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社交界にはナイフを持って

私はハッピーエンドが好きなのでこの作品も最終的にそうなる予定です。

 父からは社交界にある程度出席し、顔繋ぎをするように言われている。


 そして、失態は許さないことを強く伝えられた。


 娘に何か失態があり彼に矛先がいくことを恐れているのだろう。




 恐らく、何か失態を犯せば折檻されるのは間違いない。別にそれが怖いわけでは無いが、無駄に自分に不利益が被るのを看過するつもりもない。


 


 私は既に社交界が悪意に満ちた場所だと知っている。故に必要があるならそれに対処する手段を事前に準備するようになっていた。



 情報源は少ないながらも噂話や微かに聞こえてくる人の話を繋ぎ合わせていけばある程度わかることもある。


 どうやら最初の社交界で私のドレスを台無しにしたクライゲン伯爵家のご令嬢が今日の社交界にも出てくるらしい。そして、『また玩具が来る』と話していたこともわかっている。恐らく私のことだろう。



 朱に交われば赤くなる。悪意を封じるには私もそれに染まらなければならない。クライゲン伯爵家のご令嬢に関わる情報を集め、それらを整理した上で私は社交界に臨んだ。





◆◆◆◆◆

 




 今日は若い令息、令嬢が集まったこじんまりしたものだ。妹と連れ立って馬車で赴くが一切会話は無い。


 彼女は馬車を降りるとすぐに別の人と合流し去っていった。




 まあ予想通りだ。会場に入ってしばらくすると社交界が始まる。


 

 しばらくの間、特に問題も無く時間は過ぎた。


 内心どう思っているかは知らないが、ウァルター侯爵家は爵位と伝統だけはあるので暗喩的ならまだしも直接的に何かを言われることは少ない。


 このまま何もなければ面倒が無いのだが、と思っていたが物事は上手くはいかないらしい。


 クライゲン伯爵家の次女、鮮やかな金の髪を携えたカテジナ・フォン・クライゲンと目が合った。




 クライゲン伯爵家は歴史は浅いが事業で成功し勢いのある家だ、そのため、歴史だけあり勢いのない我が家を見下している。


 だからだろう、以前と同じようにこちらに悪意を持って近づいてきた。



「御機嫌よう。クレア様」



「御機嫌よう。カテジナ様」



 彼女はまるで仲のいい友人に会ったかのような笑顔ではあるが、内心私に悪意を抱いているだろう。目元が笑顔を作り切れていない。

 

 

「クレア様。外に綺麗な庭園がありますの。今夜は月夜に花が照らされとても綺麗です。よかったらご一緒しませんか?」


 

 彼女は最初の社交界と同じ言葉をこちらに告げる。少し馬鹿にしたような顔で。

 


「いいえ。今宵は夜風が少し冷たいでしょう。女性が体を冷やしてはいけませんので、本日は中で楽しみましょう」



 また池に落とされてはかなわない。我が家はそれほど経済的に恵まれていないのだから。


 ドレスを新調するのも許可が下りず、今回も実母が花嫁道具に持ち込んだらしい少し古臭い型のドレスを私は着ていた。




「それは残念です。そう言えば、クレア様のドレスは流石ウァルター侯爵家といったところでしょうか。歴史を刻んできた香りがします。私の鼻には少し合わないようですが」



「そうですか?人には好みというものがあるから仕方ありませんね」



 わかってはいたことだが、やはり彼女はドレスに言及してきた。ある程度自分で手直ししてわかりづらくしてはいるが、お金があり、新しいドレスに頻繁に触れる彼女にはお見通しだったのだろう。


 正直、あまり騒がれるても困る。父の耳に入らないよう、周りに聞こえそうになるなら釘を刺しておかなければならない。




「っ!今の社交界にそのドレスを好む人がいるとは思えませんが。鼻が曲がるほど古臭い匂いをさせるそれを」 



 こちらが挑発に乗らないことに彼女はイライラしているようだ。少し声を荒げていった。


 

 こうなってしまえば仕方が無い。私は更に冷めた気持ちで言葉を発した。



「そうかもしれませんね。ただ、貴方から漂う、新しい香りもあまり好かれない可能性がありますね」



「新しい香り?図星を突かれたからと言って意味の分からない言葉を弄さないで貰えるかしら」



 彼女はそれでは伝わらなかったのだろう。まあいい。私は笑顔を作ると情報を付け与えた。



「それは申し訳ありません。では、表現を変えましょう。『剣は月明かりで殊更輝く。それが自分を傷つけるほどに鋭いものであればあるほど』そうは思いませんか?」



 その言葉を聞き、彼女は怪訝な顔をするが、理解が追い付いてきたのか徐々に顔を青ざめさせた。



 


 彼女には長年の婚約者がいる。だが、政略結婚でそこに愛は無いらしい。

 

 だからだろうか、退屈な人生を生きていたある日、騎士爵の息子との間に情熱的な愛を得たらしい。新興で弱小な貴族との新芽のような力強い愛、それは背徳的であるほど彼女を燃え上がらせたのかもしれない。


 当然、伯爵家がそれを許すはずがない。彼女は隠れて逢瀬を繰り返し、明かりの少ない新月の夜、隠れて外に抜け出してはその彼に会っているのだ。


 恐らく、これが周りにばれてしまえば彼女は破滅だ。一度手つきになった疑いがあれば貴族令嬢としては価値が格段に下がる。

 それに加え、次女であり最悪替えが効くことから彼女に未来はなくなる。どこかの後妻に無理やり押し込まれるのが関の山だろう。


  

 こちらから蹴落とすつもりは無い。だが、邪魔をするなら私は容赦せずに排除する。そうしなければ悪意に押しつぶされるのは私なのだから。

 





「いかがいたしました?顔色が悪いようですが」



「…………なんでそれを知ってるのよ、誰にも言っていないはずなのに」



 新月の夜に見慣れぬ人影の目撃情報、それがやってきた方角。


 湖の釣り人が見たらしい立派な剣を携えた男と綺麗な金髪の女。


 ここに来る前に見た彼女の部屋のテラスの手すりにはロープの跡。


 この辺りではその湖付近でしか見られない夜光虫の話を騎士爵の息子がしていたこと。

 

 ほかにも様々な情報を統合すればだいたいわかる。若干カマかけの部分はあったがどうやら図星のようだ。





「それ、というのは何のことでしょう?私にはわかりません。少なくとも今はですが」



「…………何が望み?」




 どうやら交渉は成功したらしい。厄介事が片付く気配から、今まで以上に笑みを深めると私は言った。


 


「できる限りの平穏を。ただそれだけです」



「……わかったわ。今後貴方に一切手出しはしない。我が家の関係者にもそれとなく言い含める。それでいいんでしょう?」



 最善の成果だろう。別にそれ以上の欲は無いし。

 


「ありがとうございます。貴方とは仲良くなれるかもしれませんね」



「…………遠慮させて頂くわ。この性悪女」



「それはお互い様ですよ。では、話も終わったようですしこれで失礼いたします」



 後ろから舌打ちをするような声が聞こえる。だが、そんなことで心はもう動かない。


 この世界は悪意や打算に満ち溢れていることを私は既に知っているのだから。


 そして、それに染まらなければ自分の身を守れないということも。


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