訪れるらしい“ミライ”
わたくしは足を停め、ハヴェルがせなかにぶつかってきました。「姫さま?」
ハヴェルは抗議するような気配を見せましたが、女の子に気付くと眉をひそめました。
わたくしはハヴェルへささやきます。(知っている子?)
(知らない)
(わたくしも見たことがないわ)
わたくしは一応、王女ですので、貴族の令嬢はひととおり知っています。特に、魔術学校に通っている子達は、きちんと把握していました。
しかし、その女の子には、見覚えがありません。
桃色がかった赤い髪を、ふたつに分けてくくり、黒いばらの花の飾りをつけています。禍々しい、黒紫のドレスを着ていました。やけにふりふりひらひらしています。随分底の厚い靴をはいていますし、肌は浅黒く、イノヴァシオン王国の人間らしくはありません。
「ごきげんよう」
しかし、外国かぶれの娘さんということもあります。数十年前には異国ふうだった、髪を伸ばす女性も、このところは当たり前に居ます。ですので、わたくしは丁寧に挨拶をしました。
「あなた、どちらの娘さんかしら?」
「……イノヴァシオン」
王国の人間だ、という意味でしょうか。
わたくしとハヴェルは顔を見合わせ、ハヴェルがいいました。
「あのねえ、今からわたしと姫さまでご飯なんだ。あなたがどこのお家の子かわからないけど、姫さまとお食事したいならきちんとした手順を踏んでくれるかなあ?」
よくやりましたわ!
わたくしはにこにこしています。ハヴェルがうまくこの子を追い払ってくれれば、揚げ菓子を食べられます!
しかし、女の子はハヴェルを睨んで、その後わたくしを見ました。な、なんですのこの子? イノヴァシオンの王女を睨みつけてくるなんて!
女の子は怒った様子でいいました。
「あんたがばか王女のサウラ? 革命を起こした?」
「へあ?」
わたくしはしばらく呆然としていました。ばか? ばかですって?
さすがのハヴェルも口をぽかんとさせています。
女の子は足を組み、顎を上げました。
「ウルティオー・インティカーム・イノヴァシオン。ティオでいい。あんたの子孫」
??????????
女の子、ティオは、ふんぞりかえりました。
「ほんとにこんなに平和な国だったんだ。あんたがぶち壊したんだけど。それも、好きな男と結婚できないからなんて理由で。ねえ、もう男は居る訳?」
「へ? な、なにをいってますの?」
「だから、アタシはあんたの子孫。ミライから来たの」
ミライ? みらいとはどこの国でしょう。
ぽかんとするわたくし達に、ティオは信じられない話をしました。
――――これから数年後、わたくしは好きな相手との結婚を、父に反対される。
怒ったわたくしは、一年かけて人造生命の兵隊達を用意し、父王を殺し、騎士隊も壊滅させてしまう。
貴族達は不死の人造生命騎士隊におそれをなし、わたくしに従う。
しかし、相手の男もわたくしも、政治的なことはわからず、国はあっという間に傾いて、貴族達が蜂起。わたくしと王配は殺され、幼い娘と息子だけは、わたくしの従者がつれて逃げた。
人造生命騎士隊はわたくしが死んでからもしばらく暴れ、近隣国家にまで被害が出る。
そのことがきっかけで「魔術や錬金術は危険なもの」とされ、周辺の国が同盟を組んでイノヴァシオン王国を攻撃、イノヴァシオン王国は滅び、錬金術や魔術を行使するものは危険とみなされて迫害をうけるようになる。
「アタシの時代では、魔女とか呪術者とか呼ばれて、隠れて暮らしてる」
「ま、魔術と呪術の違いもわかりませんの?」
「当然でしょ。あんたがイメージ悪くしたんだから」
「へあ?」
イメージ?
ティオは時折、よくわからない言葉をつかいます。イメージというのは、印象と同じだそうです。
「そ、そんな話を信じろと?」
「これ」
ひょいと投げ渡されたのは、わたくしの冠です。
わたくしの頭の上にも冠はあります。
??????????
「まぬけな顔」
「はっ! なんですの、ひとをばかだのまぬけだの! そんな口の悪い子はわたくしの子孫だと思えませんわ!」
「じゃあその冠はどう説明するの。落城の時に、従者がいつか王家の人間だってわかるように、一緒に持っていったんだそうだけど」
ぐ……。