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003 増上寺・年に一度の公開日

「な……なんてデカイ……門!?」


 真っ赤な東京タワーを背に、朱色の巨大な門がそびえ立つ。

 箱の車の走る巨大な道と、同じくらいの幅があるではないか。


「ここは増上寺(ぞうじょうじ)の表の顔、三解脱門(さんげだつもん)。あの門は四百年以上昔に建造された、重要文化財なんですよ」

「四百……」


 またつむぎの口から、桁の違う年数が飛び出してきた。

 たかだか数十年の寿命の人間が、かような建造物を作り、維持してきたというのか。

 なんとも、眩暈のする話である。


「増上寺は、徳川家の菩提寺として有名ですね」

「トクガワケ? ボダイジ?」

「徳川家はかつて江戸……昔の東京を治めていた一族です。菩提寺は、その一族代々のお墓を管理してるお寺ですね」

「なるほど。かつての統治者一族の墓、か」

「今でも、徳川家を題材にしたドラマや漫画などがたくさん作られているんですよ」

叙事詩(サーガ)の英雄とな……トクガワ家、憶えておこう」


 偉大な英霊の眠る地というならば、この壮大さも納得がいく。

 墓のある地でこの姿ならば、城はさぞかし豪華絢爛なのだろう。

 さっそく門へ向かおうとすると、つむぎに呼び止められる。


「そうだ! イザベルちゃん、資料用に写真とか撮りますか? 帰りは別ルートになるので」

「シャシン……ああ、モリーがこのスマホとやらで写すと言っていたな。確かやり方は……」


 スマホを取り出し、ロック画面を解除。

 さて、景色を撮るにはどうするんだったか……。


「あ、私と同じ機種ですね。このアイコンをタップするとカメラ開きますよ」

「ふむ……こうか?」

「はい! たぶんこことか、良いアングルで撮れますよ!」

「どれ……おお、確かに美しい!」


 つむぎのおかげで、とても良い景色が撮れた。

 確か、後で何度も見れるのだったな。

 ふむ……人間の道具は、実に面白い。


「それでは、中に入りましょうか。お祭りだから、すごい人ですね」

「本当だな」


 とても雄大な門だというのに、出入りが激しく他者とぶつかりそうになるほどだ。

 人の波に流されて門をくぐった先には、たくさんのテント――出店が立ち並ぶ。


「ふむ……この地で商いをしている者や、学徒の出し物が多いようだな」

「そうですね。港区なので、その規模がすごいんですけど……」


 出店を見ながら敷地内を進み、短い階段を上り小高い場所に出る。

 見晴らしがよく、寺の敷地が思っていた以上に広いのが確認できた。


「なんだ……正面だけでなく、他の広場も祭りのテントだらけではないか」

「見える範囲は増上寺エリアだけですが、芝公園やプリンスホテル――他の広場にも出し物があるみたいですよ」

「なんとも……盛大な祭りなのだな」


 正面のステージでは学生のような者たちが、楽器の演奏の準備をしている。

 他にも奇怪な衣装の集団が控えていて、順次公演をしていくようだ。

 みなとても、良い笑顔をしているな。


「さてと……屋台を回る前に、私の行きたい場所に付き合っていただけますか?」

「ん? ああ、『特別な場所』というやつか」

「はい! たぶん地図の感じだと、あっちの方かと思うんですけど」


 案内された先は、屋台のある広場とはうって変わって人通りが少ない。

 空も広く静かな場所で、突き当りに大きな屋敷のような建物があった。


「あれかな……あれだ! 光摂殿(こうしょうでん)って書いてある」


 目を輝かせて小走りになるつむぎの、うしろをついていく。

 開かれた扉の外から屋敷を――光摂殿の中を見上げる。

 天井の格子状の枠には、たくさんの絵が飾られているようだ。


「撮影禁止なんだ。うう、しっかり目に焼き付けなきゃ……!!」


 ここでは、スマホで景色を撮ってはダメらしい。

 少し残念だが……つむぎの言う通り、自分の目と心に刻むとしよう。


「土足厳禁っと……イザベルちゃん、ここで靴を脱いで、あそこの下駄箱に預けるみたいです」

「わかった」


 つむぎにならい、靴をあずけ大広間へと進む。

 天井に描かれていたのは、多種多様な花の絵であった。

 大広間には数組の観光客がおり、適度に距離を取りながら天井を眺めている。

 中には床に座ったり、寝転んでくつろいでいる者も。

 なんとも、不思議な空間だ。


「美しい広間だな……」

