夜の到来
※少しグロテスクな表現があります。
オモテは面の明かりを消し、ゆっくり岩山に向かって泳ぎだした。
少しでも湖に触れたら死んでしまう。ので、湖に触れないように水面から少し距離を取って上を泳ぎ進める。
何事もなく洞窟の入り口に着いた。オモテは気配を殺しながら奥へと進む。
途中からむせかえるような血の臭いがしてきた。洞窟は不気味なほど人気がない。何かあったのだろうか。
オモテは真っ暗な洞窟を、面の明かりを最小限に絞って前を照らしながら進んでいき、最初の広間に出た。
「・・・これは」
そこには、おびただしい数の死体が横たわっていた。
オモテは一人の死体に近づき、確認する。死体の有様は異様であった。まるで卵から蝶がかえった後のように、身体に縦に亀裂が走り、空洞と化している。そこにあったであろう内臓がない。オモテの脳内に死体袋、という言葉がよぎった。
そのとき、別の部屋から物音が聞こえた。
オモテは緊張しながら気配をさぐる。誰かが泣いている声と、ぶつぶつ言っているような声がした。
オモテは明かりを消して慎重に音の方へと進む。
別の部屋は牢屋のようだった。部屋の片隅に一本のヒカリカイメンが花瓶に生けられている。ぼんやりと明かりのさした部屋で、牢屋の中に2人いるのが確認できた。
一人は錯乱しているのか、泣きながらぶつぶつ唱え、頭を壁に打ち付けていた。
一人は両手両足を縛られているようで、もがきながら縄から逃げようとしているようだった。
オモテは気配を殺し、牢の前に立つ。
そして、オモテはわざと床を足でこすり音を立てた。
「誰かそこにいるのか・・・?」
オモテに気づいたのか、もがいていた一人が震えた声で話した。
オモテは面の光を眼に集中させる。面にためられていた光がオモテの視力を上げた。オモテは薄暗い室内で相手の顔を確認する。その者は、チョウチンの里でライブシンガーをしていた青年のようだった。
オモテはオチョウからもらった光る球つきの首飾りを出し、光らせた。
青年は息を飲んだ。
「その首飾りは、母上の首飾り!」
オモテは青年に話しかける。
「母上?では、あなたは・・・」
青年は答える。
「ワシはビワアンコ。お主、チョウチンの里から来た者だろ?」
オモテは、オチョウから娘を頼む。と言われていたので、目の前にいる青年がオチョウの愛娘には見えなかった。しかし、言われてみればオチョウと同じ髪の色、髪の毛の先についている発光器が似ていなくもない。
「そうです。自分はオチョウ様から娘を頼むと言われてきました。」
「母上・・・」
「今助けます。拘束を解くので、後ろを向いてくれますか?」
オモテは檻の外から剣先を入れ、両手足の縄の拘束を解いた。
「洞窟の中は死体だらけでした。いったい何があったのですか。」
「夜!!!!!!!!」
今まで壁に頭を打ち付けていた女が突然大きな声で答えた。
「夜だ!!!!!!夜が来たの!!!!!!」
叫びながら、頭をなおも打ち続け、女が答えた。
「夜!!夜!!!ああ!!!また夜が来る!!!!!」
「夜?」
フウセンはまた一人でぶつぶつと、明かりを・・・暗いのは嫌だと繰り返し始めてしまった。
オモテの発言に、これにビワが答える。
「そう、“夜”だ。ワシは夜が来ないように攫われたんだ。」
ビワは語った。
夜は、暗い場所で現れる。
夜は、見てはいけない。夜は巣くう。
「この女は死海の頭領、フウセンだ。ワシが攫われたときからフウセンは取り乱していたよ。夜が来る!光を灯し続けろ!ってな。ワシは鮟鱇族で発光器持ちだから、光ることができる。ワシ以外の光る者もいて、ここで光り続けることを強要されていたんだ。しかし、そりゃあずっと光っていることはできない。光らなくなりしばらく経つと、夜が来たんだ。」
ああ、夜!!夜!!と叫びながらフウセンは暴れる。そのとき、壁の振動が伝わったのか、ヒカリカイメンの花瓶が落ち、部屋が暗くなってしまった。
「あ~~~~~!!!!!!!!夜夜夜夜夜夜夜夜夜夜夜夜!!!!!」
フウセンがけたたましく叫び泣く。
「来た」
最後に、はっきりとした声でフウセンが言った。
そのとき、フウセンの身体が大きく反り返り、瞳が見開かれた。瞳の黒目が白目を侵食し、眼全体が闇で覆われる。闇が眼孔から盛り上がり、シュルルルと素早く闇のカーテンが部屋に広がった。そして、人のような形をした者達がフウセンの眼孔から飛び出した。
「あぁ・・・また・・・夜だぁ・・・」
どこからともなく聞こえる不気味なパレード音楽の中で、力ない声でビワが嘆いた。
出てくる人々は不気味でおぞましく、オモテが見たことがない者達だった。
オモテ達は知らない文化であるが、例えるなら、先頭をきるは武人。猛る馬に乗り、重厚な鎧をまとう巨大な男達。その後を走り進む槍や盾をもった兵士達。美しい羽衣をたなびかせ、おしろいをはたいていることが横顔からわかるが、扇子で顔を描隠しその表情は見えないパッと見ただけでも眼を奪われるような細く美しい天女達。肌は黒く、腕を何本も持ち、舌を出した恐ろしい形相をした女人。象の上半身に人間の下半身をした怪物。3つの頭をもち、赤く恐ろしい顔をした阿修羅。頭に輪をつけた猿。背丈5mはあろうか緑色の肌、2本の角をもち、混紡を手に持った鬼。それに付き従う小鬼。額に角を持った馬。額に札をつけ、両手を前に伸ばしジャンプしながら進む死者。竜。悪夢のような者達が眼孔から飛び出すたびに、フウセンの身体が縦に裂け、先ほどオモテが別の部屋で見た死体袋のようになっていく。
行進の最後に、フウセンの身体からぬるりと女の手が出てきた。その手には、フウセンと同じ場所に痣がある。まるでフウセンが脱皮するかのように、フウセンから女が出てきた。黒い大きな雨合羽の頭部のような、カエルのような大きな口をもつ女。まさに頭部はフウセンウナギそのものだった。フウセンウナギが口を開いていく。口が脳天まで開く。中から明るい光を放つ頭部がでてきた。フウセンは、燃え光る女性となった。




