表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/14

010 平川御門からお茶の水駅

「さて、と……次は平川御門から、北に向かいます」

「休憩はもう大丈夫なのか? つむぎ」

「ええ。ありがとう、イザベルちゃん」


 一息ついて、散策を再開。

 天守台の脇の道を抜けて、静かな道を進む。

 こちらの道には、あまり物見客がいないようだな。


「この先の門は、大奥で働く女性の出入り口だったんですよ」

「オオオク?」

「建物の奥のエリアで、将軍の妻子や側室の居所です。男子禁制で、女性がたくさん働いていたんです」

「ほう……」


 男子禁制の女主人の館か……ということは、世継ぎを作るための場所であろうな。

 そして女性ばかりが働く場所か……。

 想像するまでもなく、大変そうな職場である。


「あそこが、平川御門です」


 静かな道を下った先に、ひっそりと門が建っていた。

 門を出た先には、巨大な建物がそびえる。


「また現代の世に戻ってきたな。建物が大きい」

「ふふ。あの建物は、毎日新聞社です。江戸の時代には、御舂屋(おつきや)という将軍家の食事で使うお米を精米したり、お祝い用のお菓子を作ったりする施設があったんですよ」

「ほう。将軍の台所、といったところか」


 城の裏手に、食品の加工場。

 もし魔王城で働く兵や使用人たちの食事を全て賄うとしたら、このぐらいの規模は必要なのだろうな。


「えっと、次は御茶ノ水に行きたいから……神保町を抜けていきましょうか」


 スマホで地図を確認していたつむぎが、次の目的地へと歩き出す。

 大きな道路を渡り、緩やかな坂を上っていく。


「神保町は、古本屋さんがたくさんあって有名な場所なんですよ。そのため本を読みながら片手で食べ――」


 楽しそうに歩きながら、これから向かう場所の説明をしていたつむぎ。

 そんなつむぎの歩みが止まり、会話が途切れる。


「……つむぎ?」


 つむぎはぼんやりと、何かを見上げていた。

 視線の先は大きなビルで、少年の絵と文字の書かれた幕が掲げられている。


「アプリ……記念……」

「あっ! えーっと……神保町は本の町で、出版社も多いんですよ」

「シュッパンシャ?」

「簡単に言うと、本を作っている会社です」


 組織だって本を書いている場所、ということだろうか。

 気を取り直したのか、つむぎがビルについて説明を始める。


「あちらは小学館。こちらは、集英社……かな」

「あの少年の絵の幕は、何だ?」

「あれは、漫画アプリの周年記念垂れ幕ですね。お祝いと宣伝を兼ねてるんだと思います」

「マンガ? アプリ?」

「えっと、こういうのです」


 地図を映していたスマホをいじり、なにやら白黒の絵を映しだすつむぎ。

 白黒の絵は何枚も続いており、どうやら物語になっているようだ。


「これは……すごい絵本であるな。スマホでは、読み物もできるのか」

「え……はい! 結構色んな出版社さんが、色んな漫画アプリを出してるんですよ。私のおすすめは――」


 我がマンガに興味を示したことが、つむぎは嬉しかったらしい。

 いくつかのマンガの読めるアプリを、我のスマホにも入れてくれた。

 詳しくはわからんが、後でモリーに聞けばなんとかなるだろう。


「ありがとう。魔王城に戻ったら、ゆっくり読むとしよう」

「ふふ、ぜひ! あ、古本通りに着きましたよ」


 出版社から少し行った道を曲がると、雰囲気が一変する。

 細い通りに、所狭しと書店が連なっているのだ。


「本当に、古い書物や資料がいっぱいだ……」


 入り口を見るだけでもわかる、蔵書の量。

 道にまで何かの、古地図やポスターのようなものを並べている店まで。

 古書を求める人の往来も、かなり多いようだ。


「神保町の古本屋さんは、本が傷まないように入り口が北を向いてるんです。それに本を読みながら片手で食べられる、カレーライスも有名なんですよ」

「そうか……ふふ」

「あ、また食べ物の話と思いましたね?」

「いや、そんなことは……ふふふ」

「別に私だって、食べ物のことばかり考えてるわけじゃないです!」

「ああ、それもわかっている」


 本だらけの細い道を抜け、再び坂道を登っていく。

 人々の往来がかなり多い道を進んでいくと、ガラスのアーチが美しい建物にさしかかった。


「ガラスの……ホール? 美しい建物であるな」

「ここは確か……やっぱり、明治大学ですね」


 スマホで確認しながら、つむぎが答える。


「学び舎、なのか?」

「ええ。このあたりは大学発祥の地でもあって、大学がたくさんあるんですよ」

「そうか」


 見渡すと、確かに若者が多い。

 食事処の看板も、肉や大盛の絵が多く感じる。

 坂道を進み駅に近づくほど、雑貨や楽器など煌びやかな店が増えていく。


「着いたー! 御茶ノ水駅だ」


 坂を上りきった場所に、御茶ノ水という駅はあった。

 こころなしか、息が上がっているつむぎ。


「つむぎ、疲れていないか?」

「あ、大丈夫です。それにあそこの橋で、少し休むので」

「橋?」


 息を整えるつむぎの視線の先に、車も通れるほどの立派な橋が。

 嬉しそうに微笑みながら、つむぎは我を橋へ連れ立つ。


「これは……見事な渓谷だな」


 橋の下は川の流れる渓谷になっており、電車の道が交差するように二本続いている。

 上の道にはオレンジの線の電車が、下の道には赤い車体の電車が走り抜けていく。


「絶景ですよね。電車を入れて、写真撮れるかな……」


 少し焦りながら、スマホを構えるつむぎ。

 周囲を見回してみると、つむぎと同様にスマホを構える人が何人か見られた。

 それも納得できるほどに、橋からの景観は素晴らしい。


「しかし、東京にこのような自然の景観があるとはな」

「ふふふ……」

「ん?」


 ふと我がつぶやいた言葉に、つむぎが含みのある笑い方をする。

 そして得意げに、語り始めた。


「実はこの渓谷、人工的に開削されたものなんですよ」

「なにっ!?」

「戦国武将にして初代仙台藩主――伊達政宗公が、開削普請を担いました」


 この渓谷は、人の手によって作られたものなのか。

 それも、武人の手によって――


「防衛のための外堀と、洪水対策の面もあったとか。そして仙台藩の工事の後、神田川と呼ばれるようになったそうです」


 歌に歌われたりもして有名な川なんですよと、つむぎは言う。

 人々を惹きつける美しさを併せ持つ、自然の防壁か。

 なんとも粋な武人がいたものよ。


「ダテマサムネとやら、洞察力の高い人物であったのだな」

「そうですね。戦国時代の武将として有名ですが、私は太平の世で土木で才能を発揮されたお話も好きです」

「そうか」


 戦の将から、都の事業家か。

 また一つ、面白い話を聞かせてもらった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