遺体は、お墓にありません。

 どちらもの遺体も、引き上げられていないのです。


 コンラッドは騎士でしたが、元は平民で、市井の暮らしには慣れています。馬の扱いには慣れているため、危険な真似をしない限り、誤って崖下に落ちるような腕ではありません。


 まさかという思いがあります。


 クロディーヌ様とシャルリーヌ様は、顔はそっくりです。性格は違いますが、見分けが付かないほど似ています。普段は髪型が違うため見分けが付きます。ポニーテールと流した髪。それだけ。

 同じ格好、同じ髪型にすれば、誰もわからないかもしれません。昔から、お互いを入れ替えていたのならば、癖なども知っていれば、今でも入れ替われば気付かれないかもしれません。


 ですが、シャルリーヌ様は本当に体調が悪かったのです。領地に戻ることを決めたのは、シャルリーヌ様の療養のためです。

 実際何度も吐いて、食事もできないほどでした。

 食べられるものと食べられないものがあり、食べられる時は同じものばかり食べていました。


「同じものばかり?」


 まさか。


 医者は女性で、エヴァリスト様からの紹介でした。

 体調が少し良くなった頃、領地に戻り、それから少しずつ体調をよくしていきました。

 顔色も良く、散歩もして、

 けれど、クロディーヌ様から発疹があり、触らない方がいいと言われたのです。


 まさか。


 二人は同じ顔。幼い頃は入れ替わりもしていた。


 私はシャルリーヌ様とエヴァリスト様を見つめます。

 笑顔の二人。まるで、クロディーヌ様とコンラッドのことは忘れたかのように。


「シャルリーヌ様、幸せそう」

「ほんとにね、色々あったけど、とっても嬉しそう」


 メイドたちの言葉に、私はもう一度二人を見つめます。

 ほんのりと目を潤わすシャルリーヌ様。親指に傷のない、双子の妹。


「どうか、お幸せに」


 私はただ、四人の幸せを願うばかりです。




別視点『彼女が死んだ理由は、誰も知らない SIDE』投稿中です。

よろしければ続けてお読みください。

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― 新着の感想 ―
これ以上ないハッピーエンド 娘たちの意思を尊重しなかった結果真実を知らずに生きていく父親はまあ自業自得ですね
双子って出てきた時点で、入れ替わり殺人かと思いましたw が、平和な終わりで良かったです。
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