君がそれを望まなくても
「どうだ?聞きたい話は聞けたか?」
アラン殿下がそう問いかけ、私はそれに対して頷く。
「そうか。俺はな、君と最初に会った日、かつての俺の目にとても似ていると思ったんだ。だから、手を貸した。そして、その後調べて尚更思った。君は世界というものに絶望してしまったのだろう?」
「…………そうかもしれません。私は、この世界が悪意や打算に満ち溢れていると知りました。 故に、私は周りに期待せず、信じない。これまで、人を傷つけたことも少なくありません。恐らく、私は善人では無い。だから、殿下が私に手を差し伸べる意味は無いと思います」
今まで人に心の内を打ち明けることはしてこなかった。それが無駄だと知っていたから。
だが、彼のその全てを見透かすような目に私は諦めたようにそれを伝える。
「俺の知る限り、君は悪意に満ちた環境で育ちながらも、人を傷つけるのではなく、ただ自分の身を守ることにしか力を使ってこなかったはずだ。腐った果実は周りも腐らせる。だが、君は表面はそう見えるかもしれんが、その実、中まで腐っていない。故に、俺は君を助けたことを一切後悔していないし、立ち上がれるように手を貸したいと今でも思っている」
彼は私の言葉に対し、強くそう言い切る。そのまっすぐな目を見ていられなくて、目を逸らす。自分がそれをされる価値のある人間なんだと勘違いをする前に。
だが、彼は黙る私を放っておかないらしい。こちらに近づき肩を掴むと無理やり自分の方を向かせる。
「…………君に言葉で何を言っても無駄なことは分かった。ならば、私は君の手を引く。君がそれを望まなくても」
その言葉に困惑する。表情も取り繕えないほどに。
「まあ、諦めてくれ。過ちに気づいても、自分勝手な部分は変わらなかったからな」
彼はそう言って明るく、力強く笑った。その陰を感じさせない笑顔はまるで太陽のようだと私は思った。
◆◆◆◆◆
その日から、私は殿下に連れ出され続けた。毎日決まった時間に外で待ち合わせをさせられ、いろいろな手伝いに駆り出される。
畑仕事に、炊き出しに、幼学校の手伝い等毎日クタクタになるまで働かされた。
だが、不思議と私はそれが嫌では無かった。むしろ、毎日顔を会わせるうちに徐々に仲良くなっていった人達との繋がりに居心地の良さすら感じていた。
そして、今日は畑仕事に従事している。
畑の主であるシーラさんは、アラン殿下の昔からの知り合いらしいが、とても気の強いお婆さんで、最初は毎日のように怒られた。だが、毎夜動作の復習をし、自分でもわかるほどに上達してからは褒められることが増えた。
「ほら、クララちゃん、今度はこっちを耕すよ」
「はい、シーラさん。わかりました」
「しかし、あんたは本当に覚えるのが早いねえ。それに根性もある。最初はいけ好かない無表情な良家のお嬢ちゃんかと思っていたけど、私はあんたを気に入ったよ。もし息子が結婚していなかったら嫁にさせていたところだ」
良家のお嬢ちゃんと言われて少し心が跳ねる。偽名を使い、貴族の娘だということも伏せていたはずだが。
「良家の娘に見えましたか?」
「当たり前じゃないか。仕草と言葉遣いもそうだが、何より手が綺麗すぎたからね」
なるほど。言われて見ると確かにそうだ。今までの私ならすぐにわかるようなことなのにと、少し理由を考える。
そして、なんとなくわかった。シーラさんとその家族からは、悪意を感じられない。
それに、これまでアラン殿下に連れられて行ったところはどこもそうだ。流石に、多少の悪意を持つ人もいる。だが、騙すのではなく、助け合いながら生活している人がほとんどだった。
「黙っていてすみません。騙すつもりは無かったのですが」
「いいさ。人には色んな事情がある。家族にすらも話さないことだってあるんだ。それに、アールの坊やが連れてくるやつが変な奴じゃないことくらいは最初からわかっていたしね」
ここしばらく彼に連れて行かれて思った。彼の善意は正しく意味を為していると。
人を良い方向に導きたいというその意志はどこへ行っても多くの人に影響を与えていたのだから。
「よし、そろそろ休憩としようか。ちょうど孫娘も来たようだし」
遠くから幼い女の子が走ってくるのが分かる。そして、あっという間に近づいてくると、私のお腹に向かって突撃してくる。
土に汚れた手で触るわけにも行かないのでその衝撃を甘んじて受けていると、彼女はとびっきりの笑顔で話しかけてくる。
「クララお姉ちゃん。アールお兄ちゃんがお花で冠を作ってくれたの、すごいでしょ!」
どうやら、それを自慢しに来たようだ。遠くで別の作業をしていたアラン殿下も休憩中なのかこちらに近づいてくるのが見える。
「とても綺麗ね。それに、よく似合っているわ」
「でしょう?お姉ちゃんの分もあるから早くしゃがんで」
言われるままにしゃがみ、届く位置までくると、頭の上にお揃いの花飾りが乗せられる。
「お姉ちゃんもすごい似合ってるよ。まるでお姫様みたい!!」
「ありがとう。素敵なプレゼントで嬉しいわ」
「うん。他の皆にも見せてくる」
そう言って彼女は嵐のように去っていった。
気づくと、アラン殿下はすぐ近くまで来ていたようで、声がかけられる。
「確かに、お姫様のようだな。穢れの無い白いティアラが良く似合っているよ」
その言葉に少し顔に血が集まるのが分かる。最近のこの人は恥ずかしげも無くこういうことを言ってくるから困る。いつの間にか周りには誰もいなくなっており、それが唯一の救いだった。
「ありがとうございます。ですが、流石にそれは言い過ぎだと思いますよ」
「いや、そんなことはないさ。時間を共有する中で分かった。君は……クレアは賢く、努力家で、優しい。恐らくこれまではただ、周りの色が映ってしまっていただけなのだろう。私の目には、今の君がその花と同じように真っ白で、穢れの無いように見えるよ」
彼は強くそう言い切る。そのまっすぐな目を見ていられなくて、目を逸らす。以前とは違い、今回は恥ずかさから。
太陽の下では暖かな風が吹いている。それはまるで優しく私達を包んでくれているように感じた。




