(自称)最強の男とポンコツ白魔道士の、迷いの森
光の届かない暗い暗い森の中、そこは冒険者たちが「迷いの森」と呼ぶ、ほどほどに攻略の難しいダンジョンである。
「ヒール!」
私の必死の魔法は発動したものの、目の前の剣士の怪我は血が止まった程度で、回復には程遠い。攻撃職の剣士は困ったように微笑んだ。
「うん、噂には聞いていたけど、本当に最下位の白魔道士なんだね」
「す、すみませんすみません!」
「いいよいいよ、このくらいなら自分で」
剣士が爽やかな笑顔で「ヒール」と唱えると傷はすっかりなくなっていた。回復毒消しが白魔道士の仕事だというのに、剣士に劣る自分の力量に泣きたくなる。冒険者が向いていないことは分かっていたが、どうしても「迷いの森」を探索したかったのだ。かろうじて素養のあった白魔道士になったのはいいものの、仲間にしてほしいと懇願した全員に「迷いの森はやめろ」と言われていた。
せっかく強い冒険者が同行を許可してくれたのに、この有様だ。剣士の腕に触れて、黒魔道士の女の子が呆れたように私を見た。斧使いの女の子も同じ視線だ。
「残念だけど、君をこれ以上森の奥には連れていけないかな。この奥は敵がかなり強くなるから。最初に聞いたようにダンジョンアウトの魔法はあるんだろう?」
「は、はい!」
自力で脱出できると主張したからこそ、剣士たち一行は私の同行を許可したのだ。ダンジョンアウトの魔法さえ使えば、事前に登録していた街の冒険者ギルドまで戻れる。ただし私のしょぼい魔法では、本来ならパーティで戻れるはずなのに私しか戻れないという大きな欠点があるのだが。
「ごめんね、流石に守り続けるわけにもいかないから」
「あなた、冒険者、続けるの、危ない」
「怪我をする前に帰るのよ!」
早く帰れと言われて、その場に残された私はポツンと佇む。彼らの後ろ姿が見えなくなるまで見送った。まぁ、迷いの森なので三メートルくらい離れるとすっかり見えなくなるのだが。
彼らは噂通りとてもいい人たちだった。だからこそこれ以上迷惑はかけられない。
ようやく来ることができた迷いの森だが、一人で生き残れるほど私は強くない。そもそもモンスターなんて倒せないのだ。
私が諦めて「ダンジョンアウト」の魔法を唱えようとしたときだった。
「おい!お前、こんなところで一人でなにしてんだ!」
ボロボロの青年が私を指さして驚愕の表情を浮かべていた。
灰色の髪に赤い目という、少し珍しい容姿の彼は、近づいてきた顔を見るとボロボロではあったが整った顔立ちをしているのが分かった。
「え、ええと。先ほどパーティから使えないので外されて」
「はぁ!?迷いの森に女の子を放置していくとか鬼かよ!」
「あの、でも、わたし、ダンジョンあう」
「そいつらどこだよ!俺様が殴ってやる!」
(俺様!?)
