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『目的』の天秤はどちらに傾くのか

 あの後しばらく様子を伺っていたが、特に得られるものは無かった。


 アラン殿下は工事が終わった後、例の労働者に丁寧にお礼を言われたが、それに対して何も要求することなく仲間たちと去っていった。


 そして、彼が去った後、私も暗くなる前に屋敷に戻り少し考えを整理し始めた。



 

 人が嘘を吐くときは『他者に不利益を与えるため』と『自分が利益を得るため』の大きく分けて二通りの目的があると考えている。


 今回の殿下の動きは、前者の目的には全くそぐわないだろう。そして、後者の目的にしても特に大きな利益が得られるとは思えなかった。


 金銭等は当然得られない。それに、助けた相手からの好意等目に見えないものも今回の相手では必要無いと思う。


 その他、周りの評判を得るということも考えたが、仲間内の関係性を見ると既に彼は人望が高いし、むしろ下層の人と関係性を持つことに良い感情を持たない人もいて、マイナス面のが多そうだった。


 ならば何故だ。あの行動には何の意味があるのだろうか。


  

 そうやって思考の渦に囚われていると、外が既に暗くなっていることに気づいた。


 時計の方を見るとそろそろ夕食の時間だったので食堂へ向かう。




 食堂に着いてすぐ、義母と妹が入ってきた。妹は私を見るや否や鋭い目線で睨みつけ、いつもに増して不機嫌な様子だった。もしかしたら私の外出許可のことを使用人からでも聞いたのかもしれない。


 だが、相手がこちらに絡む前に父が近づいてくる足音が聞こえた。

 

 妹は舌打ちし、表情を取り繕うと席に座った。そして、父が入室、全員が着席して食事が始まる。




 

 いつも通り無言で食が進んでいる中、父の様子を伺っていた義母が父に尋ねるように聞く。



「クレアが今日は外出していたようですが、よろしかったのですか?」 



「ああ。昨日外出の許可を出した。最近頑張っているようだからな」

 


 義母は、その言葉を聞くと一瞬不機嫌そうな顔を見せるが、すぐにその表情を隠すと言葉をつづけた。



「そうだったのですか。ところで、リリスも最近は稽古事に励んでいるようです。ですので、外出許可を出しては頂けないでしょうか?」



 予想はしていたが、義母は妹の外出許可を得られるように動くようだ。

 

 ここでその話題を出すということは家庭教師にも既に言い含めてあるのだろう。



「ふむ。リリス、そろそろダンスは上手くなったのか?」

 


 父は妹に向き直り尋ねる。



「はい。以前に比べてかなり上達したと思っております」


 

 正直、彼女のダンスはそれほど上達したと思えない。今浮かべている笑顔も、私から見ると少し苦い表情のように見えるが、普段からそう顔を会わせるわけでは無い父には違うように見えたのかもしれない。頷くと、少し思案気な顔になる。



「クレア、お前から見てリリスのダンスはどうだ?一緒に指導を受けているのだろう」



「……私ですか?」 



 関係ないと思って油断していたら話を振られて少し驚く。


 先日の一件で私の評価が一時的に変わったのかもしれない。今まで振られなかったような話題がこちらに来てしまった。義母と妹の顔も焦りからかひくついているのが分かる。

 

 

「…………上達したと思います。」



 ほんの少しだけという形容詞はあえて付けずにそう言った。


 ここで事実をありのまま話すことと若干の虚実を混ぜて話すこと、どちらにメリットがあるかを考えた。


 そして、私は後者のメリットが多いと判断し、そちらを選択する。


 また無駄に絡まれても面倒だと思って。




「そうか。なら、明日からリリスもある程度の外出を許可しよう。ただ、ウォルター侯爵家の血が流れる者として恥じぬように行動することを常に忘れるな」



 父が最後にそう言うと話が終わった。義母と妹が隠れて安堵するのが見えたが、私も少し安心する。


 実際のところ、父が不機嫌なら目の前で踊れと言われる可能性もあった。だが、今の父は類を見ないほどに機嫌がいい。だから、その様子からしてそれは無さそうだと思っていた。

 少し危ない賭けではあったがどうやら勝てたらしい。





 その後、食事が終わり父が退出すると、義母と妹もそれに続くように出て行った。廊下から嬉しそうな声が微かに聞こえてくる。


 当然、私への感謝の言葉は無かった。期待していなかったことではあるが。





 まあ、いつも通り、どうでもいいことだ。


 妹のダンスの出来がばれた時の対策もある程度は考えてあることだし。


 明日からの行動に支障が無くなっただけ良しとしよう。 

 

 そう思うと私は一人で自室へ戻った。

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