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無銘の剣が示すもの

 翌日以降、私はアラン殿下を観察し続ける。加えて、御用商人にも追加の情報を徹底的に調べさせた。


 だが、最初の噂を覆すような情報は全くと言っていいほど集まらなかった。それは直接自分が見ても変わらず何一つ進捗していない。



 

 誰もが嫌がるドブ掃除を率先して行い、下層の衛生環境の改善に取り組む。


 身銭を切って食材を調達し、孤児院での配給ボランティアを行う。


 夫婦喧嘩の仲裁をし、双方に誤解があることを導き出して仲直りさせる。


 水路で溺れた子供を自分の命を懸けて助けに行く。

 



 色々なことを見てきたが、正直戸惑っている。これまでは、どれだけ綺麗に見えても、叩けば多少の綻びを見つけられることばかりだった。


 しかし、今回は逆にその噂を裏付けるような光景を呆れるほど見せられている。



 今日も離れた物陰から遠眼鏡を使って観察していたが何も成果は無かった。 



「本当に善意だけで動いているとでもいうことかしら。全く信じられないことだけど」



 これまでそのような人と接したことが無いからだろうか。証拠を見せつけられても現実感が湧かない。しかし、これ以上やっても無駄だと思い、自分の中で整理をする意味も込めてそう呟いた。



「まあ、残念でしたね。でも、別に貴方が悪いわけじゃないんで落ち込まないでください」



 その瞬間、突如後ろから声が響いた。それに対し、私は咄嗟に懐のナイフを取り出すとそれを構えて振り返る。



「そう身構えないでくださいよ。何かするつもりはありませんので」



 そこには、アラン殿下の護衛騎士であるゼクスが肩を竦めて立っていた。


 私は人に見られないように最大限警戒していたつもりだったが、やはり本職は次元が違うらしい。全く気配もなく彼に後ろを取られていたようだ。



「…………ゼクス様はどこから見られていたのでしょう?」



 背中に汗が伝う。護身術程度なら嗜んでいるが、戦闘のプロの前では児戯に等しいだろう。

 


「敬称等は不要なんですが、まあいいでしょう。全部見ていましたよ、それこそ最初っからね。でも、貴方は坊ちゃんに悪意を抱いているわけじゃないのは大体わかりました。ただ、不思議に思ってるだけなんでしょう?だから、俺も貴方に危害を加える気は無いし、侯爵にも言う気は無いので安心してください」

 


 どこまで本当かは分からないが、バレている上、相手のが直接的に強いとなれば何をしても一緒だろう。私は諦めもあり、構えを解いた。



「なるほど。つまり、私の行動は殿下にはお見通しだったわけですね」



 自分のできる限り試して見たが、相手の力量が上だったらしい。流石は王族というべきか。まあ、協力者が少なすぎることも敗因の一つだとはわかっているが。

 


「いや、坊ちゃんは何も知りませんよ?」


 

 その言葉を聞いて一瞬何を言っているかわからなくなる。それは、つまりあの行動には何ら虚実が無いということになる。



「アラン殿下は知らない?では、あれは正真正銘本心からの行動ということですか?」



 その問いかけに対し、彼はにっこりと微笑み頷く。 



「そんな、まさか」



「信じられないでしょう?わかりますよ、その気持ち。以前の私もそうでしたから」



 彼のその表情、声色には嘘は見られず、これまでの殿下の行動と合わせてかなりの説得力を感じさせる。  

 

 信じられない。だが、それが事実だと認めなければならないのかもしれない。ここまで動いても反論の材料一つ見つからなかったのだから。



「……そういう人も世の中にはいるのですか。正直、私の人生にはいなかった類の人なので混乱しています」


 

 私がそう言うと目の前の彼は何が可笑しいのか笑い出す。そして、笑いが治まると言った。



「あんな人そうそういないと思いますよ」 



 なるほど。私の世界が狭すぎただけではないらしい。そんな人ばかりなら良かったのにと少し、残念に思う気持ちもあるが。



 そして、彼は過去を懐かしむような顔をすると続けて口を開いた。



「少し昔話をしましょうか。貴方は以前の俺と同じ側の人間だと思いますから」







◆◆◆◆◆




 両親は下層出身のどうしようもない人間だった。子供に盗みをさせ、稼ぎが悪ければ殴られる。まるで奴隷のように扱われる日々の中、それでも俺には希望があった。


 それはたった一人の妹だった。彼女は、俺を常に心配し、共に泣き、共に笑ってくれた。


 自分の中で家族と呼べる存在は妹だけだった。


 

 そして、いつものように盗みを命じられたある日、胸騒ぎがして家に帰ると父が妹に暴行しようとしていた。隣にはそれを見て笑う母親。当然、俺は怒り狂う。

 

 気づくと目の前には泣きじゃくる妹だけがおり、他に動く者は誰もいなくなっていた。


 