初めて聞いた一人称に驚愕していると、怒りからか鼻息の荒くしていた青年は血を流して倒れた。
「お兄さん!?」
「腹が、減った」
静かな森の中に、大きなお腹の音が響いた。
・
「悪いな。ご飯恵んでもらってよ。お礼に俺様が街までつれてってやるよ」
持っていた携帯食料を食べ尽くした彼は、にっこりと人のいい笑顔を浮かべる。一人称が俺様ではあるが。提案も気の良い青年そのものだ。一人称が俺様ではあるが。
「そのぉ、私が言えたことではないですが、なぜ一人で迷いの森に?」
「ムカつく野郎を殴るために追いかけてたらここにいるっつうから。んで、引き分けて今日のところは退散してやったんだ」
本当に引き分けたのかなぁと、若干疑いの気持ちを持ってしまうが、怪我を放置する姿が見ていられないので私はまずは手当をしようと声をかけた。
「あ、あの!ちょっと自信はないんですけど、見ての通り白魔道士ですので、手当てさせてください!」
白いとんがり帽子に同色膝丈のワンピース、そして同じく白のボレロは白魔道士の制服のようなものだ。ランクの高い冒険者になると着ることもなくなるが、初心者はだいたいこの服装である。
「白魔道士なのは分かるけど、なんで包帯と傷薬出してんだ?白魔道士なんだろ?」
「自信がないので!」
止血と痛み止め程度の効果しかない私の魔法を受けても、彼はがっかりという顔はしなかった。少し嬉しそうに、くすぐったそうに笑う。
「手間かけたな、白魔法なんて初めて使ってもらった。俺様は最強だから今まで必要なかったっていうのもあるけど」
「本当なら完全回復するのに」
肩を落として下を向くと、明るい声が聞こえてくる。傷薬の軟膏の蓋を開けては閉めてを繰り返した。
「そんじょそこらの奴と違って、俺様は丈夫だし治癒力が高いんだ。お前の魔法だって十分役立つ」
だから落ち込むなよと励ましてくれる姿を見て、ほわっと胸の奥が温かくなった。一人称は俺様だけど、とても優しい人らしい。
「あ、ありがとう。えっと名前を聞いてもいいですか?」
「名乗りが遅れたな。俺様はレイ。ちゃんとダンジョンの入り口まで連れてってやるから安心しろ。俺様のことはレイ様って呼べばいいぞ!」
「ええと、はい。私は、エマです。よろしくお願いします、レイさん」
なんとなく要望通りに呼んではいけないと感じて私は違う敬称を使う。それに少し不満そうに唇を尖らせていたけれど、次の瞬間には楽しそうな笑顔を浮かべた。
表情豊かな人だなぁと、エマもつられて笑う。せっかくの好意を無下にしたくもないし、彼も一人で迷いの森をうろついている身だ。私程度の魔法でも意味があるならついて行こう。なんだかちょっと心配だし。
・
「くっそー!」
襲ってきた迷いの森特有の植物の魔物シャウトウッドを追い払ったレイさんは地面を何度も踏んで悔しさを表現した。
心配の通り、レイさんは弱かった。
なんとなく分かっていたけれど、弱かった。最強の俺様という自信がどこから来ているのか非常に気になる。顔だけはいいので、これが世にいう残念なイケメンという生き物なんだなと、私は頷いた。
丈夫と言うだけあって、打ち身程度の怪我が多いので、確かに私の魔法でも役に立つ。それが嬉しくて、私はフェイさんの背を追った。ときどきちゃんとついてきているか振り返ってくれるのがとても嬉しい。
「エマは、男子のような珍しい髪型だな」
「あ、これは白魔道士の資格をとるために売ったんです」
「売った?」
「赤みがかった茶髪って意外と需要が多いらしくて。私、どうしても迷いの森で探したいものがあって、資格を取るための勉強資金を稼ぐにはそれしか方法がなかったし」
首が見えるほどに短い髪が珍しかったのか、レイさんが飲用の水くみをしている最中に質問してきた。それに私は水筒の蓋をしっかりと締めながら答える。
「ふぅん。まぁエマみたいな髪型の女の子なんてはじめて見たけど、似合ってて可愛いって俺様が認めてやるよ」
「ありがとうございます、レイさん」
