強すぎヒーラーは守られたい。
「ルアン! 俺の後ろに隠れろ!」
「は、はい! サイガくん!」
鬱蒼と生い茂った森の中。立ちはだかる1つ目の巨人サイクロプス。そんな恐ろしい魔物から、剣士サイガは身を挺してヒーラーのルアンを守ろうとしていた。
「カッコいい! 素敵ですサイガくん! そんな布切れ一枚の大男、サイガくんなら余裕で倒せます!」
「そ、そうかな……? よし、やってやるぜ! ……おりゃあっ!!」
サイガは両手で握っている剣で、サイクロプスの太ももを思いっきり斬り付けた! まるで流星のような鋭い斬撃。サイガの手応えは十分だった。
「んが?」
「え……?」
何も感じていないような間抜けな声を発するサイクロプス。サイガは自分の剣を見つめる。手に持っているのは確かに剣だ。足元の草を軽く薙ぎ払うと、気持ち良いくらいによく斬れた。
「……よし、やってやるぜ! ……うおりゃあっ!!」
サイガは今のことは無かったことにした。今日は花粉が飛んでいて目が霞んでいる。それのせいかもしれない。サイガの目にも止まらぬ斬撃は、サイクロプスの足を滅多斬りにしていた!
「んが?」
「う、うぐ……」
全く同じリアクションを取るサイクロプス。サイガは薄々勘付いていた。もしかしたら、攻撃が効いていないのではないかと……。
「うが」
次はサイクロプスが攻撃を仕掛ける。持っている巨大なこんぼうで、サイガのことを軽く小突いた。
「うっぎゃああああああッ!!」
サイガは目にも止まらぬ速度で木を貫通していく……。6本の木を薙ぎ倒し、サイガはダメージの限界を超え気を失っていた。
「サイガくん……!」
剣士のサイガが再起不能となり、サイクロプスの狙いはヒーラーのルアンへ移る。ルアンは震える手で杖を握り締め、サイクロプスを見上げながら後ずさっている。
「はぁ〜……」
絶体絶命の状況の中。場違いな大きな溜め息が漏れていた。溜め息を発していたのは、ヒーラーのルアンだった。
「せっかくサイガくんがカッコ良く決めようとしていたのに、何を思いっきりぶっ飛ばしてくれちゃってるんですか……」
「う、うが?」
足元から凄まじいオーラを発するルアン。その迫力に今度はサイクロプスが後ずさっていた。ルアンは腰をかがめると、次の瞬間、サイクロプスの頭上まで飛び上がった。
「ちょっとは空気読め!!」
「うがあああああああッ!?」
ルアンは杖でサイクロプスの頭を小突いた。すると、サイクロプスは地面に首まで埋まっていた……。
「サイガくん……。完全に死に掛けですねこれは……」
サイガの元へ駆け寄るルアン。白目を剥いて気を失っているサイガを、ルアンは軽々と背中に担ぎ、サイクロプスが埋まる森から立ち去った。
(私はヒーラーなのに、何故か攻撃力とその他諸々が脅威的な数値まで上がりすぎてしまった……)
(こんな脳筋ゴリラな姿を、サイガくんに見せる訳にはいかないのです……)
「はっ!? ここは!?」
「良かったサイガくん! 気が付いたんですね!」
サイクロプスから遠く離れた平原で、ルアンはサイガに回復魔法を掛け、全回復させていた。
「サイガくんがサイクロプスを弱らせてくれていたお陰で、なんとか逃げ出せたんですよ」
「そ、そうか……。良かった……。ルアンが無事で何よりだ」
(サイガくん……! 自分のことより私のことを心配してくれるなんて……)
(めっちゃ弱いクソ雑魚剣士だけど、顔と性格は良い素敵なサイガくん……。私は彼に守られたい……!)
