浅瀬の国⑤
「そんなことがあったなんて・・・」
「確かに元は魔物ではあったが、今はそうではない。面鮹族は普通の民と同じ存在だ。だが、特殊な存在でもある。」
「・・・」
「今はお主の使命のもと、行動するが良い。」
ハクゲイは優しいまなざしでオモテを見る。オモテは力強く頷いた。
白い魚はオモテの瞳をずっと見つめていた。
そんな白い魚の様子も、ハクゲイは見つめていた。
オモテがハクゲイと話し合った日の夜、ハクゲイの部屋にキンシャが訪れた。
「お父様・・・」
「どうした、キンシャ?」
「・・・」
ハクゲイはキンシャに椅子に座るよう促す。キンシャはそれに従い、椅子に座った。
親子が対面で机をはさみ、椅子に座っている。
黙っているキンシャにハクゲイは厳しい顔をしてため息をつく。
「用がないのなら、「お父様・・・あの入り江に私を連れて行ってください。」・・・キンシャ。」
「・・・何度言ったらわかる。それはもう口に出さない約束だろう。」
「お父様!・・・お父様、聞いて。私、ずっと小さな頃、海で誘拐されたじゃない?」
キンシャは震えた声で父に話しかける。
「あのとき、私を守る者も誘拐犯も大勢殺されて、気がついたら1人海を越えた先の入り江に流されていた私を。水がなくて、呼吸ができなくなって泣いていた幼い私を助けてくれたあの人に会いたいの!!」
「キンシャ!」
「あの人がいなければ今の私はいなかったわ!お父様がすぐに来てくれたけれど、誘拐犯と間違えて殺そうとしたわよね!助けてくれた人と気づいたからなんともなかったけれど!失礼な態度をとったまま海の中に戻ったわ!助けてくれたあの人にお礼も言えぬまま!」
「キンシャ!!!」
ハクゲイが怒鳴る。
「私はあの人に会いたいの!!」
ハクゲイが立ち上がる。
「何度言ったらわかる。我々海の民は陸では呼吸ができぬ。あの者は陸の民の者だった。会うことはできない!」
「手紙を出すだけでも!」
「ならぬ!陸は危険だ。魔物がはびこっておりいつ殺されてもおかしくない。そんな場所に郵便屋を行かせるのか!?」
「私が行く!」
「ならぬ!話を聞いていたか!」
「お父様!」
「お前をトルトゥーガ王国へ嫁がせる!」
「!」
「前から打診が来ていた。一国の姫だ。いつにしようかと思っていたが、馬鹿げたことを言うのならすぐに嫁がせることにしよう。陸に行くなど思わないように。」
「そんな・・・そんなあんまりだわ・・・」
キンシャは涙ぐみながら椅子から立ち上がる。
「お父様の馬鹿!」
そのまま部屋を走り出て行った。
「・・・」
部屋にはやるせない顔をしたハクゲイが立ち尽くしていた。
キンシャは涙を拭いながら早足で自分の部屋に向かい、ベッドに突っ伏して静かに泣いた。部屋版やメイドが心配するが、キンシャは1人にして欲しいと全員を部屋から追い出した。
わかってくれない父親への憤りと絶望。さらに突然嫁がされると聞いて感情がぐちゃぐちゃだった。
『・・・あなたが望むなら、いつでも陸への行き方を教えましょう。その気になったら魔女の洞へ。また会いましょう。』
あのときの魔女の声が頭の中で囁かれた。
もう、今しかないのでは。
嫁がされる前に、陸に行くチャンスは。
キンシャは荷物をまとめる。お母様からもらった櫛、お気に入りの鏡、家族写真。父親の顔を歪んだ顔で眺め、ポシェットに入れた。
翌日の早朝。キンシャは何食わぬ顔で城を出た。いつものお散歩だと言って門番を突破してゆく。
太陽の研究所を越え、サンゴの海道を行き、巨大な渓谷をゆっくり降りてゆく。徐々に暗くなり、キンシャは魔女の洞へと訪れた。




