番外編 リカルドの物語 その3
「見て! 見て! メイちゃん、ものすごく可愛いでしょ!」
ミラは、じゃじゃーんと得意げに支度の終わったメイをお披露目した。
平民が着るような薄青色の膝丈のドレスはシンプルなデザインだが襟元や裾のレースが上品なので、動く度に揺らめいて華やかな印象を与える。髪も丁寧に編み込まれてドレスと同系色のリボンで飾られていた。
ミラとエマが丁寧に化粧を施してくれたので、ちょっとだけ頬に散らばるそばかすは綺麗に消えて滑らかな白磁のような肌になっている。くっきりとしたアイラインが少し下がった目尻と印象的な瞳を強調している。真ん中にある鼻はちょっと低めだが、その下にある唇は赤く色づいてぷるんと艶めいていた。
メイは鏡に映る自分の姿が信じられなかった。
(……これが私?)
リカルドは眩しそうに目を瞬かせてチラッとメイを見つめる。
「うん……悪くないんじゃないか」
彼は顔を逸らしながら呟いた。
「まーーーー! 『悪くない』ですって!? こんなに可愛いのに? もっと他に言い方があるでしょう」
ミラの言葉にリカルドは苦笑いしつつもメイの方に視線を向けようとはしない。
(私にしては最上級の姿だけど、ミラ様に比べたら全然だわ。副団長だってミラ様の方しか見ていないし)
メイは不意に惨めな気持ちになったが、お世話になったミラに対して失礼な態度は取れない。
笑顔を張りつけたまま、ミラとリカルドの親しげなやり取りを眺めていた。
「あー、メイ、じゃ、行くか?」
コホンと咳払いしてリカルドがメイに腕を差し出した。
「……どこに?」
「あ、えーと、今夜、広場でお祭りがあるだろう? 一緒に行かないか? 料理長にはもう許可を取ってあるんだ」
「え? どういうこと?」
メイが戸惑っているとリカルドの眉間にどんどん皺が寄ってきた。
「……他の奴と出かける約束をしているのか? ニックか?」
「へ!? ニック? ニックには誘われたけど……断ったよ」
思わずメイが赤くなるとリカルドは安心したように息を吐いた。
「じゃあ問題ないな!」
今度はメイの手を握って歩き出す。
そんな様子をミラ達はニヤニヤと見守っていた。
「いってらっしゃーーーーい! 楽しんできてね~!」
扉のところから見送られてメイはおずおずと手を振り返した。
そのまま王宮の廊下を並んで歩いていると、リカルドに負けずとも劣らない背の高い超絶美形男性とすれ違った。
前髪が長いので見えづらいが、右目の上から頬にかけて大きな傷があるようだ。それでも、その人の美貌が損なわれることはない。逆に野性味があってセクシーに見えるから不思議だ。
「リカルド。出かけるのか? ミラは?」
突然、ワイルド美形がリカルドに声をかけてきてメイは驚いた。声も渋くて素敵だ、と聞き惚れてしまう。リカルドが少し嫌な顔をして振り返った。
「リアム様。はい。ミラ様たちはお部屋でお待ちです。今夜はお出かけの予定がないと伺っていたので休みを頂いたのですが……」
(ああ、ミラ様の旦那様。ウィンザー公爵に違いない。噂に違わず美形だわ~)
メイが考えている間にも会話は進む。
「ああ、聞いている。問題ない。俺たちは今夜ずっと部屋にいる予定だ。ゆっくり楽しんで来てくれ。そちらのお嬢さんがメイさんかな?」
「は、はいっ!!!」
メイは思わず上擦った声を出した。
(だって、こんな麗しい男性は滅多にお目にかかれないわよ)
黒い長髪に少し緑がかった明るい茶色の瞳は穏やかで聡明さが滲み出ているし、顔の傷も全然気にならないほどの超絶美形だ。
「ドレスも髪型もとても可愛らしいね。よく似合っている。リカルドにはもったいないな」
褒められてメイの顔が真っ赤になった。
「あ、ありがとうございますっ!」
深くお辞儀をすると、微笑みながら軽く手を振って去っていった。
「……カッコいいなぁ」
「お前、リアム様に見惚れたな?」
酷く険しい顔つきのリカルドを見てメイはびっくりした。
(子供みたいに悔しそうにしかめっ面をする副団長なんて今まで見たことない)
「え、だってあんな綺麗な男の人、初めてみ……」
言いかけている途中で突然唇を奪われた。荒い吐息を唇に感じると、全身が燃えるように熱くなり膝に力が入らなくなる。
「……あの方のことを褒めたら口を塞ぐ」
「ちょちょちょちょっと待って! なんでいきなり!? は、はじめてだったのに!」
「嫌だったか? 悪かった」
思いがけなく不安そうな顔をするリカルドにメイの胸がきゅんと跳ねた。
「い、いやじゃないけど……」
「本当か?」
ホッとしたように息を吐いたリカルドだったが相変わらず険しい表情だ。
「リアム様については何も言うな! いいな?」
「どうして……?」
「みんなリアム様に見惚れるんだ」
「仕方ないじゃない。あんなカッコいい……」
再び唇を塞がれた。はぁはぁと息が荒くなるリカルドとメイ。