憧れのシチュエーションを妄想し、胸踊らせるルアン。……だが、現実とかけ離れたルアンの野望を実現させるのは茨の道であった。
「ばっはああああああっ!?」
「サイガくん!?」
渓谷では怪鳥の羽ばたきに吹き飛ばされ……。
「うぼあああああああっ!?」
「サイガくん!?」
海岸では巨大魚が起こす大波に飲まれ……。サイガはいつもあっという間にやられてしまうのだった。
「はぁ〜あ……」
サイガとルアンが所属する冒険者ギルド。サイガが休暇を取っている間、ルアンは一人、日頃のストレスを発散するために、魔力入りのソーダを浴びるように飲んでいた。
「サイガくんが気を失うたびに私が魔物を討伐するから、私の力はますます強くなっていく……。守られるシチュエーションはどんどん遠ざかる負のスパイラル……」
「ちょっと聞いたー? 魔族の噂ー!」
「人間のフリをした魔族がギルドの剣士をたぶらかして、魔族の力を注入して、魔族の剣士にさせちゃう事件が起きてるんだってー!」
「んん……? 何やら気になる話をしていますね……」
ギルドに纏わる事件の話が聞こえ、ルアンは、噂話をしている女子2人組の会話に聞き耳を立てる。
「魔族の力は物凄く強力なんだけど、人間の身体には負担が大きいんだってー!」
「強大な力で身を滅ぼさせるのが魔族の狙いなんだってー!」
「マジでー? 超怖いじゃーん!」
「ちょっとその話、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
「え……?」
ルアンは噂話をしていた女子に、知りうる限りの魔族の情報を聞き出した。そして、ルアンはさらに情報を集めるため、ギルドでたむろする人々から噂話を聞いて回った。
別の日。
「ウフフ……。今日は誰を魔族の力の虜にしてやろうかしら……」
木の陰から、不敵な笑みを浮かべる魔族の少女。人間に擬態している彼女は、ギルドから出発する剣士の品定めをしていた。
「あ。あそこの彼。いかにも力に飢えてそうな単細胞な見た目してるわね。……よーし。じゃ、さっそく」
「何をする気ですか?」
「……ッ!?」
不意に背後から声が聞こえ、背筋が凍る魔族。すぐに声の主から飛び退き距離を取る。
「アタシに気配を悟られずここまで接近するなんて……。あなた只者じゃないわね……!」
「あなたが不注意すぎるんです」
声の主はルアンだった。魔族の噂から潜伏場所を想定し、剣士を狙うため張り込んでいた魔族を、さらに張り込んでいたのだ。
「アタシの剣士狩りの邪魔しようって訳ね……。そうはさせないわよ……!」
魔族は平凡な人間の少女の擬態を解くと、魔族らしい浅黒い肌と尖った耳、真紅の赤い瞳へと姿を変えた。
「アタシの名はギナ。この名を聞いて生きて帰れた人間はいないのよ……!」
ギナは禍々しい槍を生成すると、両手で軽やかに回転させる。巧みな槍さばきから、戦闘経験の豊富さが伺い知れた。
「死になさい……!」
ルアンに向けて槍の突進攻撃を仕掛けるギナ! 間一髪。ルアンはギリギリで鋭い槍の一撃をかわしていた。
「一度避けたくらいで安心してんじゃないわよ!」
ルアンを一撃で仕留めようと、ギナは急所を狙った殺意に満ちた攻撃を続ける。だが、槍はルアンの細い身体に当たらない。針の穴に糸を通せない時のようなもどかしさがギナを襲っていた。
「な、なんで当たらないの……!?」
「今度はこっちの番です!」
ルアンは持っていた杖を槍のように構えると、ギナの槍と打ち合い始めた……! ルアンの猛攻に、ギナは押されていく……!
「そ、そんな馬鹿な……!?」
「はぁッ!!」
ルアンは杖の柄でギナの槍を弾き飛ばす! 体勢を崩したギナの首元に、鋭利な杖の先端を突き付けた……!