褒め方が素直になれない子どものようで格好いいとは言い難いけれど、気持ちがとても嬉しくて私は笑ってしまう。男の人に可愛いと褒められたのは父親と兄以外では彼が初めてだ。
「で、何を探してんだ?」
「すっごく個人的なもので、依頼もし難いもの。その、お兄ちゃんの形見を」
「それって髪を売ってまでして、命がけで探すもんか?」
「皆にやめとけって言われます。でも、お父さんとお母さんを流行り病で亡くして、お兄ちゃん、全然強くないのに私を養うために若くても稼げるからって冒険者になって、最後はこの迷いの森で行方不明になったんだよ」
「ああ、なるほど。兄貴が死んだのは自分のせいだって罪悪感かよ」
その指摘はもっともで、私は口を閉ざす。何を言われても、それでも兄の形見を父と母の墓の中に入れたかった。
少し考え込んでいたレイさんが、拳を自分の前で突き合わせる。
「よし、この俺様がエマが形見を見つけるまで手伝ってやる!」
「えっ、だってこんなに広い森の中、いつまでかかるか」
「迷いの森のルートは3つって決まってるんだ、その中で一番危険度の低い道をまずは探せばいいだろ。まぁ、目立つところに遺品があったら冒険者ギルドに届けられているだろうから、ちょっと奥を調べる必要はあるだろうけど」
「今日はとりあえず街に戻るけど、準備を終えたら挑もうぜ!」レイさんは明るい声でそう言った。やめろと言わずに手伝ってくれる。そんな人に出会えたことに私は嬉しくなって涙がこぼれた。こんなの、好きになるなって方が難しい。
気になる点は一人称が俺様ってことくらいだもの。
「な、なんだよ!泣くほど嬉しいのか?そうだよな?」
「うん。そうだよ。泣くほど嬉しい。ありがとう、レイさん」
涙を拭って笑顔を浮かべると、レイさんはちょっと悔しそうな表情を浮かべていた。その表情は一体どんな感情なのだろうか。
・
「痛てぇ」
緑色の森ウルフを追い払ったレイさんは、爪でつけられた傷に顔を顰めた。
慌てて魔法を使う。うっすらと傷が消えたので、私の能力がほんの少し、爪の先程度は向上したのが分かった。
「毒消し魔法もします!?」
「いや、毒は食らってねぇから」
慌てた私の提案にレイさんは笑った。随分と道を戻ったので、後少しで入り口かつ出口だ。なんとか二人で無事に戻れることが嬉しい。
足早に駆けてふたりとも無事にダンジョンを脱出した。
「ありがとうございます、レイさん!」
「最強の俺様にかかればこの程度、朝飯前だな!」
胸を張るレイさんに拍手を贈った。なんかもうこのノリになれてきた自分がいる。冒険者ギルドまで一緒に行こうと言ったが、街に入った途端にレイさんに別れを告げられた。三日後に準備を終えてダンジョン前で集合しようと提案してくる。
「お礼にご飯をご馳走したかったんですけど」
「ごはん!い、いや、ちょっと街で一緒に行動するのはよくない。俺様のようなイケメンと歩いてはエマが変な諍いに巻き込まれてしまう」
「巻き込まれますかねぇ?」
ご飯と提案したときはとても嬉しそうだったのに、頑なに拒否されてしまった。まさか犯罪でもしていたのかとも思うが、これだけ善人のレイさんが犯罪者というのも結びつかないので、たぶん違う理由なのだろう。
街の中心部には向かわないらしいレイさんを見送って、なくなった携帯食料などの買い出しを行うことにした。
よろず屋で高くて買うことのできないヒールのさらに上級の魔法が書いてある本をじっと眺めて、そもそも私が使っても効果がないのだとため息をつく。
傷薬と包帯を買い足して、腰に下げているポーチに詰めた。
「宿屋に泊まるお金も厳しくなってきたなぁ」
私でも出来る、できれば住み込みの仕事がないか探しに冒険者ギルドへ向かう。壁に貼られた求人を読み込んで、住み込みではないが食堂で短期可で皿洗いの募集があったのでそれに応募した。
