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唐揚げもどき

 ある日、和尚さんのところへ旅のお坊さんが訪ねて来ました。


 お坊さんが言うには、里の者たちが作った「もどき料理」が、方々(ほうぼう)の村や町で噂になっているとのことでした。


 ぜひ噂の「もどき料理」を食べてみたいと言うものですから、里の者たちは張り切って料理を(こしら)えました。


「ウナギもどき」に「刺身もどき」、それから「ホタテもどき」に「豚の角煮もどき」。それらを手分けして調理し、お寺へと持っていったのです。


 するとお礼代わりにということで、旅のお坊さんが「唐揚げもどき」を教えてくれることになりました。


 今で言う「唐揚(からあ)げ」を、このお坊さんは「唐揚(とうあ)げ」と呼んでおりまして、なんでも『(とう)の国から伝わった揚げ物だ』という話でした。







「うちの寺に伝わる『唐揚げもどき』は、まず干した大豆を水で戻します」


 そう言うと、お坊さんは水を張った鍋に干し大豆を入れた。


 今日はお寺の炊事場を借りて、喜助とミツ、それから五郎が「唐揚げもどき」を教わっている。


 大豆が柔らかくなるのを待つ間、喜助たちはお坊さんから旅先での話を聞かせてもらうことにした。


 興味津々(きょうみしんしん)で各地の食材や料理についての質問をする喜助に、お坊さんはある提案をした。


「そんなに関心がおありでしたら、どこか他の土地へも出かけてみてはいかがですか? 話に聞くだけではなく、実際にその目で見て舌で味わった方が、よく分かるでしょうから」


 だが喜助は

「そいつぁ無理だ。嫁を置いて好き勝手なことをするわけにはいかないし、畑もあるからな」

 と言って笑った。



 そうこうしているうちに大豆が柔らかくなったので、お坊さんの指示で大豆をザルにあげ、布巾(ふきん)で水気をよく拭き取る。


「すり鉢にいれて潰したら、醤油で味付けをして下さい。それから一口大(ひとくちだい)にまとめて表面に片栗粉をまぶし、油で揚げます。綺麗に丸めるよりも、適当な形にまとめる方が、より唐揚げに近い見た目になりますよ」


 お坊さんに言われたとおり、ミツたちは大雑把(おおざっぱ)な形にまとめて片栗粉をまぶし、油を入れた鍋に投入した。


 ジュワジュワと音を立てて、表面が黄金色(こがねいろ)に変わっていく。


 美味しそうにカラッと揚がった「唐揚げもどき」を皿に載せ、早速みんなで味見をすることにした。


「あちち、出来たては熱々(あつあつ)で旨いな!」


「うん、美味しい。醤油の味だけじゃなくて、豆の味もしっかりするね。本当は鶏肉を使うんだろう?」


「鶏肉みたいな臭みもないし、豆の香りがして旨いな。和尚さんにも、ぜひ食べてもらおう。俺が部屋まで届けてくるよ」


「それじゃ、あたしはお茶を淹れて後から持ってくよ」


 喜助とミツが席を外すと、五郎はお坊さんに向かって深々と頭を下げた。


「お願いがあります。どうか俺を、旅のお供に連れて行って下さい」


 お坊さんは、突然の申し出に面食らっている。


「名前からも分かると思うんですけど、俺には兄弟がいっぱいいるんです。だから、うちが代々受け継いでる畑も将来は兄ちゃんたちのものになるだろうし、俺は山でキノコや山菜をとってきて売るしかなくて……。たまに、和尚さんから植木の剪定(せんてい)を頼まれたり、町の人たちから荷物運びの仕事をもらえることもあるけど、たいした稼ぎになるわけじないし……」


 五郎は胸の奥にしまい込んでいた想いを、全て(さら)け出した。


「だから俺、旅に出たいんです。どうせ何者にもなれないんなら、生きてるうちにやりたいことを全部やってみたい。世の中にある色んなものを自分の目で見て、触れて、体験して、心に焼き付けたいんです。お願いします。どうか一緒に連れて行って下さい」


 床に額をこすりつけて懇願する五郎に、お坊さんは静かな声で語りかけた。


「旅は、楽しいことばかりではありませんよ。食料が尽きて飲み水もなく、飢えに苦しむ日があるかもしれません。冷たい風雨にさらされて病に()せることもあれば、ならず者に襲われて命を落とすことだってあり得ます。それでも一緒に行きたいと思いますか?」


 五郎は、真剣な眼差(まなざ)しでお坊さんを見つめながら

「はい、一緒に行きたいです。お供させて下さい」

 と答える。


 それを聞いたお坊さんは

「それでは、共に行きましょう」

 と言って、にっこり笑った。







 (ふすま)を隔てた部屋の前には、和尚さんの部屋から戻った喜助とミツがいて、二人の話を立ち聞きしておりました。


 喜助は五郎を自分の弟のように可愛がっていましたから、とても寂しそうな表情です。


 そんな喜助の様子に気付いたミツは、思い切り喜助の背中を叩いて(かつ)を入れました。


 きっと、『五郎の真剣な想いを汲み取って応援してやれ』という意味なのでしょう。


 喜助は苦笑いをしながら(うなず)き、襖を開けて五郎に声をかけました。


「五郎、達者(たっしゃ)でな。たまには便(たよ)りをくれよ。辛くなったら、いつでも帰ってこい。俺たちは、いつでもお前の帰りを待ってるからな」


 言いながらボロボロと涙を流すものですから、五郎もつられて泣き出してしまいました。


 男二人が泣いている姿を、ミツが呆れたように眺めています。


「そうだ! せっかくだから、俺たちが考えた『もどき料理』を、各地のお坊さんたちにも教えてやってくれよ」


 喜助が言いますと、五郎は(こころよ)く了承しました。



 こうして旅立った五郎は、行く先々の寺院で喜助から(たく)された「もどき料理」の作り方を広めました。


 また、(みずか)らも新たな「もどき料理」を次々と考案して、ついには料理屋を開き、美味しい「もどき料理」で多くの人々を喜ばせたということです。

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