「勝負ありですね……」
「な、なんなのこの女……!? ヒーラーなのにこんな戦闘能力ありえないわよ……!」
涼しい顔でギナを睨むルアン。人間に負ける訳がないとタカを括っていたギナの自信は、完全に打ち砕かれていた。
「分かったわ……。もうギルドの剣士に手出しはしない……」
逆転する策もなく、敗北を認め、降伏するギナ。これで冒険者ギルドの平和は保たれた。……かに見えた。
「ちょっと!? 勝手にやめないでくださいよ!! 私はあなたに魔族の力を借りに来たんですから!!」
「えぇっ……!?」
ギナか思っていた反応と真逆の反応をするルアン。ルアンが、自分の野望を阻止するために現れたと思っていたギナは、激しく動揺していた……。
「私の仲間にサイガくんというそれはもうクソ雑魚の剣士がいるのですが、私はその人をもっと強くしたいのです……!」
「でも、彼は正攻法ではちっとも強くなりません……! いくら頑張っても弱いんです! 才能がないんですよ彼は! 夢も希望もない駄目人間なんです!」
「め、めちゃくちゃ酷いこと言ってるわよあんた……」
仲間の剣士に向かって言いたい放題のルアン。魔族のギナが呆れるほどであった……。
「そこであなたの魔族の力の出番って訳ですよ! 私はヒーラー! 魔族の力の代償を回復させてしまえば、実質デメリットはチャラになるという寸法です!」
「な、なんて恐ろしいことを……」
不敵な笑みを浮かべるルアンにドン引きするギナ。サイガを強くするためなら手段を選ばないルアンは、まるで魔族のようであった……。
「アタシがあんたの言いなりになるとでも思ってるの……?」
「思ってますよ。あなたは完全敗北して、私に顔と名前まで知られてるんですから。それをギルドにチクっちゃえばすぐに討伐されるでしょうねぇ」
「く……! どこまでも卑劣な女……!」
「ではでは。私の愛しいサイガくんをパワーアップさせるために協力してもらいましょうかぁ……」
ルアンはギナを従えると、サイガの元へと向かうのだった。
「お、ルアン。ようやく来たか。今までどこ行ってたんだ?」
ギルドで依頼を受けるため、ルアンをずっと待っていたサイガ。そんなルアンの後ろには、サイガの知らない少女が立っていた。
「うん? 誰だその子?」
「この子は私たちのパーティーに入りたいと声を掛けてきた子です。仲間に入れてあげたいのですが、どうでしょうか……?」
「あぁ。俺は別に構わないが……」
「どうも〜ナギって言います〜。よろしくお願いしますぅ……」
(クッ! なんでアタシがこんな奴の言いなりに……)
冒険者に擬態しているギナ。ギルドに手配されることを恐れ、ルアンに逆らうことが出来ず、三文芝居に付き合わされていた。
「今日は山中の魔物の討伐依頼だ。気を引き締めて行こう!」
「はいっ!」
「は〜い……」
サイガを先頭にギルドから出発する一行。ルアンはサイガに悟られぬように、小声でギナに話し掛ける。
「手筈は分かっていますよね……? 魔物が出現したら、あなたは強化魔法を掛けるフリをして、魔族の力をサイガくんに分け与えるんですよ……?」
「わ、分かってるわよ……。それが済んだら、こんなくだらないことからさっさと解放してもらうからね……」
剣士を破滅させられる訳でもなく、ただただルアンの陰謀に付き合わされているギナは、欲求不満な気持ちを募らせていた。
「ナギ。大丈夫か?」
「はっ!? な、何が!?」
突然サイガに話し掛けられ、飛び上がって驚くギナ扮するナギ。サイガに魔族の力を渡す計画を立ててはいるが、サイガとの会話は想定していなかった。
「俺たちがチームを組んで初めての討伐任務だ。何かと不安なことが多いと思ってな……」
(こ、こいつ……。初対面のアタシのことを心配してるっての……!?)
