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令嬢は秘密を探り見る

 馬車はゆっくりと進んでいく。


 王都は過去の戦争の名残からかなり入り組んでおり、もうしばらく屋敷に着くまでは時間がかかるだろう。



 アラン殿下が何を考えて私を送ろうとしたのかはわからない。正直、私の知る情報との乖離が多すぎてどう出ればよいのか考えあぐねている。


 

 下手に隙を見せて弱みを握られたくは無い。私の父はどんな些細なことでも過剰に反応するだろうから。

 

 そう思考を巡らせていると、アラン殿下が沈黙を破り話しかけてきた。



「クレア嬢は、どうしてあんなところで一人で歩いていたんだ?」



 人の良さそうな顔を浮かべ彼はそう問いかける。それがどこまで本当かはわからないが。



「クレアで結構です、殿下。少し馬車の手配に手違いがございまして、夜の王都を見るのも一興かと思い歩いておりました」


 家族間のいざこざは見せない方が賢明だと思い、当たり障りのないことを伝える。

 


「そうか。でも、今後は気を付けたほうがいい。あそこの通りはまだいいけど、もう少し西側に行くとすぐ下層だ。先日見に行ったが、今は特に荒れているしね」



 どうやらアラン殿下は城下町にかなり通い慣れているようだ。


 普通の貴族は上層区以外の情報はほとんど知らない。ましてや中層を馬車で通ることはあっても貧民等の住処となっている下層なんか絶対に近づかない。



「……殿下ご自身が下層へ行かれたのですか?」


 

 彼はしまったという顔をすると苦笑した。



「これは内緒にしておいてくれ。父上達には城を出ていることは知られているけど流石に下層にまでいったとなると外出が禁止されるかもしれない。あそこはかなり偏見の目で見られているから」


 少し悲しそうな顔で呟いた後、彼はこちらの目をじっと見つめた。



「だが、安心してくれ。下層に行ったのは昨日今日のことじゃない。元々迷信ではあるが、君に害が無いことを私が必ず保証しよう」



 一瞬何のことを言っているのかと思ったがすぐに得心がいく。恐らく下層に纏わる噂のことを言っているのだろう。


 下層は不浄の集まるところというのが貴族の常識だ。そして、そこに貴き者が足を踏み入れれば、血が穢れ、一族に良くないことが起こると言われている。


 まあ、私は信じていないが。もし本当だったとしてもこの血が元々綺麗なものだとは思っていないので、これ以上穢れようが関係ない。

 それに、下層が現在の状況なのは政策の失敗だと思っているし。


 

「いえ。私は全く気にしていません」

 


 そう端的に告げると、彼は驚いたような顔をした。



「子を身籠る側の女性は特に気にするはずなのだが。君も下層に纏わる噂を聞いたことがあるんだろう?」



「はい、もちろん。ですが、血が穢れるといったものは迷信だと思っております。それに、下層に王家の威光が届けば諸々の問題はすぐに改善されるでしょう」



 少し試す。この言葉は人によっていろいろな意味を持つ。彼がどのような考えをしているのか探れるだろう。


 例えば自信家ならばそれを好意的に捉えるし、ひねくれているのであれば逆にも捉えられる。



「そうだね。それは我が家の恥ずべき点だ。実際そこまで手が届いていないのだから。そして、何より申し訳ないのは僕がそれを黙って見過ごしているということだ」


 

 これだけではどこまでを意図しているのかはわからない。だが、彼と会話する中で私の中ではある仮説が形を成していく。



「…………やはり、先月の一件を気にされておられるのですか?」



「君も知っていたか。そうだ、下層の部分浄化等不満がたまるばかりで根本的な解決にはならんというのに。兄上が気づいて止めてくれることを願っていたのだが、物事そう上手くはいかんらしい」



 彼はそう言うと悔恨するように目を瞑っている。


 それを見ながら、私は確信する。アラン殿下はやはり噂通りのぼんくら王子では無い。



「…………なるほど。貴方はそれを気にされるのですね」



 私は彼に聞こえないほど小さな声でそう呟いた。


 

 先月という曖昧な表現で連想されるものは多数ある。そして彼は、その中から貴族の噂にもならないほどのその小さな欠片を掴みだした。日頃から情報収集に抜かりない私でも見過ごしかけたそれを。

 


 そう考えていると、馬車が動きをとめた。

 


「おっと、君は話を聞くのが上手いな。もう屋敷に着いたようだ」



「いえ、アラン殿下が話が上手なのでしょう」



「そう言って貰えると嬉しいよ。それと今日のことは他言無用だ。その代わり誤解が無いように私から公爵に一言伝えておこう」



 彼はそう言って立ち上がり、先に馬車を降りると行きと同じようにエスコートしてくれた。 


 屋敷の前に止まった馬車に王家の家紋が入っているのを聞き付けたのだろう。父が慌てたように近づいてきた。


 だが、いたのがぼんくらと噂のアラン殿下だったからだろう。父は私に鋭い視線を送る。

 


「これは……アラン殿下。娘が何か粗相を致しましたかな?」



「いや、私の方から送ることを願い出たんだ」



 事情が分からないというように父は少し困惑する。 

 


「それはどういった経緯で?」



「そうだな。少し長話になるからな、今日は夜も遅いしやめておこう。必ず私の口から説明するからそれまで待っていてくれ」


 私に聞こうとしないように釘指しだろう。父は血を重んじる。故にそれがだれであれ、王家の言葉に背かない。アラン殿下はそのことを把握しているようだった。



「それと、父上には改めて侯爵のことを伝えておこう。我が家の家紋を見てすぐに駆け付けるほどの忠臣であると」



 その言葉を聞いて父は大層上機嫌になる。アラン殿下が国王陛下に可愛がられていることは有名だ。国王に忠義が伝わるというのが嬉しいのだろう。



「はっ!!ありがたき幸せ!」



「では、私は行く。夜分に邪魔をしたな」



「いえ、こちらこそもてなしもできず。お気をつけてお帰りください」



 二人の会話が終わる。父は上機嫌なまま屋敷に戻ると、労いの言葉を私にかけ、何も聞かずに去っていった。


 





 就寝の準備を終え、ベッドに腰をかける。




 アラン殿下の底が見抜けない。何の意図があって、私を助けたのか。どんな思惑があるのか。


 今までは全く気にしていなかった。だが少し探ってみる必要があるかもしれない。自分の身を守るためにも。


 そう考えると私は部屋の明かりを消した。


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