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最後まで足掻く者

 嫁に出されることが決まってから、常に誰かが身に侍ることになった。


 家の敷地を出ることはできないため、突然の失踪になってしまい当然皆に迷惑をかけているだろう。


 だからせめて、手紙だけでも出そうと思い、御用商人の日に合わせて注文書に見せかけた手紙を書き、準備する。


 



 そして、御用商人の来る日。


 いつもと違い、使用人が付いている様子に少し不思議そうな顔をする彼に話しかける。



「御機嫌よう」



「クレア様は、ご機嫌麗しく……はないようですね。なんだか元気が無いようです」



「普段通りにしていたつもりだけど、流石ね」



「それが出来なければ商人は勤まりませんので。なにかあったのですか?」



「最近、嫁ぐ事が決まったの。それで、少し緊張しているのかしら。貴方には色々と助けられたけど、今後は違う贔屓客を見つけた方がいいかもしれないわね」


 

 暗に、ここに関わらない方が良い事を伝える。この家は既に落ち目だろう。今の彼がかなり無理を被って商品を卸してくれているのは知っているが、私がいなくなればそれをする理由もなくなるはずだ。



「……左様ですか。寂しくなりますね。では、私も違う上客を見つけると致しましょうか」



「貴方ならできるわ。今はもう、私が伝えられることはあまり無いもの。それと、最後に一つだけ、これを頼めないかしら。アールの関係者に渡してくれればいいわ」


 準備していた内密の手紙を渡す。既にこのようなやり取りは何度も繰り返しているから、間違いなく彼はこれを届けてくれるだろう。

 


「…………わかりました。この注文も必ずや成し遂げましょう」



「最後までありがとう。それと、最初の時みたいに目先の利益に乗ってはダメよ。人がどう動き、何を考えているのか、そして最後にどうなるかが一番大事なんだから。いえ、ごめんなさい。もう貴方は分かっているわよね」



「はい、大丈夫ですとも。私ももうそれなりの商人にさせて頂きましたからな」



「そうね。これまでありがとう」



「…………わかりました。クレア様の幸せを願っております。本当にお世話になりました」


 

 お互いに利のある関係とはいえ、屋敷の中で唯一私に好意的に接してくれた彼との別れは少し寂しい。


 だが、これで心の残りも無くなった。後は、ただ待つだけでいい。

 




◆◆◆◆◆





 それからは、ただ、身を清め、着飾るための準備をし、外に出される日を待った。


 どうやら、挨拶とともに簡易の婚約式を行う予定のようで、一週間もしないうちに馬車に乗せられ、父と隣国へ向かう。





 隣国とは、長い戦を続けていたが、十年ほど前にようやく休戦を迎えたと聞いている。

  

 禍根は残ってはいるものの、今では国交も正常化し、特に行き来を制限されているわけでもない。



 

 ただ、この国が若い新王に代替わりし、怪しげな噂が流れ始めたことには若干の懸念がある。

 

 急激な改革に伴う不安定さと国内貴族の整理による国防力の低下、それらは一時的ではあるものの、隙と見られてもおかしくはない。


 それに、今回の結婚もそうだ。婚約式だけとはいえ、これほど性急に事を進めることには裏があるような気がしてならない。



 身を削って頑張るアラン殿下にこれ以上厄介事を持ち込んでほしくない。そして、できることならいつも笑っていて欲しい。嫁いで関係は無くなる国だとしても、私はそう願わざるにはいられなかった。

 





 半月ほどをかけ、関所を越えた。そして、隣国に入りしばらく行くと立派な屋敷が見えて来た。


 あれがダブリン商会の会長が住まう場所だろう。戦争による借金で首の回らなくなった国境沿いの大貴族の屋敷を丸々買い取ったらしいその屋敷は、我が家のものとは比較にならないほど大きかった。



 馬車が止まると、多くの使用人が出迎え、案内してくれる。


 私はその途中、少し疑問に思った。外には武具が多く置いてある。それに、窓の外を見ると、武装したものも多い。いくら商会長の屋敷とは言え、これではまるで戦争でもしているようではないだろうか。

  

 ただ、父を無視して質問をできるような雰囲気でも無いので、そのまま黙って歩き続け、応接間に入る。



 そして、しばらくすると、腹に脂肪を蓄え、宝石や黄金に身を包んだ中年の男性が入ってきた。


 彼は、私を見ると笑いかけてくる。その下に醜悪な感情すら感じさせる顔で。



「これはこれは、ウォルター侯爵。遠路はるばるよくいらっしゃいました」


「路銀も全てそちらが負担してくれましたからな。こちらからご挨拶に伺うのもなんてことはありませんよ」


「ありがとうございます。それで、こちらが?」


「はい、長女のクレアを嫁がせようと思います。ほら、挨拶しなさい」


 