「だ、大丈夫……。別になんともない……」
「そうか? なら良いんだが……」
サイガの優しさに触れ、動揺するギナ。魔族であるギナは、気遣いや思いやりの気持ちを向けられる経験に乏しかった。
「ちょ、ちょっと……! 何ぽわわんとしてるんですか!? サイガくんに色目使わないでくださいよね……!?」
「は!? そんなんじゃないし! 全然こんな奴なんとも思ってないし! か、勘違いしないでよね!? バーカ!!」
「やめてくださいよ! そんなテンプレートなツンデレ!」
そう言いつつも、今まで感じたことのない気持ちにドキドキが収まらないギナ。そんなギナの様子に、ルアンは敏感に反応していた……。
「ッ!! 出たぞ! 魔物だ!!」
「……!!」
サイガの声に瞬時に反応するルアンとギナ。3人の前に、巨大なライオンのような魔物が姿を現していた。
「こいつが討伐目標のライオールだ!! 2人は後方支援を頼む!!」
臆することなくライオールに挑むサイガ。サイガの視線が魔物に集中している隙に、ルアンはギナにアイコンタクトを送った。
「さっさと終わらせる……!」
サイガに手を向けるギナ。手のひらから放たれた漆黒のオーラが、サイガの全身を包み込む。
「おぉっ!? なんだか力が溢れてきたぜ! これならどんな敵でも倒せそうな気がするぜ!」
「よし! これでサイガくんに魔族の強大な力が……!」
「ぐっぎゃああああああっ!!」
「え……?」
ライオールの一撃で山道を転がり落ちるサイガ。いつもと同じように、魔物のワンパンで気を失っていた……。
「どうなってんですかこれ!? ちゃんと真面目にやってくださいよ!?」
「真面目にやってるわよ!! こいつの力があまりにも弱すぎて、魔族の力でも足りてないのよ!!」
「な!? そんな馬鹿な!?」
ショックで固まるルアン。彼女らの思惑など関係ないライオールは、暴れ足りない様子で荒々しい唸り声を上げている。
「せっかくこんな手間を掛けた計画を、こんなところで諦める訳にはいかない……! サイガくんを回復して、もう一回チャレンジしましょう!」
サイガを回復するため杖を構えるルアン。回復に集中している彼女は、無防備の隙だらけな状態だった。
(チャンス……! ここであの女を仕留めることが出来れば、アタシは晴れて自由の身……!)
回復の隙を狙い、ギナは短剣でルアンを狙う……! だが、武器を手にしたギナの動きに、ライオールが反応していた……!
「何やってんですか!? 魔物に狙われてますよ!!」
「えっ……!?」
ルアンを狙うことしか頭に無かったギナ。襲い掛かるライオールに為す術がなかった……。
「……ひっ!」
目を瞑りライオールの一撃に備えるギナ。しかし、振り下ろされたはずの爪はギナに届いていない。恐る恐る目を開けるギナの前には……。
「だ、大丈夫か……? ナギ……?」
「サ、サイガ……!?」
回復しきっていないにも関わらず、最後の力を振り絞り、サイガはライオールの爪からギナを守っていた。
「あ、あんたこんなボロボロなのにアタシのことを……!?」
「俺のことは良いんだ……。君が無事で良かった……」
「サイガ……!!」
「いやああああああ!! それええええええええ!! 私がやってもらいたかった奴なのにいいいいいい!! ああああああああああッ!!」
念願のサイガに守られるシチュエーションを、あっさりギナに奪われ絶叫するルアン。サイガは再び気絶し、ギナは心配そうにサイガを抱き締めていた……。
「ちっくしょおおおおお!! ライオール!! お前の!! お前のせいで!! お前のせいでええええええ!!」
ルアンのターゲットはライオールに向けられた……。計画は無惨に失敗し、憧れのシチュエーションは他の女に取られ、さらに良い感じの雰囲気を醸し出している……。ルアンの怒りは最高潮に達していた……。
「“ヒーリングエクスプロージョン”!!」
杖をライオールの頭部に叩き付け、過剰に高まった回復魔法を体内に流す! ルアンの怒りの一撃でライオールは跡形もなく吹き飛んでいた……。
「はっ!? ここは!?」
ルアンの回復魔法で意識を取り戻したサイガ。ルアンは今までの鬱憤を晴らすかのごとく、サイガを膝枕して丁重に介抱していた……。
「サイガくんの気迫に押されて、ライオールは崖から転落して死にました……! さすがはサイガくんです……!」
「そ、そうか……。ふたりが無事で本当に良かった……」
「キュン……!」
サイガの言葉にときめくルアン。……ときめいているのはルアンだけではなかった。
(な、なんで魔族のアタシがこんな奴に……!!)
サイガの言葉に鼓動が早くなるギナ。動揺を隠し切れず、その場にいられなくなったギナは姿を消した。
(あっ! あの魔族、おいしい思いだけしていなくなってる! コンチクショ〜! 次に会ったらタダじゃ済まさないですからね!)
