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新しい王

 しばらくして汗が引いてきた。流石にそろそろ会場に戻らないとまずいだろう。 


「ハンカチは後日新しい物をお返しさせて頂きます」


「いや、それは君にあげるよ」


「しかし……」


 その言葉に気後れする。たかがハンカチとはいえ王族の者を賜るということの意味は極めて重い。


「いいんだ。君は別にそんな気はないだろうが、君の先ほどの言葉のおかげでようやく決心できたことができたからね。そんなのじゃ足りないくらいさ」


「……わかりました、ありがたく頂戴いたします」


「ありがとう。では、先に戻ってくれるかい?少し後に僕は行くから」


「かしこまりました」




◆◆◆◆◆




 先に会場に戻る。今は貴族同士で歓談をしているようだ。父は近隣に領地を持つ貴族。


 義母と妹は義母の実家の縁のある貴族達と歓談していた。


 

 

 私は、特に話す相手もいないので、目立たない位置に行こうと足を踏み出した瞬間、同時に動き始めた人とぶつかりかける。


「申し訳ありません」



 先ほど過度の負担を体にかけたからかもしれない。少し頭がぼんやりとしていた。



「いいえ。こちらこそ…………これは、クレア様。御機嫌よう」



「…………これは、カテジナ様。御機嫌よう」


 

 どうやら、相手は以前の社交界で釘を刺しておいたカテジナ様だったようだ。当然、相手はこちらを嫌っているので睨みつけるような目で見ている。

 

 ただ、一言も無く離れるのは流石にマナー的にどうなのかと思ったのか、言葉をこちらにかけてきた。



「本日はクレア様も装飾品を身に着けられるのですね。特に、その指輪は大変センスが良いと思います」

 

「ありがとうございます。そう言って頂けて、とても嬉しいですわ」


 

 普段はほとんど身に着けることは無いが、今日は貴族が勢揃いのパーティなので、母の遺品を主として装飾品も身に着けている。


 特に、指輪は古い物ではあるものの、かなり高価なものだと聞いている。彼女の家は普段から高価なドレスや装飾品に触れる機会が多いので、目利きができてしまうのだろう。


 あまり見られると、外での作業の時にできた細かな傷やタコに気づいてしまう可能性があるのでさりげなく隠しつつ話を続ける。



「しかし、カテジナ様の家ならばこのようなものはたくさんあるのではないですか?羨ましい限りです」



「そんなことはありませんよ。それに、新しい物を欲しがるだけではいられないとわかりましたので」


  

 彼女はそう言うと自分の薬指にある指輪に目を向けた。


 その話題は鬼門なので触れないでいたが、やはり彼女は元々の婚約者の方を最終的に選んだのだろう。


 彼女がこのパーティに出られていて、かつ、目立つ薬指に婚約指輪をつけているということはそうゆうことだと思っている。お互いにその話題には触れないが、彼女はその指輪を少し撫でるとこちらに再び目を向けた。



「では、父の方へ向かいたいと思いますのでこれで失礼いたします。またいずれ」


「はい、機会があればまた」



 そう言って、彼女が去っていく。私は、彼女の目に宿った何とも言えない感情に無性に居心地の悪さを感じた。





◆◆◆◆◆





 カテジナ嬢と分かれた後、少ししてレオン殿下が会場に戻ってくる。


 そして、その後ろにはそれまではいなかった国王陛下。



 陛下は、皆が礼を取ろうとする前によく通る声で話しだした。



「皆、礼は不要だ。そのままで聞いてくれればよい」



 そして、皆が意識を向けるのを待つと、重ねて口を開く。



「今日、実は二通りの言葉を考えておった。一つは息子を祝ってもらったことにただ礼を言うもの。そして、もう一つはこれから皆が聞くことになるものだ。これは、全員にとって大きな意味を持つものになるだろうが、最後まで黙って聞いてくれることを願う」



 陛下はそう言うと深く息を吸い、言葉を放った。



「本日を持って、儂は王位を降り我が息子、レオン・リ・クロレタリアにその座を譲ろうと思う。ただ、しばらくは、混乱が無いように儂も関わるつもりだから安心して欲しい。それと、息子の誕生日にこれほどの者が集まってくれたことに深く感謝している。恐らく新王の体制にもそれほど時間をかけずに移れるだろう。皆の忠誠に期待する。以上だ」


 

 そこまで伝えると陛下はレオン殿下の肩を軽く叩いて、退出していった。そして、それを見届けると、レオン殿下が口を開く。



「皆、聞いた通りだ。今後は、私が王として皆を導くことになる。ただ一つだけ、伝えておきたいことがある。それは、私は弱者がただ泣くような国を望まないということだ。そして、私はその先が茨の道であろうとも歩み続ける。背中を押してくれた者のためにも」


 

 その言葉を聞き、少しざわめきが起こる。恐らく、言っていることが抽象的で、よく理解できないからだろう。


 だが、それを言った人がどういう人かを知っているのであればある意味では一部の貴族への宣戦布告とも取れるだろう。現に、群衆の中には険しい顔をしているような貴族がいるのがわかった。



「混乱させてすまない。ただ、恐らく言葉だけでは伝わらないことだろうからな。しかし、明日から私がどう動くかを見ていれば自ずと何が言いたかったかは見えてくると思う。今日は本当にありがとう。明日からよろしく頼む」



 最後にそう言い放つと、レオン殿下は前だけを見据えて会場を出て行った。




 そして、その後、会場のそこかしこで先ほどの話が意味するところは何かということの相談が行われ始めた。


 だが、情報がない中ではあまり議論は進まないのだろう。だんだんと声の量は減っていき、やがて大貴族から順に会場を出て行った。



 そして、その流れに乗るように続々と貴族が退出していく中、我が家も順番に従って馬車へと向かった。




◆◆◆◆◆



 

 行きと同じように馬車の中はほぼ無言のまま家に帰る。父は帰りの車中ずっと考え事をしており、家に帰ってすぐに書斎へ入った。


 そして、義母と妹も、下手に父の機嫌を損ねたくないようで、使用人達と静かに自室へ向かったようだ。




 朝と違い、時間の制約が無い今、私は一人で自室に戻った。そして、ゆっくりとドレスを脱ぎ、装飾品を外していく。


 正直体をすぐに清めたいが、少し待つ必要があった。


 今日は特別な日でもあるので浴室には湯が張られているだろう。だが、義母と妹の湯あみが先でないとまた無駄な諍いを生む。






 私はその待ち時間の間、先ほどのレオン殿下の言葉を思い出していた。多くの貴族に疑問を抱かせた最後の言葉を。

 


「『弱者がただ泣くような国を望まない』か…………」



 それだけでは具体性が無く、何をするのか不明だ。


 しかし、それが下層や中層の待遇改善を意味するのであれば大きく世の中が動くだろう。



 そして、以前ならばまるで関心が無かったそのことに、今は強い関心を抱いていることに内心驚く。


 考えて見ればそれは当然なのであろうが、それは私の人生にとって初めてともいえる経験だった。


 そこに顔を知った親しい人たちがいる。それだけで物事が自分事になることを私は今まで知らなかったのだから。

  

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