日常という言葉の持つ意味
翌日、朝起きると身支度をし、食事を取るため下に向かった。
この家の使用人はそれほど多くない。加えて、義母が私を嫌って使用人に命じているため身支度は全て一人でしている。
流石に父の目に付くと大変なことになるのが分かっているのか、あからさまな態度は取らないものの、この屋敷に於いて私の立場はかなり低いと言っていいだろう。
食堂に入ると普段はもっと遅く起きてくるはずの父が既に席に座っていた。
自分より後に来たことに小言を言うかなと思ったが、かなり上機嫌のようで何も言われないまま自分の席に着いた。
どうやら、昨日の機嫌の良さは今日も続いているらしい。これは殿下に感謝しなくてはいけないな。朝から嫌な気持ちにならずに済んだ。
そして、私の少し後に義母と妹が食堂に入ってくる。彼女達も同じことを思ったようで、ギョッとした顔で父を見るが、何も言わないことが分かると、次は不思議そうな顔をしながら席に着いた。
食事の挨拶の跡、いつも通り無言で食が進む。
だが、今日は少し事情が異なるようだ。
「クレア、よくやった。アラン殿下は昨日のうちに既に私宛の手紙を書いてくれたようでな。今日の昼前に王宮へ行くことになった」
上機嫌さを隠さずに父はそう私に言う。特に私は何もしていないが、殿下がする話と食い違ってもまずいので曖昧に返事をしておく。
「そうなのですか。対応の速さは日頃のお父様の忠勤故のものかもしれませんね」
「それもあるだろう。だが、お前の手柄も多少あるかもしれん。今回はよくやった」
父はまんざらでもないような表情で鷹揚に頷きそう言った。そして、その後は特に言うことは無いようで食事を再開した
義母と妹はその言葉を聞くと怪訝そうな顔で私の方を見てきたが、藪蛇になることを恐れたのだろう。事情を聞きたげな雰囲気ではあったが何も言葉を発することは無かった。
◆◆◆◆◆
食事の後、父は身支度を終えると馬車に乗り外出していった。
そして、その後すぐに義母が呼んでいることを使用人が伝えにきた。
私は、面倒だとは思いつつも、義母の待つ部屋へと向かった。
部屋をノックする。
「入りなさい」
義母が入室を促す声がしたので扉を開ける。
「失礼します」
中に入ると、義母が椅子に座りこちらを冷たい目で見ている。
私を座らせる気は無さそうだ。立ち続けると疲れるので今回は早く終わるといいのだが。
「さっき旦那様が話していたことは何のことなのかしら?また節操も無く点数稼ぎでもしたようね」
やはり内容が気になっていたらしい。妹が私を置き去りにしたことは知っているだろうし、内容自体は別に話してもいいものなのだが、この場で話すことは危険だ。
もし今のタイミングで私が彼女に話したことを後で父が知れば、アラン殿下が自分の口から話すと言ったことに逆らったことになり、いつもの比では無いほどに腹を立てることが容易に想像できる。
「王家のご意志が関わってくる部分なので今はお答えできません」
私がそう言うと彼女の顔が真っ赤に染まった。
「私に逆らうというの!?話しなさい!!」
「できません。このことはお父様もご承知の上です。もし話したことを知ればお父様は大層お怒りになり、その矛先が当然そちらにも行くかと思いますがよろしいのですか?」
そう淡々と告げると彼女はこちらを憎々し気な顔で睨みつける。
しばらくそうしていただろうか。やがて、彼女は席を立ちあがるとこちらに近づき私の頬を叩いた。
いつも通り跡が長引かない程度の絶妙な力加減だと他人事のように考える。
何も言い返さず、ただ視線を送るだけの私に彼女は更に腹を立てたのだろう。反対の頬をもう一度叩いた。
「本当に癪に障る子ね。目障りよ!すぐに出て行きなさい」
そして、吐きつけるようにそう言うと私を追い出した。
今日は父が帰ってきた後、私に話しかける可能性があるからだろう。想定より軽い攻撃で良かった。
昨日は変わった出来事があったからだろうか、頬の痛みに日常に引き戻されたような感覚さえある。
まあ、どうでもいいことだ。どちらにしろこの家から逃げることは今の私にはできないのだから。