サイガを強くする作戦を失敗し、理想のシチュエーションを体験して去っていったギナ。ルアンはそんなギナに対し、激しい憎悪の炎を燃やすのであった……。
それから数ヶ月後。
「くぅ〜……。結局あれからサイガくんを強くする方法は思い浮かばないまま……。このままではますます私ぁけ強くなって、サイガくんとの実力差は絶望的なほど広がってしまう……!」
ルアンは1人、ギルドに向かいながらどうすればサイガに守られるシチュエーションに漕ぎ着けるのか考えていた。しかし、いくら考えても良い案は浮かばず、ルアンは途方に暮れていた。
「そもそも私を守れる人間なんてこの世に存在しないのでは……? ん? 背後に殺気!?」
ルアンは咄嗟に、杖で背後からの不意打ちを防いでいた。金属音を響かせながら、衝撃で激しい火花が散っていた。
「この私の背後を取るなんて……。どこの誰かと思ったらあなたでしたか……」
「あの時の借りを返しに来たわ……!」
ルアンの背後に立っていた人物、それは槍を構えた少女の魔族、ギナだった。ルアンはただならぬ雰囲気を感じ、じっとギナを睨みつける。
「あれだけコテンパンにやられて、性懲りもなく現れるなんて……。命は大事にした方が良いですよ?」
「あの時のアタシとは違うわ。あなたに負けてから、魔界に籠もって厳しい修行を積んだのよ……。今のアタシをあの時のアタシと同じだと思わないことね!」
「ふぅ、やれやれ。そこまで言うなら試してあげても良いですよ。ついてきてください」
ルアンはギナを連れ、ギルドの近隣にある平原へと向かった。2人は距離を取り、各々杖と槍を構えた。
「行くわよ……。覚悟は良いわね?」
「いつでもどうぞ」
お言葉に甘えてと言わんばかりに、ギナはルアンに向かって飛び込んだ! 嵐のような槍の連撃がルアンに襲い掛かる!
「うっ! なるほど! 言うだけのことはありますね! 何があなたをそこまで変えたんです?」
「アタシにあんな屈辱を味わわせたのは、あんたが初めてだった……! アタシはなんとしてもあんたに借りを返したいのよ!」
「くだらないですね……! 魔族ってそんなに暇なんですか?」
ヒーラーどころかギルド内ですらトップクラスの強さを持つルアン。そんな彼女の力に、今のギナの実力は決して劣ってはいなかった。
(あのアバズレ魔族がまさかここまで実力をつけていたなんて……。フフフ……。なんだか楽しくなってきてしまいましたね……!)
今までどんな相手も簡単に倒せていたルアン。だが、ギナはルアンに匹敵するほどの実力を身に付けていた。力を加減せずに戦える相手を前に、ルアンの胸は踊っていた。
「はぁ……はぁ……! いい加減、くたばりなさいよ……!」
「そっちこそ……! いつまでも、しつこいんですよ……!」
戦闘が始まってから1時間は経過した頃。ルアンとギナの戦いは未だに決着がついていなかった。さすがのルアンも疲労の色が隠せなかった。
「グオオオオオオンッ!!」
その時、上空から咆哮が鳴り響いた。ルアンとギナは、同時に声の方へ顔を向けた。日光を遮るほどの巨体が翼を広げて羽ばたいていた。
「あれは、ドラゴン!? なんでこんな奴が突然!?」
「ありゃりゃ〜……。これは、私たちの覇気に引き寄せられちゃった感じですかね〜……」
「のんきなこと言ってんじゃないわよ! 来るわよ!?」
ドラゴンの口は赤く発光していた。ルアンとギナ、2人に命中させようと狙いを付けているのは明らかだった。
「私もドラゴンなんかとは戦いたくないですよ! ここはさっさとトンズラさせていただきます! ……って、あなた! なんで私の方に走って来るんですか!? あっち行ってくださいよ!」
「あんたこそ! 逃げるなら向こうへ行きなさい! アタシはその隙に逃げるんだから!」
言い争いながら、ドラゴンから猛ダッシュで逃げるルアンとギナ。くっついて走る2人に、ドラゴンはしっかり照準を合わせる。
「グオアアアアアッ!!」
「うわーっ!?」
ドラゴンの口から、隕石のような火球が放たれた! ルアンとギナは同時に前方へ飛び込み、かろうじて炎から逃れていた。
「いったぁ〜……。あ、足を挫いてしまったようですね……。こ、これはマズいかも……」
火球から逃げる際に、ルアンは足を捻ってしまっていた。身動き出来ないルアンに向かって、ドラゴンは急降下していた!
