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014 浅草の観音参り

 『日本一のどら焼き』を買うために並んだ、長蛇の列。

 我らが並んだのは、大きな十字路の角を曲がったあたりであった。

 並んでいるのと反対側の歩道の先には、巨大な青白い塔と空中の道が見える。

 そして黄金の――


「何か気になるものがありましたか?」

「……あの黄金のオブジェ」


 黒い台座のようなビルの上にそびえる、巨大な黄金のオブジェ。

 見事な金色をしているが、その外見はどう見ても……うん――


「あれは黄金の炎で、聖火を表しているんだそうですよ」

「ほう、炎を模しておったのか」


 つむぎの説明に、うっかり口に出さなくて良かったと胸を撫でおろす。

 あんなに堂々と置いてあるのだ、まさか芳しきアレなわけ――


「小学校の遠足のときに、みんなで黄金のうん……って騒いで、担任の先生に怒られたものです」

「それ、言っても良かったのか?」

「だってイザベルちゃんだって、そう見えたんでしょう?」

「……ふん」


 それではまるで、我が子どものようではないか。

 一先ずあれは炎と言うことで、落ち着いた。

 するとさらに奥にそびえる、巨大な塔に目が行く。


「あの塔は、東京タワーよりも高いのか?」

「はい! あれはスカイツリーと言って、む・さ・し――634メートルなので、東京タワーの倍弱ってところですね」

「倍……!?」


 炎のオブジェよりも奥にあるのは確かなのだが、妙にクッキリ見えるのはそのためか。

 スカイツリーという塔、見えている感覚よりもはるかに巨大な建造物のようだ。

 塔の大きさについてあれこれ思案していると、人を乗せた黒い手押しの車が視界を横切っていく。


「あの、人が引いている台車は?」

「観光用の人力車ですね。車夫の方が車を引きながら、町を案内をしてくれるんです」

「ほう。面白そうだな」


 シックな作りのソファーに、母娘と思われる二人の女性が寄り添って乗っている。

 車夫は良い体の作りをした若者が多く、古風な服装をしていた。


「もう雷門通りに入れた。思ったより、進みが早そうでよかった」

「つむぎ、すごい数の人なんだが……この先には何があるのだ?」

「浅草寺というお寺です。雷門という大きな提灯の門で有名な場所なんですよ」


 どらやきの店に並んでいる列とは別に、歩道の向こうから度々人の波が押し寄せてくる。

 つむぎとは明らかに顔立ちや体格の違う、異郷の者も多く見受けられた。


「由緒ある観音菩薩像があって、江戸の頃から人気の観光地なんです」

「エドの時代の人は、寺に行くのが好きだったのだな」

「それもありますが……方便、でもありますね」

「方便?」

「江戸時代の庶民は自由に旅ができなかったので、『神仏にお参りする』という理由を付けて旅の許可を得ていたのです」

「そういうもの、なのか……」


 基本的に人々の移動が制限されていた、エド時代。

 一般の人々は信仰のための参拝と、治療のための湯治を理由にして旅を楽しんだようだ。

 エドには他にも、訴訟や勉学、剣の修行や行商、商家や武家屋敷の奉公といった所用で訪れる人も多かったんだとか。

 歴史的な寺社仏閣があっただけでなく、都市機能としても人々を集めていたのだろう。


「仲見世通りのお店の活気がすごくて、毎日がお祭りのような場所なんですよ」

「毎日が、祭りか」


 歴史の話をしていると、列が少し動き出す。

 白い服と帽子を被った者が途中要所に立ち、列の整理をしている。

 列の切れ目に気づかず割り込んでしまう客も見られたが、白い服の者が丁寧に列の案内をしていた。


「申し訳ありません。最後尾はあちらになります」

「え……ええ!? あんなに並んでいるんですか!?」

「どうしようかしら……今日は、諦める?」

「そうねぇ……」


 この列の長さを見たら、躊躇してしまうのもうなずける。

 後方を振り返ってみても、列の終わりは遥か彼方。

 最後の者を確認することは出来ない。


「本当に人気なのだな、日本一のどら焼きとやら」

「はい! それはもうフワッフワで、本当に美味しいんですぅ!」


 再び列がむ。

 巨大な長い車――バスの乗降場所が並ぶエリアに、差し掛かった。

 道路では人力車の進みもゆっくりになり、荷台席に座る客が物珍しそうに行列を眺めている。


「すごい行列……この人たち、何に並んでるんですか?」

「これは『日本一のどら焼き』のお店に並んでるんすヨ!」

「ええ!? どら焼きぃ? そんなに美味しいの?」

「すっごい美味しいっすヨ!」


 荷台席の客の質問に、車夫が軽快な口調で答えていく。

 この行列を疑問に思うのは当然の事で――あのように教えられたら、良い宣伝になることだろう。


「人力車の発着所が対岸の道にあるんですね。そりゃあ、気になっちゃいますよね」

「そうだな」


 さらに列が進み、目的の店の前までやってきた。

 店の前には名物の菓子が並べられ、商品名の書かれた値札が所狭しと貼られている。

 並んでいると進みがゆっくりに感じられたが、実際はかなりの早さで客が商品を買っていく。


「そろそろお店に入れそうですね! えっと、買うもの決めといた方がいいですよ。どら焼きは黒あんと白あんの二種類があって」

「むむ……どら焼き、二種類あるのか……」

「一般的なのは黒あんですけど、白あんも美味しいですよ」

「次のお客様、お入りください」


 店内に入ると、菓子の棚に沿って並ぶ。

 棚に置かれている菓子も、魅力的だ。

 黒い蜜でコーティングされた大きな葉のような菓子に、小さな星くずのような砂糖菓子。

 猫の形をした菓子も、愛らしい。 


「どうしよう……これからまだ歩くけど、うすばも欲しいな……キリコお姉ちゃんに、松風も買って……」


 棚に並ぶ菓子を買うなら、ここで手に取っておく必要があるようだ。

 つむぎが何を買うか、必死に思案している。


「お客様、ご注文をおうかがいします」

「ふむ……」


 カウンターのあたりまで列が進むと、店員の女性が注文を取りに来た。

 どう頼めばよいか……思案していると、つむぎが慣れた様子で助言する。


「ここで欲しいどら焼きの数を伝えるんです」

「では……黒あんと白あんを五個ずつ、頼もう」

「私は黒あん三個と白あん二個、松風を一パックお願いします。あと、このお菓子も一緒に」

「かしこまりました」


 注文を受けた女性はつむぎが棚から持ってきた菓子を受け取り、奥でどら焼きの用意にとりかかった。

 我らは前の客に続き、会計へ向かう。

 会計の場所まで来ると、先程注文を受けた女性が商品の用意を済ませてやってくる。

 とても手際がよく、スムーズに会計ができた。


「ふぅ……無事に買えましたね。お付き合いいただき、ありがとうございます!」

「いや、面白い体験が出来た」


 このように多くの人に手際よく物品を渡すのは、ぶっ日の支給や食料の配給の参考になりそうだ。

 それに行列に対する宣伝効果も、侮れないものがある。

 多くの人が集まる場所だからこその、光景であるな。


「それでは改めまして、浅草寺を見に行きましょう!」

「ああ」


 我々はどら焼きの紙袋をぶら下げ、浅草寺へと向かった。


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