バニラと桜
あの日、俺はあの子に恋をした。
2011年4月 東京
東日本を襲った大地震から一ヶ月、まだ不安が残る場所もある中で東京で仕事をしている俺は日常を取り戻し、今日も仕事をしていた。
俺の名前は間宮和樹。20歳。
職業、声優。新人だがそこそこ仕事もあり、バイトもせずやっていけてるのはありがたいことと思う。
今日はラジオの生放送のため、スタジオに来ていた。
いつも通りスタジオに入るといつも準備しているAD田崎さんの姿が見えない。
荷物をソファの隅に置くと、サイドテーブルに並べられたケータリングに気が付く。
「俺の好きなお菓子あるじゃん!」
小腹がすいていた俺はケータリングにあるお菓子を手に取ろうとし、そこにはいつもは無い紙切れ...メッセージカードに目がついた。
可愛らしい羽のついた猫が描かれたメッセージカードには一言『今日の収録も楽しみにしています』と
「田崎さんにしては可愛らしいな...」
AD田崎さんは20代後半の男性で体育会系な青年で失礼だがこういった女子力のある感じのものを持ってるイメージが全くと言っていいほどない。
「ならこれは誰だ?」
「あ、間宮くん、おはよう!相変わらず早いね」
「西田さん、おはようございます!まだまだ新人なんで当たり前ですよ」
「とか言って、売れっ子でしょ」
ケラケラと笑いながら言ってくるディレクターの西田さん、俺が初めてレギュラーでやってるラジオからディレクターをしてる気前のいいお兄さんだ。
「からかわないでくださいよ。あ、今日田崎さん居ないんですか?」
「アイツ、風邪ひいて休みだよ。あの元気だけが取り柄なのにな」
心配する素振りも見せず、ニヤニヤ笑って言う西田さんに復帰したら田崎さん弄られそうだな、と寝込んであろう田崎さんに心の中でエールを送った。
「じゃあ、やっぱこれは田崎さんじゃないんすね」
「あぁ、ケータリング?そうそうって...会わなかった?」
「え?」
「アイツ...にげたな...」
はぁとため息をついた。
「今月から入った新人の子にお願いしてたんだよ。ウチ、新卒なんて基本入れないんだけどちょっと業界の経験あるからなのか仕事はできる子でいい子なんだけど...ちょっと変わっててな」
何かを思い出したように笑いながら続けてこういった。
「まぁ、悪い子じゃないから見かけたらよろしくね」
「はぁ...はい」
よく意味がわからず返事を返すと、田崎さんはじゃあ今日もよろしく、と言い収録まで作業があるようでどっかへ行ってしまった。
「なんだったんだ?」
残された俺はメッセージカードを手に取ると綺麗で可愛らしい文字を眺める。
ふと甘い香りがメッセージカードからした気がした。
「バニラと...さくら?」
甘い香りだが嫌な香りでは無い...やさしいふんわりと香る匂いにほっとした。
俺はそのメッセージカードを気づいたらポケットにしまっていた。
きっと俺はあの時からなにかに惹かれていたんだと思う。
まだ姿も名前も知らない君に...