面接で緊張したけれども、わたしの髪の毛を見て苦労していると思った店主が同情してくれて即採用になった。日給としては力仕事より劣るものの、サービスで二食つけてくれるというのでかなりの好条件だ。私は感謝して頑張りますと意気込んだ。
形見探しを手伝ってくれる冒険者の人と出会って定期的に迷いの森に探索に行くことを伝えると、頑張れと応援してくれた。店主が優しい人でよかった。
冒険者が多く訪れるからか洗い物の量はびっくりするぐらい多かったが、できるだけ丁寧に働いた。
迷いの森までの旅費を集めているとき、色々と教えてくれた冒険者の先輩がいた。色んな仕事をしてきたという彼女が「頑固な汚れに浄化の初級魔法を使ったら落ちた」という話をしていたので、せっかくなので試してみたところ効果があった。お姉さんの豆知識のおかげで働きぶりを褒めてもらいながら、待ち合わせの日まで働いて過ごした。
・
「レイさん!」
「来たか」
食堂の店主が持たせてくれた水分の少ないパンと、携帯食料と、少しだけ多くなった荷物を抱えて迷いの森の前でレイさんと合流する。
「あの、ありがとうございます!おまたせしましたか?」
「別にいま来たところだし。それより荷物多くないか?」
「あ、あの、すみません!邪魔でしたか?ごはんとか、あとレイさん武器を使わないので傷薬とか包帯とか、武器屋のおじさんに話をして、レイさんの戦い方ならこれがいいってすすめられたナックルナイフというやつを買ってきたんですけど」
「ん、俺様に?」
「あの、高いものは買えなかったんですけど!」
ナックルナイフを受け取ったレイさんは早速装備している。身体を動かして確認している様子は、初めてプレゼントを貰った子どものようだった。
「それなら、ほら」
「こ、これは!」
「手作りだけどないよりいいだろ?」
手のひらサイズの木でできた杖を渡される。キラキラと輝く魔石は本物で、下手に装飾がないぶんいつまでも使えそうな作りで嬉しくなった。杖をくれるということは、仲間の魔道士として認めてくれたということだからだ。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
杖を握ってぶんぶんと振る。ワンピースの袖口に短いロッド用の収納部があるのだが、それを使う日が私にもきたのだ!
荷物を一度置いてから、杖を振り、利き手である右の袖口にロッドをセットする。
「バッチリです!」
「俺様が作ったんだからまあそうなるな」
レイさんは満足そうに頷いた。
苦戦はするものの、追い払うだけで怪我をしていた先日より、ずっと楽に迷いの森の中を進む。私が置いていかれた場所からさらに行った場所からは、導きのペンダントという魔導具が必要になる。それ自体は入手できていたが、ついに深部の手前に入るのだと思うと胸がどきどきとした。
「俺様がいるから心配するなよ」
頬に傷があるのを見て、私はヒールを使う。わたしの魔法の威力は低いが消費する魔力量も多くないので、こういう手軽な使い方ができるのだ。
「はい、よろしくお願いします!」
頭を下げた私を置いてレイさんが先に行ってしまうため、三メートル離れないように慌てて追いかけた。
・
「すみませんすみません、ロッドまで貰ったのに私の魔法の威力が低くて」
「別にこれくらい怪我のうちに入んねぇだろ」
止血はできたが怪我だらけでボロボロなレイさんとともに本日の探索は終了だと森から抜け出てきた。
謝罪を続ける私をレイさんがうざいと怒ってきたので口を閉じる。
私の前にレイさんが腕を突き出した。
「森に入ってから止血してもらった傷」
「な、治ってる?」
「だから、最強の俺様は頑丈だから、エマの魔法も十分役立つんだ。謝る必要なんかない」
「そ、そうなの?そうなんだ、すごいです」
目を合わせずに言葉を続けるが、レイさんが励まそうとしてくれているのだと思って、嬉しくなって笑った。
「私の魔法、役に立つんだぁ」
嬉しくなってヘラヘラと笑う私を、レイさんはまたあの、何かが悔しそうな表情で見てきた。どういう感情なんだろうか。
