011 湯島聖堂から神田明神
「やだ、もうこんな時間!? ゆっくりしすぎちゃいましたね」
橋で景色を見ながら休んでいるうちに、すっかり日が傾き始めていた。
今日は町の散策から江戸城跡にと、色々見て回っているからな。
「とりあえずそこの湯島聖堂が、閉まるの早いので行きましょう!」
「ああ」
つむぎが指示したのは、橋を渡ってすぐのところにある塀。
塀の途中からは、下り階段が設置されている。
階段の下では、ひっそりとした聖堂が佇んでいた。
「ここはあまり人がいないのだな。鳥の声のほうが、よく聞こえるほどだ」
「時間も遅いし、閑散としてますね……えっと、ここは湯島聖堂といって、日本の学校教育発祥の地と言われています」
静けさの中の聖堂は、とても神聖な雰囲気で。
中へ進みながら、つむぎが建物について説明を続ける。
「江戸時代では、昌平坂学問所という幕府の学校があった史跡なんです」
「ほう」
「当時の博覧会が行われた浮世絵が残っていたり、知識の最先端の場所だったんでしょうね」
学問にまつわる史跡か。
その影響で、この地には学び舎が多いのかもしれないな。
「今でも受験生が合格祈願に訪れる場所なんですよ。せっかくなので、私たちも参拝していきましょう」
「ああ」
聖堂の奥にポツンと置かれた賽銭箱に金を入れ、つむぎと共に手を合わせる。
こころなしか、つむぎの参拝の時間が短かく感じた。
「さて……駆け足で申し訳ないのですが、次に向かいましょう。すぐそこの、神田明神です」
ユシマ聖堂を出て、大きな通りを進む。
少し歩いたところで、青白い銅でできた巨大な鳥居が現れた。
鳥居の手前には土産物屋のような店があり、輝くような山車が飾られている。
「煌びやかな山車だな……茶屋か?」
「ええ。ここは参道になっていて、お茶屋さんが多いんですよ」
「確かに……何軒かあるな」
入り口の目立つ店に目が行ってしまったが、参道の坂道にもいくつかの看板が続く。
そして坂の頂には、立派な赤い門が見える。
「神田明神は、秋葉原・神田・日本橋・大手町・丸の内……と、東京の中心地を広範囲に鎮守する神社なんです」
坂を上りながら話すつむぎは、早口になっていく。
「商売繁盛や戦勝祈願の参拝者はもちろん、エンタメ業界の方もヒット祈願に訪れる神社で、アニメのコラボなんかも行われるんですよ」
「アニメ……とは、なんだ?」
「ええっと、絵が動いて……いや、少しずつ違うたくさんの絵を繋げて……うう、見せた方が早いか。こういうのです!」
アニメについて口頭で説明するのを諦めたのか、つむぎはスマホをいじりだす。
そして先ほどシュッパンシャの垂れ幕に描かれていたような、マンガの絵が動いている様子を見せてくれた。
「おお!? これはマンガ? が、動いて……声や音楽まで……!? これがアニメか」
「イザベルちゃんは、漫画もアニメも見たこと無かったの?」
「ああ、全く。東京は驚くものばかりだ」
「そうなんだ……ふむふむ……」
驚く我の顔を見てか、何かを思案するつむぎ。
また何か、面白いことを考えているのだろうか?
そうこうしているうちに、赤い門にたどり着く。
間近で見ると、様々な動物の彫刻が施されているのがわかる。
空が暗くなってきたからか、門には光が当てられていた。
「すごい……都内の神社の門って、こんなキレイにライトアップされるんだ……」
「門に明かりが灯るのは、珍しいものなのか?」
「えっと、私の地元の神社は街灯程度で――こんな煌びやかな感じではないです」
「そうか。それだけ大きな神社なのだな」
礼をして幻想的な門をくぐり、神社の敷地を進む。
正面に立つ神の館もまた、壮大で美しい。
すっかりあたりも暗くなっているというのに、参拝の者も絶えず出入りしている。
「それじゃ、さっそくお参りしましょうか」
「ああ。神の館も、立派なものだな」
賽銭箱の前に立ち、金を投げ入れる。
最初の二礼を始めようとしたところ、つむぎが一言。
「そうそう。ここの御祭神は、平将門公なんですよ」
「へ、あっ……あやつか!?」
参拝の所作をする我の脳裏に、昼間に見た将門塚がよぎる。
ぶ、無礼などしておらぬぞ。
我は我の魔界、グリートニアのために学びに来たのだ!
よろしくお願いいたします!!
「つむぎ……なんてタイミングで言うのだ」
「えへへ。せっかく昼間に将門塚を見たから、補足した方がいいかなって」
最後の礼を終えた我に、申し訳なさそうに笑うつむぎ。
もう少し、心の準備がしたかったものだ。
「それにしても、恐ろしい逸話に反して、このように手厚く祀られているとは……平将門とは、不思議な存在であるな」
戦いに身を投じた者は、ある者には悪鬼で、ある者には英雄であるということか。
古の武人に、思いを馳せてしまうな。
「徳川家康公が、天下分け目の関ヶ原の戦いの戦勝祈願に立ち寄り、見事勝利したことから、江戸幕府が尊崇したそうです」
「なっ!? そっちを先に補足せぬか!!」
もう一度金を投げ入れ、手を合わせる。
我は七つの魔界の、最強の魔王になりたいです!!