1-2「星空」C
1-2 星空
気づくとルミは落ちていた。
彼女の家具も、主星を失った衛星のように散らばり落ちてゆく。
雲の高さの倍はあるだろう。目下には大地と大海が広がり、雲量四割程度だろうか、綿雲の合間からその美しいアルバンガルド山脈が顔を出す。その奥に控えるアルバンガルド高地とその町、西の帝国までは望めないが、南はジェルドバ、北にはキルクルスの町と、かすかにだが砂海テラ・プロメサも見える。
「って、なにこれーっ!!」
ザツァの大森林が迫ってくる。
「やばいやばいどうしようっ」
叫ぶルミとは対照的に、私は実に冷静だった。こうやって目が覚
めるのは三回目だが、彼女が今私のことを考えているわけではないことも分かっていた。そして不思議なことに、これから何が起こるかも理解していた。
「何とかしてケイーっ!!」
大地が割れ海は裂け、世界は魚眼レンズで覗いたかのように歪み、彼女の目の前に暗闇が現れる。時空の切れ目のようなそれに彼女は落ちていった。
ルミが目を開けると、そこは暗闇の世界だった。彼女の周りには家具が散乱している。
地面はある。しかしそれは黒く、空や山も見えない。世界が黒い。
彼女は家具たちをよけながら進む。その闇の先に、何かを見つけたようだった。
彼女が進んだ先に居たのは、私だった。体があったころの私の形をした何かだった。
「こんなところに居た。」
にやっと笑ったルミは私の周りをぐるぐる周りながら観察する。
「寝てるのかな?」
なわけないやろ。
完全に脱力した状態で宙に浮いている私の抜け殻は、目の光は消え、精神がどこか別のところを見ているような感じだ。
おそらくここは私の魔導書の中。全く俺としたことがとんでもない物を作ってしまった。それにしても、この状況はどういうことなんだろう。
状況を整理してみる。ほぼ確実なこととして、私の精神は完全に魔導書に乗り移ってる。そして私の意識は、彼女が私のことを考えているときにのみ発現していると思われる。そしてもう一つ、おそらくの私な魔導書の中の世界に、私の抜け殻がある。
本当に謎だ。なんなんだ。全く状況がつかめない。そもそも魔導書の中に空間があるって何なんだ。
ここはルミが私の状況を理解して、なにか策を打ってくれるのを待つしか、ってまてーっ
ルミが私の耳をつねっている。割と荒療法だな...。
「起きない...」
いや寝てるわけじゃないと思うんだけど。
ルミの私を起こそうとする試みはどんどんとエスカレートしてい
く。ビンタ、腹パン、だんだん暴
力的になってきた。
「あ!もしやこれは、キスをすると目覚めるってやつでは??」
いや待て待て絶対違うから。そ
れお話の中だけであって絶対ちがうから。
一回深呼吸を置いたルミは中指を親指で抑える。デコピンの構えを取った彼女の右手は、私の額に照準を定めた。
彼女のデコピンは以前に何回かくらったことがあるが本当に痛い。慣れてるんだろうか、まっすぐに放たれる中指の衝撃は、額の神経を貫き頭蓋骨もろとも脳を爆散されるような痛みを伴う。
...なんか溜めが長くないか。
よく見ると彼女の中指と親指の間、稲妻が走っている。
まてまてまてまて、魔法込めて
ない??俺の脳天ぶち抜く気?