「ここには百二十名の日本画家の作品が、奉納されているんですよ」


 絵の解説をしながら、つむぎは入り口わきの長机に目を止める。

 長机の上には、天井画の絵が写された紙が置かれていた。


「あ、パンフレットあるんだ。はい、イザベルちゃんもどうぞ」

「うむ」

「あの辺、人が少ないので行ってみましょうか」


 人の少ない場所を選び、つむぎが床に腰を下ろす。

 同じように、その隣に腰かけた。

 床に敷かれているのは藁を細密に編み込んだような素材で、思いのほか心地よい。


「ふふ。ちょっとはしたないけど……畳だし、寝っ転がっちゃいましょうか」

「ん……こうか?」


 照れ笑いをしながら、ゆっくりとつむぎが床に寝る。

 我も横になり、天井を見上げた。

 立っていたときよりも視野が広がり、さらに荘厳に映る天井画。


「ああ……こんなキレイな美術品の下で寝っ転がるなんて、まさに極楽浄土を体感……癒されますねぇ」

「ごくらく……ふむ、癒し……か」


 魔王城の中にこのような部屋があったら、兵や臣下の癒しとなるのだろうか。

 少なくとも、モリーは喜びそうではある。

 そんな考えを巡らせていると、つむぎが先ほどのパンフレットを取り出す。


「椿にハイビスカス、あっちは富貴花……牡丹のことですね。キレイ……」


 一つ一つの絵を指さして、花の名を読み上げる。

 どうやら、私に説明してくれているようだ。


「このあたりは、文化勲章受章者や文化功労者の方の作品が多いんだ」


 文化勲章受章者……文化功労者……絵を描く者の、称号かなにかだろうか。

 嬉しそうに説明していたつむぎが、ふっとつぶやく。


「こういう仕事ができたら、誇らしいだろうな……」


 少し、悲しそうに。


「……つむぎは、絵を描くのか?」

「えっ!? いえ、全然!! ……こういうのじゃ、ないです……」

「……そうか」


 歯切れのわるい返答だが、何か事情があるのだな。

 それにしても……仕事に、誇りか。


「魔王城の改修工事も、誰かの誇りになるのだろうか……」


 城など、住めればそれでいいと思っていた。

 だがこの天井を見ていると、少なくともそうではないということはわかる。


「なりますよ」


 短い言葉の、声の方を向く。

 隣に寝転ぶつむぎと、パチリと視線が合った。


「イザベルちゃんみたいな、本物の魔王様が作る魔王城――世界は、スゴイに決まってます」

「つむぎ……?」


 確かつむぎは魔王城や魔界を、テーマパークとやらと勘違いしているんだったか。

 だからか――いや、だからこそ。

 真っすぐなのだ、つむぎの言葉は――


「そんなスゴイ世界は、作る人たちにとっても誇りになると思います」


 彼女の言葉に、自分の考えが甘かったことを痛感する。

 我がこれから成すことは――魔界を治めるとは、世界を作っていくことなのだ――


「――それでは改めて、気を引き締めねばな。ありがとう、つむぎ」

「私も応援してます! イザベルちゃん!」


 にっこりと、屈託なく笑うつむぎ。

 まさかこんな若い娘に感化されるとは、な。

 モリーの言った通り、この地には得るものが多いようだ。


「それにしても、建物にこのような趣向を凝らすことは考えたことも無かった。とても参考になる」

「えへへ。気に入ってもらえて、嬉しいです」


 その後、ゆっくり全ての絵を鑑賞して光摂殿を後にする。

 絵を見ていただけなのに、思いがけず有意義な時間になったと思う。


「しかし年に一度だけの公開か……勿体ない話だ」

「年に一度だけだから、良いんです」


 建物を出たつむぎは、朗らかな声をしていた。

 考えを巡らせる、癒しの間か。

 絵の力と言うのも、偉大なのだな。


「さて、と! 次の目的地に向かう前に……イザベルちゃん、お腹は大丈夫ですか?」

「腹か……少し、空いているな」

「それじゃあ、お祭りの屋台で食べていきましょう! 今日は休日なので、ここで食べないとお店見つけられないと思うので」


 つむぎに連れられ、食べ物の屋台ばかりの広場に出る。

 海鮮や肉の串焼き、異国のパンや菓子。

 物珍しく美味な料理を食べ歩き、次の目的地へと向かうのだった。


「みなと区民まつり」は芝公園一帯を会場に、毎年10月に開催されています

興味のある方は、ぜひ今度の10月のイベントをチェックしてみて下さい

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