君がそれを望むなら
翌日、朝から常に人の目が離れず、怪しい行動はとれないようになっていた。
朝食で使うカトラリーから拝借することも考えたが、この様子では無理そうなので諦めた。
その後、ドレスの着付けの際に、私は髪飾りを自分で選びたいと伝え、できる限り鋭利な部分のあるものを選び身に着ける。
そして、準備が終わると、周りを人に囲まれつつ、屋敷の側にある教会へと案内された。
教会の中には、経験豊富そうな精鋭らしき兵達が複数配置されており、一切の邪魔を許さないような雰囲気で式が始まる。
着付けの際、怪しまれないように婚約式の流れも聞いた。
今、目の前では神父が言葉を読み上げている。
この後は、お互いに言葉を交わし、そして、最後には誓いの口づけがあるらしい。
恐らく、その時が最も適した機会だろう。式が進む中、私は、そのタイミングまで静かに待ち続けた。
「では、両者に問います。貴方達は偽り合わず、協力し合い、お互いに愛し合うことを神に誓えますか?」
神父が最後の口づけの前にそう問いかけてくる。そして、私達がそれに応えようとした時、会場の外がにわかに騒がしくなった。
「何事だ?」
商会長が近くにいる部下に問いかけるが、その前にその答えは出る。
大きな音を立てて、教会の扉が開かれると、そこには、太陽のように輝く金髪に空を思わせるような青い瞳を持つ男、アラン・リ・クロレタリアが立っていたからだ。
「クレア、迎えに来たぞ」
この場にいるはずの無い、その姿、その声に私の頭が真っ白になっていると隣から商会長の声が響く。
「貴方は……これは、宰相様。とんでもないことをされたものですな。よろしいのですか?貴方は戦争を起こそうとしているのですよ」
「いいさ。どうせ、そっちもやろうとしていたのだろう?最近の物資の動きを見ればわかるさ」
脅しが全く効かないこと、そして、相手に思惑がばれていたことに商会長は苦々しい顔になる。だが、それだけでは終わらないようで、更に言い募る。
「しかし、宣戦布告も無しに密かに入国、奇襲とは、周辺諸国がどう思うでしょうな?」
「宣戦布告ならしたさ。その上で、関所も落として私はここにいる」
意味不明な言葉に商会長の顔が唖然とした顔になる。そして、馬鹿にしたような顔で言い返した。
「それは不可能では?関所を落としてもここまでは防衛線が敷かれています。普通に馬車で来たウォルター家の翌日に着いたとなると計算が合いません」
「計算は合うさ。馬車よりも騎馬の方が早い。関所を落とし、防衛線を崩し、ずっと馬を走らせれば間に合うだろう?」
何でもないようなことのように彼は言う。だが、軍事的な知識の無い私でもおかしいとわかるような進軍速度だ。
恐らく彼は、ここにはほとんど兵を連れてきていない。防衛線を突破した後は、兵站も、護衛もほとんど置き去りにしてここに立っているのだろう。
「そんなことは無理だ!もしできたとしても、ここには多くの兵が詰めている。それをできるほどに少数で駆けて来たならば、ここに無事にたどり着けているのは益々おかしい」
「それが、できちゃうんですよね。部下に全部押し付ければ」
突如、別の者の声がしたため、商会長の顔がそちらへ向く。
そこには、全身返り血塗れでゆっくりと歩いてくるゼクスがいた。
「ここの兵以外は終わりましたよ、坊ちゃん」
「そんな、まさか…………お前たち、何をしている。早く対応しないか!!」
商会長が、建物の中にいる兵に大声を出す。だが、多くの兵がその言葉に狼狽えているようだった。
「どうした!?何をしている」
「この数では無理です。撤退を進言します」
「何だと!?貴様らはそれでも元第一騎士団の人間か!?高い金を払って実戦経験豊富なお前たちを雇っているのに何を怯えているのだ」
「だからこそです。旦那も聞いたことがあるでしょう?あれが、かの有名な死神ゼクスですよ。俺は、十年前にやつを直接目にしましたが、少なくとも中隊規模じゃなきゃ相手になりません」
あの様子を見るとゼクスは相当な有名人なのだろう。少しずつ兵が出口へと後退しているのが見える。
「よくわかりましたねー。正解です。で、どうします?」
ゼクスが剣を抜き構える。そして、私には見えなかったが、同時にナイフを投擲していたらしい。それは、商会長の頬をかすめるようにして通り過ぎ、壁に突き刺さった。
「くそ!!儂を守れ、ここは引く」
慌ただしく、人が出て行き、教会の中には私とアラン殿下、ゼクスだけが取り残された。
そして私は、呆然とした頭を無理やり引き戻すと、尋ねる。
「…………殿下は、なぜここに?」
「手紙を見た。そしたら、ここにいた。それだけだ。」
「そうですか……無理はしないでとお願いしたはずですが」
「お前がいなくなったと聞いたら、いてもたってもいられなくなってしまってな」
「それでも、こんな敵地に王族が乗り込んでくるなんて信じられないことです。お命をもう少し大事にしてください」
「……わかっている。だが、俺は自分のことも自由にならんほどお前のことが好きになってしまったようだ。誰にも渡したくないし、どこにも行って欲しくない。できることなら、ずっと傍から離したくない」
その言葉を聞いて、私の瞳から涙がこぼれだすと、殿下はすごく慌て始めた。
「前みたいに無理に押し通そうというわけではない。すまん。また泣かすつもりはなかったんだ」
以前、彼を諫めた時のことを言っているのだろう。あの時も彼は大層慌て、何度も謝って来た。でも、私の涙の理由は以前とは違う。
「殿下……正直に言います。私は今、生まれて初めて嬉しくて泣いているんです。貴方のその言葉がとても嬉しいから」
そう彼に伝えると、その顔は少しずつ赤くなっていった。始めて見る顔の表情に、私の顔からつい笑顔が漏れる。
そして、それにつられたのか、彼の顔も笑顔になった。
「…………そうか。ならば帰ろう」
その言葉に私は動かず、ただ手だけを差し出す。
彼は不思議そうな顔をしていたが、すぐに得心がいったのか私の手を掴む。
「俺は、君の手を引こう。君がそれを望むなら」
◆◆◆◆◆
世界は悪意に満ちている。物語のように打算無しに差し伸べられる手など無い。見返り無しに人を救おうとする人などいない。
そう思っていた。
でも今は少し考えが変わった。
世界には善意が隠れている。自分で見つけようとしなければそれは見つけられないのだ。
黙っているだけでは、欲しがるだけでは幸せは掴めない。
でも、自分から動けば、手を差し伸べてくれる人や助けてくれる人もいる。少なくとも私の知る限りでは。
だから、私は周りを助け、信じる。そうやって生きていくのが正解なのだ。
読み返すと、当初のプロットからちょいちょい変えているので甘い部分が目立ちますね。
この作品でやりたかったのは『君がそれを望まなくても』から『君がそれを望むなら』という流れでした。
相変わらず中長編の構成が下手だなーと思いますが、飽き性なのが最大の敗因だと思ってます(笑)
ここまでお付き合いいただいた方は本当にありがとうございました。




