プロローグ
他の作品は毎日が多いですが、これはもしかしたら不定期更新になるかもしれません。
※別ジャンルの作品を優先しております。
私、クレア・フォン・ウァルターは建国時から続く由緒正しきウォルター侯爵家の娘として生を受けた。
しかし、私は今の立場が恵まれた立場だと感じたことは無い。
もし、誰かと代わらなくてはいけないということになっても恐らく特に感慨も無くこの立場を差し出すことができるだろう。
この世界の全て嫌いだ。私を含めてその何もかもが。
現在のウォルター侯爵家は伝統のみが残る古臭い家で、それほど力のある家では無い。
だが、父はその血統に強く拘りを持ち、私にその身に流れた優れた血に相応しいだけの行いを常に強いた。
稽古事で優れた評価を出せなければ折檻された。暴力を振るうことは無かったが、食事を抜いたり、座敷牢に閉じ込めたり、あげく真冬に着の身着のまま外に出されたこともある。
愛情を注がれた記憶は一切無く、血筋に相応しい行動をということを第一に考える人だった。
今なら少しわかる。お父様はあまり優秀ではない。更に自分の評価が下がることを恐れ、また、外で馬鹿にされた分を私にも八つ当たりしていたのだと思う。
私を産む時に亡くなった実母の代わりに嫁いできた義母は、父の不満をぶつけられる度に私を痛めつけた。怪我が残らないような強さで叩かれたり、服で隠れるような部分を執拗に傷つけられた。
優しく接せられた記憶は一切無く、むしろ事務的な会話と恨みの籠った目しか向けられたことが無い。
今なら少しわかる。お義母様は父を嫌っている。明らかな政略結婚で娶られた上、父は母をぞんざいに扱っている。義母の家よりもこの家のが格上だからか流石に父に直接歯向かうのは怖いようで、その娘である私に対し悪意を向けていたのだと思う。私の目元が父によく似ているから余計かもしれない。
義母が産んだ妹は私を陥れるよう何かある度に嫌がらせをしてくる。
仲良くした記憶は一切なく、姉を敬う気持ちはもちろん、あらゆる好意を向けられたことが無い。
今なら少しわかる。妹は自らの母親の真似をし、私に悪意を持つようになったのだろう。そして、父が常に二人を比較し競わせるから更にそれが加速し今のような状況となったのかもしれない。
これまで悪意の揺り籠の中で育ってきた。それでも、私にはまだ希望があったのだ。
私は外の世界に憧れを抱いていた。物語で読んだ外の世界は輝きに満ち、人の善意に溢れていた。外に出されず、家の中で悪意に晒され続けた毎日に唯一希望を与えたそれに私がどうしようもなく縋りつくのは当然の帰結だった。
初めての社交界の日、平然とした顔をしつつ、淡い期待を胸に外に赴いた。
しかし、そこで私は現実を知る。
そこは家と何ら変わりがなく悪意に満ちていた。笑顔で近づく他の貴族の娘たちに嵌められ大事なドレスを台無しにされて帰った。そして、当然父はそれを見て慰めるでもなく折檻し、母と妹は父の見えぬ場所で嘲笑い、罵倒した。
その日私は、外の世界も家と同じなのだと知った。
今ならはっきりとわかる。この世界は悪意や打算に満ち溢れている。
人は皆余裕が無く、他人を蹴落とすことで世界は成り立っている。
物語のように打算無しに差し伸べられる手など無い。見返り無しに人を救おうとする人などいない。少なくとも私の知る限りでは。
だから私は周りに期待しない。信じない。そうやって生きていくのが正解なのだ。