「化け物って思わねぇの」
嫌そうな、なんとも言えない言い方でレイさんが私に問いかける。化け物。化け物。言われてみれば普通の人ではありえない自然回復力だ。でもレイさんの見た目を考えれば当たり前のことだろうと思う。
「凄いとは思いますけど、それにレイさんの体質のおかげで、できそこないの私も役に立ってるんです!レイさん以外私に価値を見出してくれるひとなんて、人なんて」
言っていて悲しくなって俯く。そうだ、私が役立たずなのは変わらない。私より魔法が得意な人なんてごまんといて、レイさんは私でなければいけない訳ではないのだから。
「私なんかよりもっと強い白魔道士と一緒なら、レイさんもっと戦いやすいのに」
またじめじめとした考えに戻った私を、レイさんが睨みつける。
「俺が感謝してるのはエマなの!エマ以外なんて別に考える必要ねぇだろ!」
「う、うん」
肩を掴んで揺さぶられれば、レイさんの綺麗な顔以外見えない。どこか必死に言ってくるので、私も素直に頷いた。
レイさんは私を励ましたかったのに、落ち込んではいけないと笑顔を浮かべた。
ちょっと仲良くなったものの、森を出てすぐの言い合いがなんだか恥ずかしくなり微妙な距離感で街を目指して歩く。
ちらりと見上げたレイさんの顔も赤かったので、似たような感情なのかもしれない。
・
迷いの森の探索を開始して二週間が過ぎた頃だった、今日の探索を終えて並んで歩いていた私とレイさんの背後から声がかかった。
「化け物野郎がなんで女連れてんだ?」
それに驚いて振り返ろうとしたが、レイさんの背後に庇うように隠されて何も見ることはできなかった。
それでも言い方がとても嫌な感じだったので抗議したい。
「待ってください。レイさんは、や、優しい人です。化け物なんかじゃありません!」
ちょうど相手の顔が見えないのでいつもより強気に抗議した。なんというか私はつくづく小心者である。
「その赤い目、魔族の血を引いてんのは明らかだろ。髪は灰色だから人間とのハーフなんだろうけど、この街では有名な話だ。お嬢さん外の人か」
嘲るように言われて、私は衝撃を受けた。
レイさんが街の中で一緒に行動したくないと言ったのは、そういう理由だったのだ。
「私に優しいのも、親身になってくれたのも、元気づけてくれたのも、レイさんです!魔族だとかそういうのは関係ないです」
「ああ、魔族のことを何も知らない娘を騙してんのか。顔のいいやつは考えることがエグいねぇ」
私が言ったことを曲解されて苛立つ。違うのに、全然違うのに!まだ長期間と言えるほど一緒に行動してないけれど、それが違うって分かるのに!
私が魔族にはいい人も悪い人もいるなんて常識を知らない風に言われて苛つく。
話せば話すほどイライラするので、怒りで話もしたくなくなって、レイさんの服を掴んで彼の背中にしっかりと隠れた。顔を見たらまたイライラするだろうから絶対に見たくない。
というかレイさんの言ってたムカつく野郎は絶対にこの男だと思う。だってムカつくし。
「エマ、俺様から落ちるなよ」
呟かれたあと、レイさんに抱き上げられた。
「はやい!」
私を抱き上げたレイさんは街までの街道を駆け抜け、街の路地裏を通り、ひっそりとした場所にある整理整頓された部屋の中に連れてきた。そんなに早く走れたのか。
「な、なに、なに?」
「騙してたつもりはねぇんだけど、俺様が、俺が魔族とのハーフっていうのは本当」
「そうみたいだね」
「……言わなかったこと軽蔑しねぇの?」
「魔族って言われても、他の街じゃそんなに差別されないよ?珍しい見た目だけど、回復力が高くて人よりずっと長生きで、魔法が得意ってこと以外人間とそんなに変わらないし。ああでも、この街は確か、百年前に魔族による連続殺人事件があったんだっけ?」
私の話を聞いたレイさんは目を見開いて座り込んだ。
「そうなのか?この街の外じゃ魔族はもっと悪辣なことをしてて差別はもっと酷いって院長先生が言ってたのに」
