やってきた自称子孫
ごきげんよう! わたくしはサウラ・レアブロード・トゥバイスチャ・ナドゥルハ・ティラ・アドウェルサ・バツォレット・アソン・テヴァ・シュエボン・ティエンミエ・エルツィオーネ・カラミタ・ジェムリトリシェーニイェ・スチヒーイナイェ……こほん、あー、……由緒正しき魔術・錬金術国家、イノヴァシオン王国の第一王女ですわ。
皆からは、サウラ王女ですとか、サウラ姫などと呼ばれます。名前が長いのは、ご先祖さまから沢山の名前をもらっているからですの。
わたくしが生まれ育ったイノヴァシオン王国は、魔術と錬金術が盛んで、とても豊かな、世界随一の技術力を誇る国です。
王家の者はそれぞれに得意な分野があり、お兄さま達は農業、おじさま達は工業など、特技をいかして国を更に豊かにしてらっしゃいます。
わたくしは人造生命が専門ですわ。
まだまだ未熟ですが、ぬいぐるみにはらおどりをさせるくらいはできましてよ。従者のフロイント・ハヴェルから教わりましたの。「はらおどり」というのは、民草が食事を通じてよしみを結ぶ際に、皆でやるものだそうですわね。わたくしもいつか、そういった場に招いてもらいたいものです。
イノヴァシオン王国の王族は、男児は皆、王子となり、女児は功績を残すことによって王女の称号を得ます。
男児は幼い頃より、教師が厳しく指導しますが、わたくしのような女児はさようなことはなく、乳母や従者とのびのびすごします。その後、五歳からは宮廷の外にある魔術学校へ通うようになります。
お兄さまがたや弟達は、お勉強は宮廷内で教えてもらえるのですが、女児は外にある魔術学校で、王家のほかの女児や、貴族の娘さん達と学びます。
魔術学校とはいうものの、最初の頃にやるのはお料理やお洗濯、縫いもの、編みものなど。素養がある子だけ上級課程へ進み、文字や計算をならいます。
わたくしは編みものの授業で、靴下が勝手に動き出したので、「人造生命に関することに素養あり」と判断され、半年で上級課程へ移籍しました。それで、王女の称号を賜ることができたのです。
従者のフロイント・ハヴェルは、伯爵家の娘ですわ。「フロイント」というのは王女の女従者を示します。なので、フロイントというのも、陛下から賜った称号です。
ハヴェルは魔術や錬金術に素養はなく、剣を振りまわすのが専門です。それと、ご飯を食べることも専門ですわ。彼女は細身なのですが、一体どこにはいるのかと疑問に思うくらい沢山食べます。たまにわたくしのお皿から掠めとる、手癖の悪い子ですわ。
ハヴェルは宮廷にあるわたくしのお部屋の、控えの間にずっと居ます。どうやらそこで寝泊まりもしているようで、長椅子には枕と毛布が二枚置いてあります。「家の寝台よりも寝心地がいいんですよお」とにこにこしていました。
わたくしは今日も、きちんと準備をして、王女のしるしである小さな冠をかぶり、ハヴェルと馬車にのって学校へ向かいます。
「ハヴェル、移動中に食べるのはお辞めなさい」
「朝ご飯食べ損ねちゃって」
「あなたがお寝坊さんだからでしょ!」
思わず大きな声でいってしまってから、わたくしはすぐにとりつくろい、沿道の民達へ優雅に手を振りました。
王家の印象をよくするのは、学校へ通う王家の女児として当然のこと。皆、屋根がない馬車で移動します。寒い時期は堪えるのですが、決まりですから仕方がありません。
ハヴェルはわたくしの努力をよそに、紙袋のなかから揚げ菓子をとりだしてばばりばりと嚙み砕きます。「姫もどうぞ」
「いりませんわ。手袋が油まみれになってしまう」
「新発売のピリ辛味ですよ。これ、くせになるう」
ハヴェルは妙な抑揚をつけていい、揚げ菓子をばりばりします。都一の菓子工房で売っている、コメという植物の実を蒸してひとかたまりになるまでこね、ひとの爪ほどに切り分けて乾燥させた後に油で揚げ、おいしいたれを絡ませてあるものです。
実はわたくしもこのお菓子は好物です。新発売のピリ辛味を狙っていたのに、何度乳母に頼んでも売り切れでしたの。それをどうしてハヴェルが……ぐぬぬ。
わたくしの機嫌が悪いなんて思っていないのか、ハヴェルは揚げ菓子をばりばりしています。学校で食べるから少し残しておいて頂戴、といおうと思った時には、ハヴェルは紙袋を丸めて馬車の床へぽいしました。この子にはお行儀というものが欠けています。
学校は、立派な白亜の塀に囲まれています。
扉のない門を潜り、わたくしはようやく、ほっと息を吐きました。ハヴェルは朝寝坊したくせに、いびきをかいて寝ています。黙って座っていれば美しい部類にはいりますのに、この子ときたら至るところでお菓子やお弁当を食べ、すきあらば寝るのです。
「おはようございます、サウラ王女」
「ごきげんよう」
生徒達の挨拶に、わたくしは精一杯の笑顔で応じました。彼女達は無邪気に喜んでいます。
馬車から降りる時に、ハヴェルの足を踏んで起こしたのですが、ハヴェルはお礼をいうだけでした。
駐車場へ向かう馬車を見送り、わたくしは研究室へ向かいます。