「お前は、お前だけは……俺だけを見ていろよ!」
振り絞るようなリカルドの声にメイは驚いた。しかし一方で納得できる部分もある。
リカルドはウィンザー公爵夫人、つまりリアム様の奥様に片思いしているから……。リアム様への嫉妬が止まらないのだろう。それを考えると自分でも驚くほど心が傷ついた。
「……リカルドだって」
小さい呟きが口から洩れる。
「は!?」
「リカルドだって、ミラ様ばかり見ていたじゃないか!?」
「俺が!?」
「そうよ! 自分はミラ様に見惚れていたくせに私ばっかり怒る!」
リカルドが動揺して両手で頭を押さえた。
「いや、待て……。違う! 違うんだ! お前が可愛すぎて、目を合わせられなかったというか……照れくさくて見ていられなかったんだ。だから、目を逸らすためにミラ様を見ていただけで……」
「嘘つき! 絶対違う。ずるいよ。すごく切なそうな顔で見つめていたくせに! 副団長が好きなのはミラ様なんでしょ!? 私なんかそれを誤魔化すための道具に過ぎない癖に!」
叫んだ瞬間に涙がポロリとこぼれる。一度泣き出すと止まらなくて、大粒の涙が次々と頬を濡らした。私の涙を見てリカルドが慌てふためいた。
「いや!? な、なにを言ってるんだ!? 誤解だ! 誤解! そりゃ、いきなり……その……告白もなく外堀を埋めようとしたのは悪かったと思ってるけど!」
「何の話よ!? 全然意味が分かんない!」
「待て! 聞いてくれ! ニックがお前を誘ったって聞いた。それで気が気じゃなくなって。慌てて料理長に今夜お前を誘っていいか許可を取りにきたんだ。そしたらお前はびしょ濡れになってるし……」
「は!? ニックが何なのよ!? 副団長が何を考えてるのか全然分かんないよ!」
(せっかく綺麗にしてもらったのに……)
お化粧がぐちゃぐちゃになるのも構わずメイは叫んだ。リカルドは本気で狼狽えている。
「説明しなかったのは悪かった! ちゃんと告白してお祭りに誘うつもりだったんだ。でも、もし断られたらどうしようって不安になって。それで、濡れているからっていうのを口実にしたのは悪かった。男らしくなかったと思う。……俺はお前が好きだ! 俺と付き合ってほしい!」
「嘘よ! なんで? なんでそんな嘘をつくの?!」
メイの言葉にリカルドが呆然自失と立ち尽くす。
「……嘘? は!? なんでそうなる!?」
「だって……だって、副団長はミラ様が好きなんでしょ? 私が好きっていうのだって、きっと『足が速い』とか『厨房にいる』とかそういう共通点があるからでしょ? 結局私を見てないのよ。そんなの私が好きって言わないよ」
「いや、聞いてくれ! 最初はもしかしたらそうだったかもしれない。でも……気になってお前を目で追うようになってから、俺はお前から目が離せなくなった。ちゃんとお前が好きだ! 分かってくれ!」
リカルドはメイの肩に両手を置くと、真っ直ぐに彼女の目を見ながら軽くその肩を揺さぶった。リカルドの真剣な眼差しに引き込まれるようにメイも彼を見返した。
「お前はいつも頑張ってる。重い材料を運んだり、厨房の掃除や調理道具の手入れもお前は一人で黙々とこなしていた。縁の下の力持ちっていうか……目立たないけど大切な存在だろ? お前はそんな目立たない役割をいつも楽しそうにやっていた。仕事の愚痴を言うのを聞いたことがない。人の文句や悪口を言うのも聞いたことがない。俺はそんなお前に惹かれたんだ。本音を言うと、料理長に会いにくるふりをして、俺はお前に会いにきていたんだ!」
メイの顔が、首が、耳が、真っ赤に染まった。全身が熱くてどうしたらいいのか分からない。
「副団長はずっとミラ様のことが好きなんだと思ってた」
「昔の話だ。もう……とっくの昔に忘れたよ」
「でも! でもね。副団長は『ミラ様』って言う時にすごく優しい表情を浮かべるのよ! 本当に切なそうに! あんな顔を見たら、どうしたってミラ様のことが好きなんだなって! そう思ったら……ちょっと悲しかった」
リカルドはメイの顔をまじまじと見て、新たに零れ落ちそうな彼女の涙を指で拭った。
「……嫉妬しているように聞こえる」
メイは図星をさされて顔が真っ赤になった。
「な、ななななによ。嫉妬なんて…………してるわよ!!!! 悪い!?」
それを聞いたリカルドが爆笑した。
「ハハハハハ……お前、ホントに……可愛いな」
目に涙まで浮かべて笑っているリカルドを見ていたら、メイも何だかおかしくなって二人でしばらく笑ってしまった。
再び沈黙が降りてきた時、リカルドは真面目な顔でメイの頬に手を当てた。
「俺も……お前がリアム様に見惚れた時、嫉妬で狂うかと思った。二度とするなよ。俺も気をつけるから」
メイは唇に当たる柔らかい感触を今度はうっとりと味わった。
*読者の方からご指摘を頂きまして、ヒロインの名前を変更しました。
*読んで下さってありがとうございました!