呆然としている姿を見るに、レイさんはこの街の人に騙されてきたみたいだ。私にとっては優しくていい人も多かったのに、レイさんには違ったのだろう。この街の人にとってはそれだけ魔族がタブーなのだ。
「ねぇ、レイさん。この街を出る?形見はもういいから、レイさんは遠くに行ったほうがいいよ。魔族の街の噂も聞いたことあるし」
「でも、そこにエマはいねぇんだろ」
「えっ」
予想外のことを言われて顔を赤くしてしまう。
これはちょっと考えていなかった。でも、と、考え直す。迫害されてきた彼が初めて親しくした人間が私だったから好意を抱いてくれているというなら、やっぱり他の街に行かせたほうがいい。
「私は、レイさんが住みたい街が見つかるまで旅に付き合うよ!レイさん、いい人だから一人旅させたら騙されそうだし!」
頭の中の考えは大人なのに、口から出てくる言葉はどうしても恋する心が勝ってるんだよなぁ。でも、悪い提案ではないはずと思って、ドキドキとした胸の音を聞きながらレイさんの言葉を待つ。
「魔封じの紋章がなくなれば俺様は最強なんだ」
「へ?」
「最強の俺様だけど、魔封じがあるから、実はそんなに強くねぇ」
(それは知ってる)
レイさんなりに真剣な表情だったので茶化さないように心のなかで頷く。そんなに強くないというのは出会ったときから知っていた。
「旅に出て守ってやる自信がねぇ。でも、魔封じがあれば人間と同じ時間で生きられるから、解きたくねぇ」
「レイさん……」
魔族への魔封じは、子供の頃しかできない。それはハーフだとしても同じなのだろう。大人になってからは魔封じへの抵抗値が上がってしまうのだ。強くなって人間を捨てるか、弱いままでいるか、どちらかしか選べないと拗ねた子どものようだ。
「それに、この街に形見探しっていう心を残して行きたくねぇ」
「レイさん」
「俺様、約束は守る男だから、そこは分かっておけ」
「うん」
優しい表情で微笑むレイさんは、常に幼い言動が多くても、やっぱり大人なのだと感じさせて胸が熱くなった。ときめいてどうするんだと思うが、顔がいいのが多分一番ずるいのだと思う。
だって一人称が俺様なのに。
・
街の中でレイさんと親しくしている白魔道士として囁かれるようになったが、皿洗いの仕事は店主さんが表に顔を出す仕事ではないからと続けさせてくれた。
迷いの森でレイさんとの探索も大詰めに入っている。街に戻るより出口に向かったほうがいい、そのぐらいの距離まで来たらレイさんが街を出ることを決めてくれた。
迷いの森の出口付近にある小さな村は、入り口の街と比べると栄えていない。けれど、あの街と違って変な差別はなかった。レイさんも堂々と村の中を歩いている。
ついに明日が一つ目のルートの最後の探索だ。
「ヒール」
レイさんを相手に回復魔法を使いまくったからか、私は初級魔法のヒールだけは完璧に使えるようになった。村ではこうした治療で報酬を貰っていた。白魔道士が良くする仕事の一つだ。患者さんにお礼を言われてお金をもらう。私の背後でレイさんは少し不満そうな表情をしていた。
「レイさん、何を怒ってるの?」
「怒ってねぇよ」
「でも顔が怖いよ?」
「エマこそ、強くない俺様に協力を求める必要がなくなっただろ」
その言葉で、私が魔法を使えるようになったことで自分の協力はいらないと言われるのではと不安になっているのだと気が付いた。
「レイさんとじゃなきゃ嫌だよ」
そう伝えてもまだ納得していない様子のレイさんをじっと見つめる。
「別に、エマが俺様以外に魔法を使うのが面白くねぇとかそんなしょうもないことだし」
恋する私にとっては嬉しいことを自覚なしに言ってのけるのがレイさんだ。
・
「お兄ちゃん!」
誰かが発見した様子のない遺体を検分して、それから出てきた冒険者証を見て兄であることが分かった。三年も、こんな森の奥深くで眠っていたらしい。アンデッド化しないように浄化の魔法をかける。