急に冷や汗が出てきた。いや今の俺から出るハズはないのだが、そんな感じがする。
目の前でルミが私の脳天に狙いを定め、殺人デコピンを向けている。ヤバイ、殺される。俺はまだ死にたくないぞ。
「あれ、起きた。」
気づくと目の前にルミがいた。
「ひ、久しぶり...ルミ...。」
手汗がヤバイ。浮いていた体は重力を思い出し、私はしりもちをつく。そのままその場にしばらく座り込んでしまった。
ルミと背中合わせで座っている。彼女も突然のことで、少し休憩が必要なようだ。私の背中にもたれ、
足を延ばした彼女に、これまでの
いきさつを端的に話した。
まずは伝えられていなかったお祝いの言葉。気づいたら魔導書になっていたこと。空からルミが降ってきたこと。おそらくここが、魔導書=私の中だということ。
しばらく彼女の背後霊状態だったことはまだ言ってないが、いつかは伝えないといけない。
たまっていたたわいもない話の後に、二人は散乱した家具の作る空間の中心で沈黙した。明るく黒い世界の真ん中で。
「なににせよ、ケイが無事で安心したよ。」
一呼吸おいて口を開いたルミの声は、いつもの元気なその声とは違い、少しか細かった。
「ほんとかー?まったく気にもとめてなったんじゃないの。」
「んなことないよっ」
彼女の顔が少し赤らんだ気がする。
またしばらく沈黙が続く。背中にルミの呼吸が伝わってくる。寝てしまったのだろうか。
そういえばこの体、心臓が動いてない。手で手を触っても温かみを感じないところ、この空間だけの仮の義体、といったところのようだ。彼女の思考も入ってこない。
そして重要、先ほどまでは立て込んでいて気付かなかったが、気を抜くと意識が持っていかれる。どうも意識していないと背後霊状態戻ってしまうようだ。
よかった。本当によかった。意識していればこの空間での義体に居られるということ、すなわち例の風呂事件を回避できるということだ。まだそんな段階じゃないから本当によかった。
しかしずっとここに居たんでは
外の世界も見れない聞けない何もわからない、本当に本になってしまう。解決策が見つかるまでは、彼女の背後霊でいよう。許せルミ。
「なあルミ、思ったんだけどさ」
「なに?」
「ルミこっから出れる?」
ふと思ったその疑問はすぐに不安へと変わった。どうすんの、入った時のように名前を叫べばまた出れるとか、そんなカンタンではないだろう。
「ふふーん、任しなさいって。」
立ち上がった彼女は意気揚々とそう言って、私の前に立った。
「わたしこれでも魔法学免許皆伝ですから。」
彼女の口調が変わる。てか皆伝って武術じゃあるまいし..。
「状況を見るに、この空間は古代
魔法の類ですね。空間形成の魔法は作成者の情報が直接海に干渉していると考えられています。ちなみにこれは魔法学IIIの空間系情報干渉系の範囲ですね。」
第三種って、教員免許どころか普通に大学で習う範囲の外じゃねーか。今も国立研究院レベルで研究中の分野だよそれ。
現代魔法は、すべての魔法の一割にも満たない。一分もないかも。
古代の魔法使いは魔法を創成していたと歴史には記されているが、現代にそんなことができる魔法使いはいない。現代使われている魔法は古代魔導文書や、より一般的なもので言えば古代魔導書群、エルマゴ魔導書群、ジャザ遺跡壁面魔導記などに記された古代魔法を再現しているだけにすぎない。専ら現代魔法はそういった文書の冒頭の、ごく簡単な基礎的権能のレベルしか再現できていないのだが。
その権能の範囲はごく狭く、簡単な、いわゆる元素と呼ばれる物質の創生や操作、ある程度の熱や運動エネルギの創生にとどまっている。それでも、人にとってはその力は強大で、現代文明は魔動機械に頼りきっている。
「なので、その答えがわかる人は今この世に一人もいません!」
そう自慢げにルミは言い放った。
「...まずくね?」
小声になって聞き返す。
私も独学ではあるが、ルミのおかげもあってか割と魔法学に関しては自信がある。むしろルミも魔法学IIIに関しては独学だ。
「まずいかも...」
そう呟いたルミの顔は、先ほどまでの自信に満ち溢れたものからみるみるうちに青くなっていく。
「ケイどうしよう...、このまま二人で一生...、悪くないかも」
今悪くないかもって呟かなかった?気のせい?いやいろいろまずいよ。
「ねえケイ、ケイが開けーって念じたら出口があいたりしない?」
やっぱりそう来たか。
第三種の研究に関しては、私もルミも個別情報干渉理論派だ。学界ではもう定説らしいし、私もどうも統合情報説は破綻してるように感じる。ちなみに私と違うところを上げるとするならば、彼女は有限的代償説派ではなく無代償無限権能説派だ。
普通古代魔法なんてのは、現代
魔法研究の成果をもってしても、当然のことながら念じただけで干渉が起こるわけがない。しかしすでにこの空間は、彼女が私の名前を呼んだだけで開いたのだ。
「今のところ、それくらいしかなさそうだね。でもそうするなら、詠唱はルミだよ。」
「なんで?ここってケイの干渉でできた空間でしょ?」
「うん。でも、」
私の本能が言っていた。
「今俺は、君の魔導書だから。」
目前に境界が現れる。少しづつ広がる隙間から、光の筋が彼女の顔を照らした。
「すぐに戻るから、待っててね、ケイ!」
彼女も、私がおそらくここを出られないことを理解していたのだろう。裂け目は狭まり、手を振る彼女がだんだん見えなくなった。
よくよく考えてみると、彼女は古代魔法を使ったことにならないか?、もし本当にそうだとしたら。
...新たに古代魔導書が発掘されたとかいう次元じゃない。魔法学教本全面書き直しだ。学会総動員だろう。
ていうかあんま気にしてなかったけど、人の魂が乗り移った魔導書ってだいぶヤバいのでは。
なんだか末恐ろしくなってきた。
ゆっくり書き進めてこうと思っています
小説執筆は初心者ですので生暖かい目で文章下手をあざ笑ってもらえれば
宜しくお願いします