従者の嘘、露見する
さっぱりして好青年にかわったラナーンさんは、わたくしが推薦して宮廷の門衛になりました。といっても、正式なものではなく、お手伝い扱いです。わたくしの力ではそれくらいが関の山でした。
けれど、ラナーンさんは優秀でした。読み書きはできるし、槍を扱えたのです。ほんの半月で、正式な門衛になり、半年後には門衛隊の隊長になっていました。このまま騎士になってくれれば、陛下に反対されることはありません。
わたくしの人造生命も、長生きするようになってきました。それに、一度動かなくなってしまっても、解いて縫いなおせばまた、戻ってきてくれます。わたくしの技術は陛下の耳にも伝わり、化粧領を賜りました。
一方、シェケル公爵との縁談も、着々と進んでいました。
「姫の人造生命は、今までにない活躍をしているとか」
「そんな……」
「姫が門衛隊に推した彼も、姫のつくった生命ではないかと噂されているようですよ」
ラナーンさんのことです。そのような噂は初耳です。「そんな訳はありませんわ。そのような高度な生命は、まだつくれません」
シェケル公爵はにっこり笑いました。
「まだ、ですか。姫はご自分の技術に自信を持っておいでなのですね。しかし、実際のところ、彼のような優秀な兵が増えれば、イノヴァシオンはもっと豊かになるでしょう……」
なんとなくいやな話題だったので、わたくしはその後喋りませんでした。
「姫さま、ほら」
シェケル公爵との会談の後、なんとなくいやな気分が続いていたわたくしは、ラナーンさんに会いに来ていました。門衛隊の詰所で、お茶をご馳走になりました。
ラナーンさんは、わたくしの好きな揚げ菓子もくれました。
「ありがとうございます」
「なんだよ、姫さまが元気ないの、見てらんないぜ」
ラナーンさんの傍で、門衛達がはらはらした顔をしています。ラナーンさんは、わたくしにはずっと、このような喋りかたを続けています。
このかたと結婚するなんていったら、シェケル公爵はとっても怒るでしょう。それが、陛下がわたくしとラナーンさんの結婚に反対した理由……?
「姫さま」
「はい……」
「なあ、ちょっと遊びに行こう」
ラナーンさんが、一緒の馬にのせてくれました。ハヴェルが別の馬でついてきます。向かうのは、ラナーンさんが子どもの頃から長い時間を過ごした、貧民街です。
わたくしがお小遣いを幾らか寄付し、ラナーンさんもお給金をつかって、貧民街は随分治安がよくなったそうです。道端で遊んでいる子ども達も、痩せすぎていたり、不潔な様子ではありませんでした。
「姫さまの金で、公衆浴場ができたんだ」
「そうですのね」
「みんな、姫さまに感謝してるんだぜ」
頷きますが、実感は湧きません。わたくしはお金を渡しただけで、官吏がなにもかもしてくれたのです。
ラナーンさんは、ご実家へつれていってくれました。といっても、彼には血のつながったご家族が居ません。養い親とその家族が暮らしているお家だそうです。
そこは、簡単な壁と屋根だけ、のようなお家でした。家具はテーブルと椅子だけで、床にござを敷いて寝るそうです。
ラナーンさんはわたくしをご家族へ紹介し、ご家族は丁寧な挨拶をしてくれました。わたくしも王女としてはずかしくないよう挨拶し、早速お部屋の隅にあるくだもののかごを見ているハヴェルのお尻をひっぱたきました。
精一杯のおもてなしは、とても心のこもった、素敵なものでした。あたたかい煮込み料理と、焼きたてのパン、それに甘いお酒を戴きました。
「そうですわ!」
遠慮もせずにたらふく食べて、お酒も沢山のみ、机に突っ伏して寝てしまったヴェルの頭を見ていると、はっと思い出しました。
わたくしは椅子を飛び降り、ボディスを脱ごうとします。男性陣が目を覆いました。「姫さま?」
「庶民のかたは、こういった場ではらおどりをしてよしみを結ぶと聴いています。わたくしもやりますわ!」
ラナーンさんのご家族は笑い出し、育ての母だという女性が慌てた様子でわたくしを停めました。どうやら、ハヴェルはわたくしに嘘を教えたようね。