012 湯島天神からアメ横
「すみません、こんな遅くまで」
「いや、構わぬ」
「すぐそこなので、湯島天神まで行きましょう」
神田明神を出て、最後の目的地――ユシマテンジンへと向かう。
静かな夜道の、長い坂をのぼっていく。
「ふふ、懐かしい……これから行く湯島天神は、菅原道真という、学問の神様を祀っている場所なんです」
周りの建物を見回しながら、つむぎは懐かしそうに話す。
「なので受験直前の初詣は、それはそれは大混雑で……このあたりにも、列が伸びて来るんですよ」
「なに? まだ建物も見えない、こんな場所まで?」
周囲の建物で、明るい場所はスーパーという食料品店ぐらいだ。
まだまだ神社のようなものは、見えてこない。
「ええ、ビックリでしょう? 私も受験生のときに初詣に行ったのですが、終わるころにはクタクタで……家に帰ったら、寝込んでしまいました」
「それは……本末転倒であったな」
学問の神だというのに、試しているのは体力ではないか……いや、学問の詰まるところは、体力の勝負なのか?
頭の中で問答をしていると、坂の上に眩い光が見えてきた。
「ああ、見えてきました! うわー、ここもライトアップしてる!」
眩く輝いていたのは、鳥居の先にある本殿。
神社の中は人もまばらで、一際幻想的な雰囲気である。
「なんとも眩い……まるで黄金の城のようだ」
「本当ですよね! 私もこんな遅くに来るのは初めてで……すごい、幻想的……」
本殿の前に立つと、中の調度品にかかる光の陰影に目が奪われる。
しばらくの間、ただただ建物を見入ってしまった。
「……それでは、本日最後の参拝をしましょうか」
「わかった」
賽銭箱に金を入れ、参拝の作法を行う。
スガワラノミチザネは、学者にして政治家であったらしい。
歌なども嗜み多芸なこともあり、後に学問の神となったそうだ。
我もその力、あやかりたい。
「ふぅ……本当は寛永寺まで行きたかったのですが、さすがに暗すぎますね」
参拝を終えると、少し残念そうにつむぎがつぶやく。
まだ見る予定の場所が、あったのか。
「我はまだ大丈夫だが?」
「いえいえ! 人気のなさそうな場所なので、防犯的に止めといた方がいいかなって」
「そうか? 人の暴漢など、我が一ひねりにしてくれるが?」
「え……ふふ……あははは! やだ、イザベルちゃん……あははは」
我の提案に、笑い出すつむぎ。
そんなにおかしなことを、言っただろうか?
必死に笑いをこらえながら、つむぎは別の提案をする。
「今からなら……そうだ! アメ横に寄って行きましょう。駅もありますし」
「アメヨコ?」
「東京の有名な市場の一つで――ああ、あのあたりです!」
湯島天神の脇の階段の先、眼下に眩い町の光が煌めく。
つむぎは一際輝く場所を、指さして言う。
「独特な雰囲気で、面白いんですよ!」
「そうか。つむぎがそこまで言うなら、そこへ向かおう」
長い階段をおり、車が多く走る道へ出る。
活気の満ちる夜の町は、進むにつれどんどん人が増えていく。
「なんだこの人の数は……!?」
アメ横と書かれた看板をくぐるころには、人の川に巻き込まれてしまった。
東京で人の多い場所は色々行ったが、ここは一際多いな。
道の両脇には様々な店が並ぶが、あまりの人で立ち止まるのも難しい。
「どうですかー!? 今日はもう終わりだからね、お安くしますよー!」
「おまけしますよー! 明太子、どうですかー?」
活気に満ちた、店員の呼び込みの声。
魚や肉や乾物といった食品、皮のカバン、靴、装飾品、派手な刺繍の外套のような服。
品物が野ざらしに置かれているのも、市場らしい。
「あったあった! あれ! イザベルちゃん」
「ん? 菓子屋か?」
つむぎが指さしたのは、チョコレートのたたき売りと書かれた店。
狭い間口にギッシリと菓子が並び、店の奥にも菓子の絵が描かれた茶色い箱が積みあがっている。
黄色い台の上に乗った店員の男が、こちらを見て声をかけてきた。
「お姉さん、やってくかい?」
「……我か?」
どうやら、千円で菓子を買う店らしい。
横に立つつむぎが、期待に満ちた目を向けている。
「ああ、やろう」
台の下に立っている店員に、千円を支払う。
「よーし、それじゃぁ……」
台の上の店員が声をあげると、台の下の店員の店員が袋を構えた。
そして上の店員は両手に菓子を持ち、通りの客に見えるように掲げる。
次の瞬間――
「ビスケットにキャンディ! 入れちゃえ入れちゃえ! 抹茶のチョコレート、入れちゃえ入れちゃえ! ポテトチップスもおまけに入れちゃえ!」
「わぁー!!」
「なっ!? どうなっているのだ!?」
景気のいい声と共に、菓子が袋にどんどん投げ込まれていく。
「レモンのチョコレートね、入れちゃえ! グミも、入れちゃえ!」
袋が重そうに膨らんでいくなか、まだ菓子が投げ込まれる。
いつの間にか店の前は、人だかりになっていた。
「はい、お姉さんこれおまけね~、ありがとうございますー!」
最後に何かの菓子の小箱を入れ、店員に袋を手渡される。
ずっしりと重い袋には、数えきれないほどの菓子。
「ね! 面白かったでしょう?」
「ああ、すごい活気だった。ああいう商売のやり方も、あるのだな」
菓子の袋を抱え、アメ横の通りを抜ける。
市場を抜けた先には、上野駅と書かれた看板が見えた。
人の波はアメ横から途切れることなく、そのまま上野駅の改札まで押し流されていく。
「イザベルちゃん、解散の駅はここで大丈夫?」
「問題ない。今日もありがとう、つむぎ」
「次は浅草に行こうと思ってるの! 向こうも、すごい活気なんですよ」
「そうか。それは楽しみだ!」
駅の改札で、別れの挨拶を交わす。
次の旅の約束をして。
「それじゃあ! また今度!」
「ああ!」
改札を抜けたつむぎを、姿がみえなくなるまで見送る。
そして時の止まった駅から、菓子の袋を抱えて魔王城へ帰って行った。
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