2-2「アルタイル」C
2-2 アルタイル
「同席、いいですか?」
声を掛けられたルミは顔を上げた。ルミと同じか少し上くらいの女性が、通路に立っている。
「どうぞ~。」
『あ~ルミ、ちょそれは』
人がいてはマズい。
それを聞いたルミはしまった!と言わんとして口を開きかけ、それをふさぐため口に手を当てた。
『まあ、またでいいよ。』
「ごめん...」
ルミは小声でつぶやいた。
「どこまで乗って行かれるんですか?」
先に口を開けたのはあとから来た女性の方だった。
「テラ・パシフィカまで。」
ルミはどうもうつろな様子だ。こんなにも淡白な彼女はそうそう見ない。いつもの彼女だったら、すすんで話しかけて会話をおっぱじめるはずなのだが。
「ほんとに!私もなんですー!。もしかしてこれ魔導書?ちいさくてかわいい!!。もしかしてなんですけど、あなたも騎士団に?」
彼女は騎士団に入るのか。
「いや、そういうわけでは。」
ルミの返事は相変わらず淡白だ。
てかなんやワシが小さい?このフォルムはルミのことを思うがためにこうしてるんであって、どうせだったら俺だってごっつい使い古された感じのかっちょいい魔導書になりたいもんだ。
「そうですよね...。あ、ごめんなさい急に話しかけちゃって。ライラって言います、私。」
ルミはうなずくばかりだ。
『なあルミ、思考が迷走してるみたいだけど、もしあれだったら俺にも相談してくれよ。』
彼女の記憶や考えていることは流れ込んでくるんだけども、やっぱり私の思考ではないし私の記憶でもないから、するすると私の頭からは抜けていく。彼女が私について考えていることくらいまでしかわからない。実際に触れてみると人間の思考って複雑なんだな。
人が違えばこんなにも違って、理解が出来なくなる。思考という活動は言葉によって形成されるから、同じ言語話者なら変わらないものかと思っていたが、こうも違うとは。ジェルドバに着いたらじいさん方にも伝えよう。これはオモシロい研究内容になるぞ。
「ねえケイ...、」
そんなことを考えていて、ふとルミに呼ばれて気が付くと周りが変だ。壁がやけに近いし四方を囲まれている。薄暗いし、列車の音が響いてやかましいし、
...あれここトイレじゃね。
『ルミ?...ここは...?』
どうやら少しお手洗いに、と一言残し、ここに入ったらしい。いつもの彼女だったら、同席者が、
”もしかして私がうるさかったのかしら”とか思うことを危惧して絶対しないだろうに。彼女は人の気持ちをすごく想う人だ。それだからに、今の彼女は変だと思うほどに、私には不思議に思えた。
「ねえケイ、あのさ...」
『どうかしたの?』
本当に彼女は小声だし、うつむき気味だ。小さな部屋で、蓋を下した便座に座って彼女はゆっくりと話し始める。
「ケイ...私自信なくなっちゃって。あの時、大丈夫って顔してほんとはさ、ケイがいなくなったって聞いたとき、本当に心配したんだよ。なんか、また会えなくなっちゃうじゃないかって、そんな気がして。変だよね。会えなくなったことなんてなかったのに。いつだってケイはあの雑貨屋で、私を待っててくれた。それなのに。また、また会えなくなるんじゃないかって。そんな気がしてさ。...怖かった。引きはがされそうで。」
彼女はすこし黙って、また続ける。
「...今もそんな気がしてきちゃってさ。ケイが魔導書になっちゃって、なんか変だけどほんとに、大丈夫だったんだって安心した。でもほんとはそんなことなくて、ケイが何か別のものになっていく気がして。おかしな話なのに、人が魔導書になるなんて、そんなこと受け入れられないかと思いきや、すんなり受け入れてしまった自分がいて、それが本当にケイがそうなってしまった証明になって。最初は人間の理を超越して、なにかになっちゃったケイがさ。人間の理から、零れ落ちていく気がして。わかんないから。わかんないから怖いの、私、ケイが何なのか。私たちとは違う何かになってしまうあなたが。今は話せるけど、明日起きたらただの本になってたなんて、そんなの嫌だよ...私。」
『そんなことかよールミ。お勉強が足りてないんじゃないの~?』
「何言うのよ、私は本当に...ごまかしてごまかして、それでもやっぱり怖い、私は。ケイが黙ると考えちゃうの。いつだって。」
私の軽さと相対し、彼女の言葉は震えていた。彼女は目尻を掻く。やはり彼女、例の一件から変だ。
いや、私のほうが錯覚していたんだ。勇敢で気が強く自信家な彼女は、いつだって繊細で、弱くて、そうして溜まる思いを心の奥底に押し込めてきたんだ。だから彼女は知っていたんだ、そうやってもがく人の苦しみを。だから彼女はいつだって明るくいた。それこそが、周りの人の明るさが、彼女自身を助けてくれたから。
『ルミ、大丈夫だよ。』
「なんで!なんでそう言うの。魔法の言葉だ、大丈夫って言葉は。でも魔法なんて、役に立ったことなんてない!。どんなに魔法を勉強して、いろんなことに応用できるようになって、教員免許ももらって、ケイといっぱい発明をして..旅を...ケイと...