 それから二人で、支え合って生活を始めた。苦しい毎日ではあったが、何とか生活が回りはじめ、知人や友人もできた。だが、不幸という悪魔は諦めが悪いらしく、再び自分達の身に襲い掛かった。


 高熱を出し、倒れる妹。家財を売って得た金で医者に見せると、重い病気だと分かった。治療方法は無く、薬を定期的に投与する必要があると併せて伝えられる。


 当然自分の稼ぎでは薬なんか買えない。


 そして、借金の申し出をした途端、周囲の人間は離れていった。知人はもちろん、友人だと思っていた人も全て。


 人の善意など期待できない。俺は自分を戦争奴隷として売ったお金で妹を病院に預けると戦場に出た。下層出身では碌な職業に就けない。だから、自分を買い戻し、妹の治療費を稼ぐ他ないと決意して。


 子供の傭兵等、あっという間に死んでしまうのが世の常だ。だが、俺には才能があったらしい。毎日激しい戦に身を投じながらも生き残り続け、気づいたら死神と呼ばれるまでになっていた。

 

 稼ぎは増え治療費も十分賄えるようになった。しかし、妹はそれを嬉しくは思わなかったらしい。日々命をすり減らす俺を心配し、自らの存在が兄を苦しめていることに自己嫌悪した。


 普通の仕事では妹の治療費を稼げない、だが、戦場に出れば妹が悲しむ。そんな矛盾にイラつく毎日を過ごしていた。そんな時、下層なんかで慈善活動をする変な男に出逢った。




 初対面の癖にそいつは言った。



『そんな顔をしてどうした?困ったことがあるならできる限り力になろう』と。



 イラついた俺はそいつを力一杯に殴りつける。そして、何度か殴り息が荒れた俺にそいつは言った。

 


『気は済んだか?次はちゃんとわかる言葉で話してくれ』と。



 その台詞に俺は呆れてしまい、ポツポツと事情を話し始める。



 そして、全ての話を聞き終えた後、そいつは言った。



『よし、ならばちょうど私の護衛騎士が空いている。十分高給取りだからそれでいいだろう』と。



 護衛騎士とは王族毎に一人だけ付く専属騎士を指す言葉だ。王家を騙るなんて頭のおかしい奴だと怪訝な顔をする俺にそいつは懐にしまった紋章を見せつける。



 それに理解が追い付いてきて、少し期待した俺だったが、すぐに冷静になり問いかけた。

 

 そんなことは無理だ。護衛騎士は爵位持ちしかなれない。下層出身の俺がどれだけ功績を重ねてもそれは覆らないだろうと。


 しかし、彼は腫れた顔のまま自信満々に言い切ったのだ。その顔はいたずらを思いついた少年のような笑顔で不思議と惹きつけられた。



『それなら私でも用意できる準騎士の爵位をついでに渡してしまえばいい。むしろ爵位分の給金も出るようになるし尚更いいじゃないか』と。



 その口から放たれた突拍子もない言葉を聞いた俺は、思わず吹き出してしまった。そして、初めて腹を抱えて笑ったのだ。


 


◆◆◆◆◆








「これが、俺と坊ちゃんの話です。どうです?疑うのが馬鹿らしくなってきたでしょう?」



 作り話かとも思うが、彼が滅多に聞かない準騎士という爵位持ちであること、そして護衛騎士であることは事実だ。


 恐らく本当のことなのだろう。



「……そんな話があったのですか。全く知りませんでした」



「それはそうかもしれませんね。陛下が口さがない連中にまとめて罰を与えて以来、この話はあまりされなくなりましたから。王宮勤めの者なら多少は知っているかもしれませんが」



 なるほど。確かに私の持っている情報は直接人から聞くのではなく、人を介してきた情報がほとんどだ。そうゆう理由なら知らなくても無理はない。



「ですが、アラン殿下はなぜそれほどまでに人に善意を抱けるのですか?噂を流す悪意を持った連中がいることは当然アラン殿下も把握しているのでしょう?」



「そりゃ知ってますよ。あれだけ言われりゃね。でも、坊ちゃんは全く気にしていません。なんだかんだあの人自分勝手ですから。それと、あの人がそう生きる理由は直接本人から聞いた方がいいと思います。もし良かったら一度会いたい旨を伝えときますがどうでしょう?」


  

 悩んだ末に私は小さく頷く。それを見た彼は笑みを深めた。



「そうこなくっちゃ。じゃあ、これで俺は失礼します。貴方も気を付けて帰ってください」


 

 彼の背中が遠ざかっていくのを見ながら私は頭の熱を少しでも外に出せるように深く息を吐いた。


 普段の私なら深入りしないだろう。だが、それを抑えられないほどに私はこの国の第二王子、アラン・リ・クロレタリアに興味を持ってしまっているようだった。

 

 

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