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ウナギもどき

 昔々のことでした。

 ある山の麓に、小さなお寺がありまして、食べることが何よりも好きな和尚さんが住んでおりました。


 温厚な人柄で、里の人々に対してだけでなく、山で暮らす獣や鳥にも親切でしたから、多くの者に慕われていて、里でとれた野菜や穀物、それから山でとれた山菜・果実・キノコなどが、毎日のようにお寺へ届けられていました。


 何ともありがたいことでしたが、和尚さんは時々こんなことを考えてしまうことがありました。


「一度でいいから戒律を気にせず、思う存分に美味しいものを食べてみたいなぁ」


 人前では決して口にしませんでしたが、お寺の境内を掃除している時などに、ポツリと呟いてしまうことはありました。


 その日は、たまたまその呟きを耳にしていた者がいました。


 境内の木々を剪定しにきていた五郎という若者です。


 五郎は里の人々にも和尚さんの言葉を伝えて聞かせ、みんなで願いを叶えてあげようということになりました。


 けれども、戒律で禁じられている獣の肉や魚を食べさせる訳にはいきません。

 そこで里に住む人々は知恵を絞って話し合いましたが、なかなか良い案が思い浮かびません。


 すると、喜助(きすけ)という男が

「しばらく前に旅の行商人を家に泊めた時、『もどき料理』というのを教えてもらったんだ」

 と言い出しました。


 旅の行商人いわく、『もどき料理』というのは『野菜や穀物で作る、肉や魚に似せた料理のこと』だという話でした。


 そして、喜助は行商人から『もどきウナギ』という料理の作り方を教わったのだそうです。


「野菜や豆腐を使って、ウナギの蒲焼きそっくりの料理が出来るんだとよ。どうだいみんな、『もどきウナギ』を作って、和尚さんに食べさせてやらないか?」


 喜助の案に、集まっていた者達は大賛成。

 早速、材料集めに取り掛かりました。


 必要なものは、大和芋、ゴボウ、豆腐、焼き海苔、それから片栗粉。

 手分けして調達してくると、みんなは喜助の家に集まりました。






「さあ、始めようか。まずは、タワシを使って大和芋とゴボウの表面をこすりながら水洗いしてくれ」


「はいよ。よし、みんな! やるぞ!」


 喜助の声かけに、集まった人々が野菜を洗い始める。


「それから、誰かタレ作りを頼む。しょうゆ、みりん、砂糖を鍋に入れて、軽く煮つめておいてくれ」


「それじゃ、わたしがやろうかね」


 婆さまが進み出て、鍋に調味料を入れて火にかけた。


「野菜を洗い終わった後は、どうするんだい?」


 五郎が尋ねると、喜助はおろし金やすり鉢を指差しながら次の指示を出す。


「大和芋とゴボウは擦り下ろしてくれ。その後、すり鉢で潰した豆腐と一緒に混ぜるんだ」


 手際よく作業は進んでいき、喜助は最後にすり鉢の中へ塩と片栗粉を入れて、よくかき混ぜた。


「よし、あとはこれを焼き海苔に載せて平らに広げて……こうしてウナギの蒲焼きっぽくみえるように、包丁の背で筋模様をつけるんだ」


 喜助は説明をしながら、一つお手本を作って見せる。


「へぇ、なるほどなぁ。海苔をウナギの皮に見立ててるってわけか。それじゃ、俺達もやってみるか」


 感心しながら見ていた者たちは、見よう見まねで次々と「もどきウナギ」を作っていく。


「でも、このまんまじゃちっともウナギには見えないよ。どうするんだい?」


 気の強いミツが、喧嘩腰で喜助に尋ねる。


「まぁ、見てろって。こいつをこうして、油でこんがり揚げてやるんだ」


 そう言うと、喜助は油の入った鍋が温まるのを待ってから、先程みんなで作った「もどきウナギ」を次々と揚げ始めた。


 ジュワッという音を立てて、白っぽい色から美味しそうな黄金色へと変わっていく。


「こいつに、さっき婆さまが作ってくれたタレをかければ完成だ。みんな! 和尚さんに食べさせる前に、ちょっと味見してみてくれ」


 皿に載せられた揚げたての「もどきウナギ」に、婆さまがたっぷりとタレをかけ、ミツが小皿へと取り分けてみんなに配る。


 まず最初に、五郎が箸を伸ばした。


 サクリ。という歯応えの後に、ふんわりとした食感が続き、タレの甘味と香ばしさが口の中で広がる。


「おお……美味いっ」


 五郎の満ち足りた表情を見て、その場にいた他の者たちも次々と口に入れていく。


「やわらかい!」


「タレの味が濃くていいね。米が欲しくなる」


「こりゃあ、本物よりも旨いんじゃないか?」


 みんなの感想に、喜助は顔をほころばせた。


「みんな、忘れちゃいけないよ! これは和尚さんのために作った料理なんだからね」


 ミツの言葉に、里の者たちは顔を見合わせてうなずき合う。


「確かにそうだ」


「温かいうちに召し上がっていただこう」


 口々に言って、喜助と五郎の方を見る。


「二人で、和尚さんのところへ届けに行ってきな!」


 ミツは、一番形の良いものを選んで皿に載せ、タレをかけてから喜助に渡した。


「俺たち二人で行くのか? みんなで作ったんだから、一緒に行けばいいじゃないか」


「こんな大人数で押しかけたら、和尚さんを困らせるだけじゃろ。里の代表として、お前さんたち二人が渡してきておくれ」


 婆さまの言葉に、他のみんなも笑顔で二人を後押しする。


「そうだそうだ、俺たちはここで待ってるから、行ってきてくれ」


「そうだよ。みんなで一斉に来られたら、和尚さんだって驚いちまうよ」


「そうだな、二人にお願いするのが一番だな」






 そういうわけで、喜助と五郎は里のみんなを代表して、作った料理を和尚さんのところへ届けに行くことになりました。


「もどきウナギ」を口にした和尚さんが、どんな反応をしたのか。

 それはきっと、語るまでもないことでしょう。

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