ホタテもどき
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キノコとりの名人である五郎は、秋になると大きなカゴを背負って山へ入ります。
そして、たくさんのキノコを集めて戻って来るのです。
そのキノコは里に住む近所の人々にもお裾分けされるので、しばらくの間は、どこの家でもキノコ料理が続きます。
けれども喜助の家では、ありきたりなキノコ焼きやキノコ汁だけでなく、キノコを使った「もどき料理」が作られることになりました。
「喜助さん、キノコのお裾分けに来たよ」
五郎が戸を叩くと、家の中からミツが顔を出す。
「おや五郎さん。毎年ありがとうね。うちの人、もうすぐ畑から戻ってくると思うから、お茶でも飲んで待っていておくれ」
家の中へ招き入れられ、出されたお茶を飲んで寛いでいると、喜助が野良仕事から帰ってきた。
「喜助さん、邪魔してるよ。今年も大収穫だったから、キノコ汁にでもして食べとくれ」
五郎が声をかけると、ミツも声を重ねる。
「早速、下ごしらえしてるよ」
喜助は
「五郎、ありがとな。お礼に、土間に置いてある野菜を好きなだけ持って行ってくれ」
と声をかけてから
「ミツ、キノコ汁にするだけじゃ面白くないから、キノコで『もどき料理』を作ってみないか?」
と提案した。
「いいけど、何を作るんだい?」
ミツが手を止めて喜助の方を見る。
「そうだなぁ……」
喜助はミツの方へやってくると、キノコを手に取って考え込む。
すると五郎も寄ってきて、切り落とされたキノコの根本に目をやりながら
「ヤマドリタケモドキの切り口は、貝柱みたいに見えるなぁ」
と呟いた。
「それだ!」
喜助の大声に、ミツと五郎が目を丸くして顔を見合わせる。
「ミツ、ちょっと包丁を貸してくれ」
喜助は包丁を受け取ると、石づきの汚れた部分だけを切り落として取り除き、残った軸の部分を輪切りにしてザルに載せていく。
「どうだい? 五郎の言ったとおり、ホタテの貝柱みたいに見えるだろう?」
喜助の言葉に頷きながら、ミツが横から口を挟む。
「そいつをどうするんだい?」
「そうだなぁ、焼いてもいいし、揚げものにしても旨そうだな」
「それじゃあ両方やってみようかね」
二人は阿吽の呼吸で作業を進める。
「さすが、おしどり夫婦だねぇ。息がピッタリじゃないか」
五郎にからかわれた喜助が、顔を赤くする。
「馬鹿なこと言ってるんじゃねぇよ。とっとと野菜を持って家に帰んな!」
「そんなに怒るなって。それじゃ、いくつかもらってくよ」
土間に置かれた根菜を数個選んで抱えると、五郎は自分の家に帰って行った。
「よし、まずは蒸し焼きにするか」
そう言って、喜助は鍋にヤマドリタケモドキの輪切りを並べ、塩を振ってから少量の水を加えた。
木蓋をして火にかけ、蒸気が出てきたら出来上がりだ。
蒸されて柔らかくなったホタテもどきを皿に取り出したら、次は揚げものの準備に取り掛かる。
濡れ布巾で鍋肌を軽く拭ってから、油を入れて火にかける。
鍋の油が温まると、喜助はヤマドリタケモドキの輪切りに片栗粉をまぶし、油にくぐらせていく。
カラッと上がったホタテもどきを皿に載せて塩を振り、先ほど蒸し焼きにしたものと食べ比べる。
「うーん、どっちかっていうと、蒸し焼きにしたものの方が、貝柱の歯ざわりに近いかもしれないねぇ」
ミツの言葉に、喜助も頷く。
「確かに、柔らかくてしっとりした感じが貝柱っぽいな」
「だけど、油で揚げた方もこれはこれで美味しいから、和尚さんには両方持っていってあげてもいいと思うよ」
「そうだな、そうするか。今日はもう遅いから、寺に届けるのは明日の朝にしよう」
「それじゃ、私たちの食事も用意しようかね。油が残ってるから、今晩はキノコ揚げでいいかい?」
「よしきた、俺も手伝うよ」
そんな仲睦まじい二人の様子を、戸の隙間から覗いている者がおりました。
五郎です。
先程ミツからお茶を出してもらった時、首にかけていた手拭いをはずしたのですが、うっかり置いてきてしまったことに気が付いて、取りに戻ってきたようです。
「邪魔しちゃ悪い雰囲気だなぁ」
小さな声で呟くと、手拭いは明日また取りに来ることにして、五郎はそっと戸を閉めました。
「俺も、嫁さんが欲しいなぁ」
独りごちながら家路を辿る五郎の背中を、大きな大きな夕焼けが、優しく労わるように照らし出しておりました。