わたくしの専門は人造生命、今現在人造生命に関する先生はいらっしゃいません。
ですので、読み書き計算を五年学んで後は、研究室をひとつ与えられ、日々、ぬいぐるみやお人形をつくっています。材料は、半分は学校で用意してくれたもの、半分はわたくしがお小遣いで買ったものですわ。
三年間で、わたくしはぬいぐるみに命を与えるのが得意だとわかりました。お人形のほうが精巧な細工ができるし、丈夫なのですが、すぐに動かなくなってしまうのです。
「おはよう、ロゼン」
「オハヨ、ヒメ」
研究室へはいると、半年前につくった猫のぬいぐるみ、ロゼンが迎えてくれました。猫といっても、二本の足で立ち、飾りでつけたしっぽではたきを持っています。
この子は今までで一番の長生きで、仕事を覚えるのもはやく、わたくしのかわりにお掃除をしてくれます。……別に、わたくしがお掃除が苦手という訳じゃございませんのよ! ロゼンはわたくしよりも相当小さいし、家具のすきまのお掃除を得意としているので、してもらっているだけですわ。
わたくしはロゼンの頭を撫でて、彼がごみを捨てに行くのを見送りました。
ロゼンのほかにも、研究室内では数体のぬいぐるみが働いています。本を見ながらの独学ですが、このところは命を与えるのに失敗することはなくなりました。
はらおどりが得意なラクダンは、今は窓辺の本の上で、風にあたっています。昨夜しっかり施錠してから帰ったのですが、ぬいぐるみ達が好き勝手に動くので、朝には窓も扉も出入り自由になっています。
猿のアシュラヤーは、先日公爵令嬢より贈られた鏡に夢中。彼は自分の外見にこだわりがあり、毛並みが整っていないとわたくしのいうことをきいてくれません。
ケス、ミグダル、ミヴツァルの三体は、わたくしにはわからない言葉で議論しているようでした。
彼らはわたくしが、余ったはぎれでつくったもので、特になんの動物と決めて縫ったものではありません。体はのっぺりとしていて、細い手足と、まんまるの目があるだけです。しかし自我は強烈で、議論をしているか三体で手をとりあって踊っているか、わたくしに抗議に来るかで、いうことを聴いてはくれません。
「ひめ、ひめ」
ラクダンが積み上げた本からおりて、わたくしのドレスをひっぱります。「ともだち」
ラクダンはわたくしの手袋を指さしていました。
「これで宜しい?」
「よろしい」
手袋に綿をつめ、目をつけてぬいぐるみにすると、ラクダンは一緒に踊り始めました。ハヴェルが中二階への階段に座って寝ている、その前までいって、ぴょんとハヴェルの膝にのりましたが、ねぼすけさんのハヴェルは気付きません。
ケス、ミグダル、ミヴツァルの三体がやってきて、キーキー声で仲間がほしいといっています。教えもしないのに、彼らは古イノヴァシオン語で喋ります。仲間がほしいし、できればもっと動きやすい、大きい、あたらしい体がほしいとのことでした。
わたくしの人造生命は、なにが悪いのか、長生きしませんし、わたくしのいうことを素直にききません。創造主であるわたくしは、彼らの命を奪うこともできるのですが……。
独学では限界があります。魔術は強い感情で開花するといいますが、わたくしは冷静なので、感情も平坦なのです。
のんびりと、鐘の音が鳴り始めました。お昼の時間です。ハヴェルが目を覚ましました。
「サウラ姫」
お庭を歩いていると、わたくしに鏡を送ってくれた、ガラス加工が専門の公爵令嬢がやってきました。シェケル公爵家のかたです。
「ごきげんよう、シェケルさん」
「あの、姫さま、お昼をご一緒しても?」
彼女のお兄さまは、わたくしの婚約者候補です。それで、わたくしと親しくしたいのでしょう。
わたくしは頭を振りました。
「今から先生のところへ参りますの。その後では、シェケルさんを待たせてしまうわ。またの機会にいたしましょう」
「そうですか……」
わたくしはお辞儀して、ハヴェルと一緒に歩いていきます。本当は先生に用事はないのですが、わたくしは会食というものが苦手なので、いいわけにつかったのです。
お庭にはあずまやがあります。
小さな泉のすぐ傍に建っていて、つたで覆われた、風流なものです。ハヴェルは花が咲く時期には花粉が煩わしいといいますが、彼女は風流というものがわからないのです。
今は花の時期ではないので、ハヴェルはいやがらずについてきました。「姫さま、お弁当なに? わたしはパンにお肉はさんできた」
「パンにお野菜をまいたものですわ」
「ひとつ頂戴」
ハヴェルはなんでも食べたいのです。
「仕方ありませんわね」
「やった! じゃあ、あの揚げ菓子分けてあげるよ」
!?
ハヴェルを見ると、揚げ菓子の袋を持っています。いつどこから……?!
わたくしは軽いあしどりであずまやへはいりました。揚げ菓子を食べられるのです。はしたないからとほかの生徒の前では控えていることですわ。お食事の誘いを断ってよかっ……。
誰ですのこの子?
あずまやの椅子には、見慣れない赤い髪の少女が座っていました。