 父に促され、立ち上がると、体に刷り込んだカーテシーをしながら挨拶する。



「長女のクレア・フォン・ウォルターでございます。以後お見知りおきを」


「流石は由緒正しきウォルター侯爵家のご令嬢ですな。堂に入ったご挨拶です」


「いえいえ、これくらいは当然ですとも」



 そのまま、世間話を交えながら父を上機嫌にさせていく商会長。さすがに大商会の長ともなるとこの程度は朝飯前なのだろう。

 

 そして、しばらくすると、婚約の方に話が移っていく。



「それでは、以前お話しした内容を書類に書き記しました。明日の婚約式で押印とサインを頂ければそれで両家の繋がりは確固たるものとなりましょう。内容は良いですかな?」



 ここに向かうまでに調べたが、これがこの国の風習なのだそうだ。両家の条件を書類に起こして事前に確認、そして、婚約式にて正式に締結する。後日、結婚式をするのは、ただ周りに広めることが目的らしい。

 このため、婚約式を終えてしまえばもう契約はされたようなものだ。条件はしっかりと確認する必要がある。



「そうですな。問題は無いかと」



 だが、父は下に書かれた結納金の額ばかりに目がいっているようで、すぐにそう答えてしまう。確かに金額は破格だ。我が家の以前の収入の十年分に近い。

 しかし、その上に書かれた文言は問題しかない。


 とんでもなく回りくどく書いてあるが、これでは我が家が隣国に所属すると見られてもおかしくない。



「……お父様、お待ちください。これでは、領地の所属が変わるようなものです。国王陛下にお伺いを立てなければならない案件かと思いますが」



「うるさい、中途半端な知識で口を挟むな。お前は黙っておればよいのだ」



 意を決してそう伝えるが、案の定父は不機嫌になる。商会長の手前、怒鳴り出しはしないようだが、後でどうなるかが目に見える。

 しかし、これは見過ごすわけにはいかない。これでは、我が国の領地に他国の領地が突然生まれるようなものだ。こんなことをすれば…………。


 私は、考えるうちに、あることに気づくと相手の方を見た。




「気づいたのですか?どうやら、貴方は優秀なようだ。ですが、今後を思えば、その頭は私のために使った方が得策ですよ。もちろん、体もね。それに、これは私だけの考えではないから、この場で何をしても変わりませんよ?」



 その発言に確信する。商会長は、いや、この国は戦争を再び始める気だ。



「……最初からこのつもりで?」



「それはそうでしょう。貴方のお父様には本当に感謝しています。もうほとんど準備は終わっていますしね」



 血の気が引いていく。それに、父は、私と商会長の話が分かっていないようだ。曖昧な笑みで頷いている。

 

 私は頭を必死で動かし、策を巡らせるが、手段が無い。


 話を聞く限り、この場で彼をどうしようとも変わらないのだろう。それに、私が排除されてしまえば、妹が連れて来られてそれで終わりだ。

 

 私がこの場から逃げ、時間を稼ぎつつ、妹が連れられてくるまでの間に王家に伝え対応する。

 

 考え得る限り、これが最善手ではあるが、父がこちら側にいない以上実現可能性が低い。恐らく相手はそこまで見越してわざわざ相手の領内を選んだのだろう。屋敷を逃げられたとしても、国境で止められてしまえばそれで終わりだ。


 考え続ける私に商会長は笑みを深めた。



「おっと、ウォルター侯爵。お嬢さまは長旅でお疲れなのかもしれませんな。明日の婚約式までに何かあってはいけませんからすぐに寝室に案内させます。それに侯爵もお疲れでしょう、別に部屋を準備しましたのでお体を癒してください」

  


 彼が手を叩くと、多くの使用人が入室し、私を取り囲みながら父とは反対方向に連れて行く。

 

 そして、そのまま窓が無く、扉が一つだけの部屋に連れて行かれると、部屋の中にはメイドが二人ほど残った。どうやらこのまま明日まで監視続けるようだ。


 私は無気力な様相で、食事を食べると、ベッドに入り、顔まで布団をかぶりながら考える。




 関所を抜けるには何かしらの手段がいる。であるならば、最後の機会は明日、商会長に近づいたときだろう。


 彼を人質にして、逃げる。武器は近くの物を使い、無ければ髪飾りを確保しよう。





 自分のことなら我慢する。でも、これはそうじゃない。動けなくなるまで足掻いてみせよう。


 今の私には何もせずに諦める気持ちは一切無かった。



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