サウラ王女は逆境をはねのける
その晩、わたくしは、陛下にめどおりしました。ラナーンさん、ハヴェル、それにティオも一緒です。
ところが、その場にはシェケル公爵も居ました。ハヴェル、どういうことなの、なんとかするといっていたくせに……!
ラナーンさんが礼儀にかなったお辞儀をし、わたくしも続きます。ラナーンさんは喋りません。
「陛下、お食事の前にお話が……」
「サウラ、どうして騎士隊長をつれてきたのだ?」
陛下は険しい表情です。まるっとした福々しいお顔で、お髪もおひげもまっしろになって仕舞われましたが、まだまだお元気で、近隣諸国との小競り合いには自ら出向かれます。
わたくしは目を伏せています。ハヴェルとティオについては、従者をつれてくるのはおかしくないのでなにもいわれなかったようです。ティオのような従者はいないのに、陛下はわたくしの従者の顔を覚えていらっしゃらないようね。
「わたくしが申し上げたいことに関わりあるかたなのです」
「まさか、シェケル公爵のいうとおりに、そのエラストス人と結婚するというのではあるまいな……」
陛下の声には嫌悪がにじんでいました。シェケル公爵が咳払いします。「陛下、この際、彼の出自は問題にすべきではないでしょう。それよりも、サウラ姫と彼が結婚すれば、法に則って姫は宮廷を出ることになります。姫の素晴らしい人造生命も居なくなるということです」
「むむむ……」
わたくしの人造生命はこのところ大きく進歩し、宮廷の仕事の一部を担っています。まだ、荷運びや、お掃除くらいですが、将来的には書類の作成などにも参加させる予定でした。
わたくしは静かにいいます。
「陛下、たとい宮廷を出ようと、わたくしは王家のために人造生命をつくり続けます」
「王家や貴族以外の男に嫁いだ者を信用できぬ」
陛下は頑なです。シェケル公爵にラナーンさんの悪い話でも聴いているのでしょうか。
ラナーンさんはじっと、動きません。ハヴェルもティオも、大人しくしてくれています。
「では、誓いましょう。イノヴァシオン人は医学の神に立てた誓いを破れはしません」
「お前がエラストス人に嫁げば、エラストス人になるようなものだ」
「エラストスでも医学の神は最高位でしたわ」
「むむ……!」
シェケル公爵が陛下を遮りました。
「陛下、姫は周りが見えなくなっているようです。それもこれもすべて、この男の所為。騎士隊長でありながら、王家に仇なすとは……覚悟!」
シェケル公爵は妹さんと同じく、ガラスに関する魔術や錬金術の才能があります。
シェケル公爵が手を振ると、尖ったガラスがあらわれ、わたくしの隣に居るラナーンさんに襲いかかりました。
ラナーンさんの体にガラスが突き刺さります。わたくしは悲鳴をあげました。
ラナーンさんの体が崩れ落ちます。
「姫、目を覚ましてください。これも姫の為なのです」
シェケル公爵はそういいますが、ガラスが二枚、わたくしの腕をかすって、袖が裂けていました。痛みがじわじわとひろがり、服に血がにじみます。
わたくしは思わず、笑ってしまいました。
「あなた、この程度の魔術もコントロールできませんの……」
「こん……?」
「制御という意味ですわ」
ティオの言葉が移ってしまったようです。わたくしは倒れたラナーンさんを見詰め、古イノヴァシオン語で命じました。「ケス、あなたを傷付けた男に復讐なさい!」
ラナーンさんが起き上がりました。公爵はまぬけ面をさらしています。魔術学校では上級課程でみっちりならう古イノヴァシオン語ですが、専属の教師から教わらなかったのでしょうか? それとも、覚えられないほどにばかなのでしょうか。
ラナーンさんは……いいえ、昔から望んでいたとおりに、動きやすくて大きな、木と革紐と布と綿でできた体を得たケスは、シェケル公爵へ顔を向けました。「姫さまのいうとおりにする!!」
ラナーンさんとは似ても似つかない甲高い声で喚いたかと思うと、ケスはシェケル公爵へ飛びかかりました。
シェケル公爵が叫びます。「無礼な!」
「無礼なのはあなたですわ!」
わたくしはいいかえして、ハヴェルとティオ……ミグダルとミヴツァルに命じます。
「お父さまをまもって!」
「わかった!」
「やる!」
こちらも甲高い声で喚き、陛下の傍へ走っていきました。陛下はびくっとして、立ち上がりましたが、ミグダルとミヴツァルは見た目は可愛い女の子です。攻撃される気配もないし、すぐに警戒心を解いたようでした。
「サウラ……これは一体?」
「お父さま、シェケルはイノヴァシオンを崩壊させようとしているのですわ」
「なにを!」
公爵はケスに殴られながら抗議しようとしていますが、ケスは折角のあたらしい体を傷付けられてご立腹です。木の手でぽかぽかと殴るのを辞めません。
公爵は憐れにも、目蓋を腫らし、鼻からは血を出して、色男が台無しでした。
「わたしは、わたしこそ国を思って」
「姫ー、おくれてごめーん」
のんびりした声がして、ほんもののハヴェルがやってきました。シェケル公爵の妹さんも一緒です。
公爵の妹さんは、泣きじゃくっていました。
「お兄さま、なんてばかなことを!」
「クラヴ、何故ここに?!」
「フロイントがわたしを救い出してくれたのですわ。お兄さまがすでに何人もの子どもを持っていると知ってしまい、幽閉されたわたしを!」
シェケル公爵ががくっと崩れ落ちました。
ハヴェルがクラヴ・シェケルさんに手巾を差し出します。
「ほらほらあ。まあなんにせよお、こんな可愛い妹を泣かせるなんて、男として最低っていうかあ? 少なくとも、姫さまの結婚相手には相応しくないよねえ」
「なっ、なっ、なっ、……」
「お兄さまはラケンさまやルトゥラーさまとも通じています! 手紙を見付けましたわ!」
クラヴさんは喚いて、封を切ってある手紙をぶちまけました。ラケン、ルトゥラーというのは、お父さまの年の離れた妹達で、法に従い、結婚して宮廷を出ています。
ハヴェルを見ると、彼女はぺろっと舌を出しました。「ティオちゃんが、シェケルひとりじゃできないだろうっていって、クラヴちゃんと三人でさがしたんだよお」
「私兵が居たでしょうに。ロゼンをかしてあげればよかったわね」
「んーん、わたしが全員片付けたよお」
忘れてしまうことも多いですが、この子は食べて寝ているだけではないのでした。
わたくしが啞然とした時に、ぽこぽこ殴られ続ける公爵を捕らえるため、ラナーンさんを筆頭に騎士達が雪崩れ込んできました。
わたくしと結婚し、お兄さまや弟達を殺してわたくしを王位に就け、ラケンやルトゥラーと一緒に実権を握る。
それが、シェケルの計画でした。正確には、ラケンの計画のようです。憐れなシェケルは、女に操られていただけでした。
陛下は、ラナーンさんに関して、シェケルから様々な悪い話を吹きこまれていました。わたくしが親しくしている相手に関して悪いことをいうのがシェケルだけだった為に、寧ろ信用してしまったのだそうです。ほかの者達はわたくしに遠慮して、ラナーンさんの悪い話をしないのだと、相信じこんでしまったと申し訳無げでした。誤解が解けたので、わたくしは無事に、ラナーンさんと婚約できました。
そういった騒動に紛れ、ティオは姿を消しました。