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祝福の光

 教会から出ると、アラン殿下は本当に少数で駆けて来たらしい。


 ゼクスを含め、二十騎ほどの騎兵がいるだけだった。そして、馬車なんてものは無いし、一人で乗馬もできないので、アラン殿下と同じ馬に乗って帰路についた。



 

 ここまでだいぶ馬を無理させてきたのか少し遅めの速度で馬が駆ける。


 馬車に比べ、かなり揺れるが、正直、そんなことに意識を向けている余裕は無かった。


 あの真っすぐな好意を示されたこともあるのだろう。今、私の頭の中では、背中に感じる温もりについて、気恥ずかしくさから離れたい気持ちと、居心地の良さからずっと感じていたい気持ち、それらが隣り合わせに駆け巡っている。


 

 彼は特に何も思っていないのか、冷静な顔をしているが、私は馬から転がり落ちてしまいそうなほどに頭がいっぱいいっぱいだ。


 こんなことは今まで無かった。当然だろう。今まで誰かに好きなんて言われたことすらなかったのだから。

 

 あの時は感情が高ぶっていて気にならなかったものの、こうして考え事をする余裕が出て来た今はそれ以外考えられないほどになってしまった。




 

 しばらくそのまま半日ほどが過ぎる。すると、遠目に自国の旗を掲げる騎馬の集団が見えて来たので合流する。馬の横に荷物がついてるので、どうやら、必要最低限の物資を持ち追いかけて来たようだった。



「宰相閣下、ようやく追いつけて安心しました。歩兵はまだ後方ではありますが、遅くとも明後日には合流できるでしょう。今後は単騎駆けのようなことはおやめ頂けると嬉しいのですが」



「苦労をかけてすまんな。今後はしないと約束する。では、お前たちとも合流できたし暗くなる前に野営地を設置するか」



「はい。既に場所の目星はつけておりますのでご案内いたします」



「わかった」



 それから少し行くと、小さな川の付近で野営の準備が始まった。


 天幕や焚火、食料の準備が分担して行われていったので、私も水汲み等できることで協力した。






◆◆◆◆◆





 干し肉と黒パンのみの簡単な食事を終えると、特別に用意してくれた一人用の天幕に入り就寝の準備をする。


 ドレスや髪飾りを解き、濡らした布で簡単に体を拭うと、貸してもらった動きやすい服に着替え始めた。 



 そして、丁度着替えが終わったころ、天幕の外から声がする。



「クレア、聞こえるか?アランだ。寝る前に話したいことがある。少し時間を貰ってもいいか?」


「はい。すぐに参ります」



 外に出ると、鎧を脱いだアラン殿下がいた。そして、歩き始めた彼を追って近くの森へと入っていく。


 そのまま少し行くと、丘のようになった場所にある石に二人で腰かけた。


 


「旗を掲げておらず、所属がわからなかったこともあるのかもしれないが、俺達が屋敷を襲撃してすぐ、ウォルター侯爵が馬に乗って逃げるのをゼクスが見かけたらしい」



「そうですか。帰る際、馬車だけが残っているのには気づいていました。それに、容易に想像できたことです。逃げ遅れるか、一人で逃げるかのどちらかだと思っていましたから」



「お前を見捨てて逃げたんだぞ?怒りや悲しさは無いのか?」



「ありません。こう言っては何ですが、慣れていますから」



 そう言うと。彼の顔は怒りからか険しくなる。だが、私には本当に怒りも悲しみも無い。

 

 むしろ、彼が私を想ってくれていることに嬉しさが湧いてくるくらいだ。私は、彼の手に恐る恐る触れた後、そっと握った。



「大丈夫です。今、私の目の前には貴方がいる。それだけで私はこれ以上無いほどに幸せなんですから」



 優しく、諭すようにそれを伝えると、突如、彼が強い力で私を抱きしめた。


 私の頭は馬に乗っていた時のように真っ白になるが、彼の悲しむような、苦しむような声を聞こえてきて引き戻される。



「俺は家族に愛されて育った。だから、クレアの苦しみを本当の意味でわかってあげられないかもしれない……だが、ずっと側にいることならできる。そして、これまでの人生の分まで愛を注ぐよ」

 


「ありがとうございます。しかし、平民の娘では王族には嫁げません。未遂とはいえ、父の過ちでは爵位剥奪の上での死罪か、よくて追放刑が相応しいと思っています。ならば、その娘の私も貴族ではなくなるはずです」



「…………ああ。そのために侯爵の罪をうやむやにするつもりはない。だが、その前に一つだけ聞かせてくれ。クレアは、俺のことを愛しているか?結婚したいと思ってくれているか?」



 その目はいつになく弱気の感情が宿っているように見えた。


 勇猛果敢に敵地に踏み込んだ人と同じとは思えないような姿に私は少し笑ってしまう。


 少しムッとした顔になる彼に、私は心からの言葉を返す。



「私は、アラン・リ・クロレタリアを、アールを愛しています。そして、できるならば貴方と家族になりたい」



「…………ならば、俺はお前を妻に迎え入れることを誓う。何があっても、それこそ、どんな手段を使っても。俺が自分勝手なことは君も知っているだろう?」



「そうですね。自分勝手で、決めたことは必ずやり遂げる。そういう人だと私は知っています」



「そうだ。それに、ゼクスを騎士にするときにもそうだったが、平民だの、貴族だので分けることは下らないことだと俺は思っている。だから、ついでにできる範囲で平民に門戸を開いてしまえばいい。今は王も貴族も必要だが、将来的にはそれすらも分けなくていい日が来るのではと俺は思うよ」


 

 異端な考え方ではあるが、そうなればいいなと私も思う。貴族にも平民にも良い人と悪い人がいる。


 それは、地位や立場で決まるものではなく、その人個人によって決まるものだから。



「そうかもしれませんね。私は、貴方に世界の広さを教えて貰いました。だから、応援しています。例え誰もが反対したとしても」



「そうか。俺は、やはり家族に恵まれている。愛すべき両親と兄、そして妻がいるのだから」



「まだ、正式な妻じゃないでしょう?教会で神様に誓わないといけないのですから」



「教会でしか神が見ていないと?そんなに神様の視野は狭くないさ。だから、ここで誓おう」



 彼は、こちらを向き私の両手を掴むと言葉を紡ぎ始める。

 


「我、神に誓う。妻を信じることを。そして、愛し、手を取り合うことを」



 それに続き、私も彼に言葉を返した。



「我、神に誓う。夫を信じることを。そして、愛し、手を取り合うことを」



 そして、お互いに見つめ合い、最後に触れるだけのキスをすると、最後の言葉を唄い上げる。



『「我ら、神に誓う。二人の手で未来を作り上げることを」』





 彼との記憶は満月が強く印象付けられている。


 だが、今日は空を見上げる余裕は無さそうだ。私の視界はその後彼でほとんど埋まっていたのだから。



≪月明かりは二人を優しく包み込んでいる。まるで祝福するかのように≫


すみません。次か次の話くらいまで続けることにしました。

明日は一日外なので、日曜日までには更新したいと考えています。

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