初めての告白 **夏芽**
翌朝、私と直生が一緒に登校している時に、
「高田さん、ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?」
私の正面に立った男の子に呼び止められた。
その男の子は私の知らない子で。
「えっと・・・」
返事ができず、直生に助けを求めようと直生を見たんだけど、
「あっ、じゃあ僕は先に教室へ行ってるね。夏芽、また後でね」
「えっ、直生・・・」
直生は私とその男の子をこの場所に残して先に学校へ行ってしまった。
「あの、突然呼び止めてごめんね。俺、2組の坂野太陽って言います。あの・・・さ」
となりのクラスの人なんだ。私、知らないな。
「あのね。俺、高田さんのことずっと可愛いなって思ってて。でもいつもさっきの湯川くんと一緒にいるから付き合っているのかと思って諦めてたんだけどさ。噂で付き合ってないって聞いたんだ」
「はい・・・」
私のこと可愛いって言ってくれたのはとても嬉しいけど、何て返事していいか分からないよ。
多分私の顔は真っ赤で。
「あの、それでね。湯川くんとは本当に付き合っていないんだよね?」
「直生? 私、直生とは付き合っていませんよ」
「うん、良かった。あの、もしよかったら俺とお付き合いしてもらえませんか?」
えっ? これって・・・
私、もしかして告白されてる?
「えっ、あの。えっ? 私?」
「突然すぎたかな。返事は今じゃなくていいからさ。考えてもらえないかな」
「は・・・い」
「うわー! 良かった。俺、速攻で振られる覚悟だった。ありがとう。じゃ、返事待ってるね。じゃーね」
目の前の坂野くんは小さくガッツポーズを作り、私の前から走って居なくなった。
えっと。もしかして今、告白された?
告白されることなんて初めてだったから返事の仕方が分からなくて。
返事を保留するような返し方をしちゃったけど、それで良かったのかな。
それにしても、直生! どうして私を置いて先に行ってしまったの。
初めてのことだったから助けて欲しかったのに。
家に帰ったら文句言ってやる!
ブツブツ独り言で直生に文句を言っていたら後ろから来た綾乃に肩を叩かれた。
「なーつーめっ! 見てたよー。隣のクラスの子に告られてたね。なんて返事したの?」
「え、綾乃ってば見てたの? だったら声掛けてよー。どうしていいか分からなかったんだから」
「なに言ってんのよ、夏芽。直生だって気を利かせて先に行ったじゃない。夏芽と一緒に告白を聞いてどうするのよ」
「そう・・・かもだけどさ。何かアドバイス欲しかったし。結局返事保留みたいに言っちゃったよ」
「ま、あの子のこと少し知ってから返事してもいいかも知れないね。夏芽は直生と遥生しか男を知らないんだし。いい機会かもよ」
直生と遥生しか男を知らないって。
だいたい、あの2人に対しては男として意識してなかったもん。
それはこの前、直生に注意されたから意識するようにはするけどさ。
「じゃあ、坂野くんのこと知ってみるよ」
いつまでも直生と遥生に依存していたらだめだよね、私。
それに告白してくれた坂野くんの気持ちも大切にしなきゃ。
その日の部活が終わった帰り道、私と綾乃が話しながら歩くすぐ後ろにいる直生から坂野くんのことを聞かれた。
「夏芽、今朝の告白された返事はどうしたの?」
「どっ、どうしたのって。直生はどうして告白されたって分かるの?」
「そりゃ分かるでしょ」
直生はそう言うと綾乃と顔を見合わせて、2人で頷いている。
「えっと、返事は保留にしたよ。坂野くんって人を少し知ってみようと思うの」
綾乃に『私は直生と遥生しか男を知らない』と言われて、私は直生と遥生がいてくれたから今まで他の男の人のことは目に入ってなかったことに気付いたんだ。
きっとこのままじゃダメなんだろうな、って思ったの。
だから坂野くんのことを知ってから告白の返事をしてもいいんじゃないかなって。
「そう、なんだ。その坂野くんがいい男だったら僕は夏芽の恋を応援するよ」
直生は私が返事を保留したと言ったことに対して応援してくれるって言ってくれた。
その直生の予想外の言葉を聞いた綾乃が固まった。
「直生、それ本気で言ってるの? 夏芽が坂野と付き合うかもしれないんだよ?」
綾乃が信じられない、と言うように直生に少し詰め寄る。
「本気だよ。僕は夏芽が幸せになってくれたらそれでいいんだ。でも、少しでも夏芽を悲しませるような事があったら僕は坂野くんに容赦しない」
直生は少し怒ったように綾乃に答えた。
それは綾乃に対して怒っているんじゃないって事は綾乃も私も感じていて。
それでも直生が感情を出すのは珍しい。
一度も怒ったことがない、優しい直生しか私は知らない。
直生のその時の態度に違和感があった。
そして、直生から坂野くんと付き合ってもなんとも思わないと言われたような気がして少し淋しかった。
その日の夜、早々に晩御飯を済ませて私は遥生の部屋を訪ねた。
「はーるーきっ! 入るよ」
そう言いながら遥生の部屋のドアを開ける。
「わっ、夏芽。急に入ってくんなよ。びっくりするだろ。ノックぐらいしろよな」
「ノックなんて今までしたことないよ。遥生だって私の部屋に入る時にノックなんかしないじゃないの」
「大体夏芽はドアなんて閉めてないだろ。いつも行くと開けっ放しだぞ」
まあ、遥生の言う通りなんだけどさ。
「ごめん遥生。今度からちゃんとノックします」
しゅんとなった私を見て遥生が
「もういいよ。で、どうした夏芽」
遥生は笑いながら優しい口調で声を掛けてくれた。
もし勉強が忙しいから帰れって言われたらどうしようかと思っていたから少しだけ緊張してたんだ。
やっぱり遥生は口は悪いけど優しい。
「遥生、勉強忙しいの? 大変?」
「どうしてそう思う?」
「だってさ遥生が勉強大変そうだって、直生が心配してたよ」
「で? 直生の差し金で夏芽が俺の様子を見に来たって訳?」
「ちっ、違うから。確かに聞いたのは直生からだけど、私だって心配してるの」
「どう心配してくれてんだよ」
「だってさ、私と直生のテスト勉強に付き合ってくれてたから遥生自身の勉強をする時間が無かっただろうし。それが原因かなって思ってさ」
「ふっ、そんな訳ないだろ。そのくらいで俺が授業に追いつけなくなるなんてありえねえから」
「本当に? あの時のせいじゃないの?」
「ばかだな、夏芽。要らない心配してんなよ」
「だってさ、遥生に全然会えなかったし、高校生になってから私の部屋に遊びに来てくれるのは直生だけだったし」
「なあ夏芽、それって俺をただ心配してくれてるだけ? それとも俺と会えなくて淋しいって思ってんの? どっち?」
遥生からの思わぬ問いかけにドキっとした。
遥生の心配をしているだけだよね、私。
そうじゃなくて遥生に会えなかったから淋しかったの?
何も返事できない私を見た遥生は
「ははっ! 冗談だよ、夏芽。俺はいつもここにいるだろ。淋しくなったらいつでも来いよ。勉強中は相手してやれないけど、この部屋にいればいい」
遥生は全然変わってない。
ぶっきらぼうで愛嬌を振りまくような男の子じゃないけど、私は遥生だって直生と同じように優しいのを知っているから。
「うん、遊びに来るね。遥生がいつもの遥生で良かった」
「あ! 来るのやっぱり時々にして。夏芽は大人しくしてることができない子だったの忘れてたわ。あははっ」
ほんっとに遥生は全然変わってない!!