...大丈夫って言われたって、信じられるわけないじゃない!!」
私は無意識の内に、彼女を抱きしめていた。目をつぶってうつむく彼女の背に手を回す。
「大丈夫だって。安心してよ。」
「...ケイ...?」
彼女が目を開けても、彼女の前に人はいない。あるのは小さき魔導書が一冊。
...まって今の何。
『あれ、いま俺...え?』
静かなる数分が流れた。彼女は気持ちを整えたようだ。にしても、さっきのは何だったんだろう。
「...でケイ、試したいことがあるんでしょ...。」
『あー、大丈夫?あれさっき』
「大丈夫。よく考えてみたら閾値超えただけだものね。それ自体が起こったことがおかしいってのはそうだけど。~海を流れるうたかたは、消えては空舞いまた泡となり、絡まる赤糸は深海を超え、ふたたび逢う日はいづれか来ぬ。」
彼女は歌う。
『で本題なんだけどさ、変化の魔法、ってあるでしょ。』
「あれね。」
『あれ、古代には人に化ける物も記述があるのは知ってるよね』
「知ってるよ。でも当時の文献によると、体系化の途中で断念って。どうしても体に干渉を起こすから、成功なんてほとんどしなかったらしいって。古代魔導文明の残した魔法の中でも、体系化に失敗したと伝えられてるのはこれともう数個くらいだって。」
『まずは中に入ろう。』
彼女はもう慣れたもので、すっと魔導書の中に入る。私は例の〈完全解説!古代魔導文明と古代魔法の全て!(第四版)〉を手に取った。
「先人の失敗はおそらく干渉を制御するのがむつかしかったんじゃないかな。体に魔方陣を描いたところで魔方陣は干渉の位置をポイントするものだし、。てかそういえば魔方陣の体系分析、五次元目の展開に最近成功したらしいよ、例の〈完全解説!古代魔導文明と古代魔法の全て!(第四版)〉作った人たちの話なんだけど。」
「すごいじゃない!いつ論文発表するの。」
「もうすぐなんじゃないかな。」
「レイヤーゼロの理解が促進されるね。ゲート開けれるようになっちゃったりして。ところでそのさっきの話の続きは?」
「ごめんごめん。そうそう。そこでなんだけどさ、その術式をルーンに変換して思い浮かべると文字が俺な魔導書に現れるでしょ?」
「それを使えば人に化けられるかも?っていうわけね」
「そゆことー。」
善は急げである。ただでさえ深度四、フラグメントで再現できる深度一の範囲以深だ。ルーンに変換したことで要求量が跳ね上がり、深度五以深になってる気がするが、理論上絶対にアルマダ以上である私のキャパシティーであれば深度十だろうといけるわけだ。そう思うと、ヤバいな。
そんなことを考えながら、トイレの個室に戻ってきた。ルミは私をもって待ち構えている。やるぞ。
ボン!という音がして、部屋が一瞬霧に包まれた。薄暗い部屋の中に人影が現れる。いかん、集中してないと意識が持っていかれるな。これは魔導書の中にある仮体とおなじ感じだ。
「すごい、手足の感覚があるぞ、ルミ!見てくれ成功だ!」
ルミはとても驚いた表情でこちらを見ている。
「すごいぞ喋れた!目も見える」
「ねえ...ケイ...」
「すげえぞルミ!動ける!」
「ねえケイ、気づかないわけ?」
「何か変か?確かに胸のあたりがちょっと変な感じがするけど、いや別にさわってみてもなにもないな、それ以外も特に。」
「なにもなかった...?」
バッチーンと脳天目掛けて手刀が飛んできた。
「なにあなた私に化けてんのよ!、てかなによ何もなかったって?何もなかったってどういうこと?ねえ、」
ルミに、化けた...?
ゆっくり書き進めてこうと思っています
小説執筆は初心者ですので生暖かい目で文章下手をあざ笑ってもらえれば
宜しくお願いします
雷霆を呼びし蒼天の王よ、蒼天を導く雷霆の君よ
スピカの血を分くノアの加護、たまひし守護よ、焔帝・四賢・霜幕
義の下に力を、仁が為に護を、叡智に従い軌跡を描かん