「や、やられる……! サイガくん! 助けてぇ〜!」
ルアンは叶うことのない願いを叫びながら、最期を覚悟し目を瞑った。
「……ん? あれ? 私、まだ生きてる……?」
ルアンはゆっくり目を開けると、ドラゴンの前に人影が立っていた。その人物はサイガ……ではなく、槍を構えた少女の魔族だった。ギナは槍でドラゴンの攻撃を必死で受け止めていた……!
「ギ、ギナ!? あなた、何のつもりですか!?」
「か、勘違いしないでよね! アタシはあんたを助けた訳じゃない! ここでドラゴンにやられてしまったら、借りを返せないのよ!」
「キュン……!」
ルアンはときめいていた。それこそ、今まで彼女が望んでいたシチュエーションだったのだ。だが、その相手はサイガではなく、同性の魔族である……。ルアンはその事実を自覚すると、顔を真っ赤にしていた。
(な、なななな、なんで私があの魔族にときめいてるんですかぁ!? ありえない! こんなの悪い夢ですよ!?)
「グオオオオオオンッ!!」
困惑するルアンを余所に、ドラゴンは咆哮を上げ、槍をへし折ろうと力を込め続ける!
「くっ……! スタミナを消費していなければ、こんな奴……! うわああああっ!!」
槍を折られ、その衝撃でギナは尻餅をついた。ドラゴンの口は、再び真紅に染まっていた。
「今の私はそれどころじゃないってのに……。いい加減鬱陶しいですね……!」
ルアンは立ち上がっていた。まるで怪我などしていなかったかのように、軽やかな足取りでドラゴンよりも高く飛び上がっていた。
「“ヒーリングメテオブレイク”!!」
杖の先に巨大な炎を纏わせ、ルアンは強烈な一撃をドラゴンに放った! 杖はドラゴンの脳天を直撃し、ドラゴンは地面を破壊しながら力なく息絶えた。
「あ、あんた……! なんで動けるのよ!?」
「忘れたんですか? 私はヒーラー。この程度の怪我、治せて当然じゃないですか?」
「そうだった! あんたヒーラーだったんだわ! 忘れてた!」
「失礼な人ですね……。まぁ、回復する隙を作ってくたれのは礼を言います……。あ、ありがとうございます……」
「はぁ!? や、やめなさいよ! あんたとアタシは敵同士なのよ! 気持ち悪い!」
「グサッ! こっちだって別に、本当はあなたにお礼なんか言いたくないですよ!」
(あー! モヤモヤするぅ! なんなんですかこの気持ちは!? なんで私はこの魔族を見ると胸が高鳴ってるんですか!?)
ルアンはギナのことをまともに見られなくなっていた。自分のことを守ってくれたギナに、ルアンは恋心のようなものを抱いてしまっていた……。
「おーい! ルアン大丈夫かー!?」
「あっ! サ、サイガくん!?」
「あ、あいつは……!?」
手を振りながら駆け付けた人物。それはルアンの想い人、サイガだった。息を切らせながら、サイガはルアンの肩を掴んだ。
「ルアン! 怪我はないか!? ドラゴンの目撃情報を聞いて駆け付けたら、君の姿が見えたんだ……! ドラゴンはどうしたんだ!?」
「ギクリっ! えっと、ドラゴンはなんか暴れ疲れて眠ってしまったようですね! まったく、人騒がせな奴ですよ!」
「そうか! とにかく、ルアンが無事で良かった! ……そういえば、ルアンの側にもうひとり誰かいたような……」
「えっ? あっ! あの魔族、またいなくなってる!?」
ルアンは辺りを見回すが、すでにギナの姿はなかった。ギナへの想いで、ルアンは悶々とした気持ちを抱え込むのだった。
◇
「サイガ……。あいつのことを想うと、なんでこんなに胸が苦しいんだ……」
一方、ギナはサイガへの想いを忘れられずにいた。ルアン、ギナ、サイガ。3人の奇妙な三角関係が爆誕したのだった……。