兄の身体からでてきた白いものが私の周りを嬉しそうにぐるりと一周したあと、レイさんを見つめるように動きを止めてから、すうっと消えた。
「妹をよろしくされてしまったんだが」
封印されていても魔力量の高いレイさんには私とは違うものが見えていたのだろう。死んでもお節介なお兄ちゃんだったらしい。
涙をこぼさないように目を開いて、穴を掘って兄を埋める。冒険者にはよくある末路だ。魔物との戦いを必死で避けている私とレイさんはたまたま無事なだけだ。
兄の冒険者証を手に、レイさんにもう大丈夫と伝える。
泣くのは、森を出てからだ。
「次は、エマの故郷に行かないとな」
「うん」
しんみりした空気が重いが、私は前を向いて歩く。けれど、少し気が抜けていたのかもしれない。
足元にあった蔦が私を絡め取り宙吊りにする。どうやら巨大な魔物に捕まってしまったようで、レイさんが小さく見える。蔦で身体をぎゅうぎゅうに締め上げられて、痛みで呻く。
霞む視界に私を助けようと向かってくるレイさんがいた。でもこんなの、私達が勝てるわけがない。
ああでも、勝てない彼が好きだ。「怪我をしたから治して」って治療の必要のない怪我でも、構ってほしいときにわざとらしくお願いに来るところも好きだし、自分を奮い立たせるために「俺様」って一人称を使うところも、好きだ。
「ダンジョン、アウト」
「村の簡易ギルドに、レイさんと!」そう必死に願って、意識が無くなる寸前にありったけの魔力を込めて魔法を唱えた。もしものときのために村の簡易ギルドに登録しておいたのだ。
・
私の成長は本物だったようで、レイさんと無事に村に戻ることができた。帽子は失ってしまったが、それ以外は足首が腫れ上がり、身体に拘束されたあとが残ったくらいだ。
「ヒール」
傷を確認するからと、レイさんに締め上げられたあとの残った身体を冷たい視線で見られた。それに耐えかねて自分にヒールを使うが、魔力がなくなってて不発に終わる。
レイさんの視線が一段と冷たくなったので、足をスカートの中に隠した。
「珍しい魔法を持ってたんだな」
「その、元々は私しか帰れないポンコツ魔法で」
「ふぅん。ああ、エマを一人で置いていったのはそういう」
「ちょっと、言い出せなくて」
すっかり忘れていたとも言う。怒られるかとビクビクとする私にレイさんは空気を変えるように大きな声で笑った。
「実は俺様たち両思いだろ!」
ごもっともな指摘に私は顔を赤くする。お互いになんとなく分かっていて誤魔化し誤魔化しきたが、もうそんな事を言ってられなくなってきた。
「おっしゃるとおりで」
「だろ?本当に、えっ」
素直に認めた私をレイさんが凝視する。死にかけて思い浮かんだ言葉が全てあなたが好きだと言う言葉なのに、言わない訳にもいかない。
「レイさんが好きだよ。優しくて、強くないけど強くて、私のことをとても大切にしてくれるレイさんが大好き」
……まさか泣くとは思わなかったなぁ。
・
私の故郷に続く道と、王都に続く道がある。分かれ道の前で立ち止まって、レイさんに質問した。
「王都に向かえば、多分レイさんは格好いいと女の子にチヤホヤされて、ハーレムみたいのを作っちゃえるかもしれません」
「エマだって王都に行けば洒落ててちゃんと守ってくれる強いイケメンと舞踏会とかそういう出会いがあるかもしんないだろ?」
お互いジッと見て、私の故郷に続く道を手を繋いで歩き出した。
「いいのか、イケメンで強くて欠点のない男がいるかもしれないんだぞ」
「レイさんだって、まだ見ぬ官能的な美女がいるかもしれないのに」
私達はたぶん臆病なところが似ているのだろう。
「俺様はエマがいいんだよ」
「私も、私だけの王子様がいてくれたらそれでいいんです」
村の皆はレイさんを見て驚くだろうか。村での暮らしにレイさんは馴染めるだろうか。心配なことはたくさんあるけど、大丈夫だと思う。
だって私とレイさんは、こんなに弱いのに二人でB級ダンジョンを踏破できるくらいの名コンビなのだから。