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番外編 リカルドの物語 その1

*リカルドのその後を番外編で書きました(*^-^*)。3~4話になる予定です。読んで頂けたら嬉しいです!

「ウサギが逃げたぞ!」


 庭から声が聞こえてメイは飛び出した。


 今夜のおかずになるはずのウサギが厨房から逃亡したのだ。自慢の俊足を活かしてウサギを追いかける。『ごめんね』と思いながら必死に逃げるウサギにタックルして捕まえた。


 勢い余ってそのままゴロゴロと転がり、壁にぶつかりそうになったところを腕の中のウサギと一緒にひょいと持ち上げられた。


 しかも、襟首を掴まれている。


(猫じゃあるまいし! 誰!?)


 振り返ると世にも美しい騎士の顔面があった。


「リカルド副団長!?」


 思わず叫ぶと無表情だった彼の顔がふっと緩む。


「お前は相変わらず落ち着かないな! 壁に激突するところだったぞ!」


 苦笑いする近衛騎士団副団長の麗しい顔貌を見て、メイは悔しくて頭に血が上った。


「別に副団長に助けて頂かなくても、私は大丈夫でしたっ!」

「また無理をするな。勝負に負けた奴が言うことじゃない」


 皮肉な笑みを浮かべ再び過去の勝負のことを持ち出されて、メイは益々しかめっ面になった。



***



 史上最年少で王宮の花形である近衛騎士団の副団長になったリカルドは、王都の若い女性の熱い眼差しを一身に集めていると言っても過言ではない。


 平均的な男性よりも頭一つ分以上背が高く、一見スラリと見えるのにその身体は鍛え抜かれて鋼のように強い。


 派手なプラチナブロンドの隙間から見える蒼い瞳は涼やかで、スッと通った鼻筋は形よく顔の中心でバランスを取っている。凛々しい顔立ちに男らしい顎から首のラインはゴクリと唾を飲み込みたくなるほど色っぽい。


 つまり、彼は超絶美形である上に強いのだ。


 さらに平民の出身ながら国王陛下の覚えもめでたく、気さくに誰とでも仲良くなれるリカルドは王都の人気者だった。とくに女性陣の視線はゲキ熱だ。


 ただ、これだけの男ぶりの若い独身男性ならば、蝶のように華やかな女性たちに取り囲まれて、浮かれて遊び回っても不思議ではないのに、浮いた噂はまったくない。


 決まった恋人も婚約者もいないという状況でまったく女性に興味を示さないリカルドに不満を募らせるご婦人方も多かった。


 噂では人妻に悲しい片思いをしているとか、昔恋人に死に別れたとか、好き勝手言われているが、真実が何なのか知る者は少ない。


 メイはその少ない人間の一人だった。


 令嬢方に追いかけ回され、女性を避けまくっているリカルドがリラックスして過ごせる数少ない場所の一つが王宮の厨房である。


 何故なら料理長を始め、そこで働く料理人や下働きは全員男性だからだ。メイを除いて。


 メイは料理長の姪であり、幼い頃から食べることと料理が好きで、大きくなったら叔父さんのように料理人になると宣言し、渋る両親を説き伏せてどうにか下働きのそのまた下働きとして王宮の厨房で働けることになったのだ。


 料理長はリカルドと仲が良い。


 リカルドはふら~っと厨房に現れては、料理長とお茶を飲んでお喋りをして帰っていく。


「叔父さんはどうして副団長と仲が良いの?」


 一度聞いてみたことがある。


「職場では料理長と呼びなさい。……リカルドは昔ウィンザー公爵家で働いていたことがあってね。私はウィンザー公爵夫人と昔親しくさせて頂いていたので、その縁でね」


(ああ、例の『ミラ様』ね)


 料理長は国王の元側室であり、現在はウィンザー公爵夫人であるミラ様の親代わりとして結婚式に出席したことをとても自慢に思っている。


 ミラ様は側室でいらした頃、王宮の厨房でしょっちゅう国王陛下のために料理をされていたのだという。


 王宮の料理人は誰もが『ミラ様』に恋をする、なんて言った人もいた。


 きっと料理人だけじゃない。


 リカルドも『ミラ様』に恋をしていた。多分今でもしているということは料理長との会話からメイが推測したことである。


 リカルドが『ミラ様』という言葉を発する時、彼の端整な顔が信じられないくらい優しくなる。


 とても大切な言葉を口に出しているという表情に、それを見ているこっちの方が恥ずかしくなるくらいだった。



***



 リカルドに初めて会った時もメイはウサギを追いかけて走っていた。


 汗びっしょりになってようやくウサギを捕まえて厨房に戻ってきた時に、背が高くてやたら派手なプラチナブロンドのイケメンが呆然とメイを見つめていた。


「お前……。足速いな。何かやってたのか?」

「子供の頃から足は速かったんですよ。今度セブンズの女子チームのトライアルを受けようと思っています!」


 ガッツポーズで言う私をリカルドは興味深そうに見つめた。


「セブンズが好きなのか?」

「ええ! もちろんです! 足の速さには自信があります! そんじょそこらの男子にも負けないですよ! 目指すポジションはウィングです!」


 堂々と言うとリカルドはニヤリと笑った。


「でも、俺の方が速い」

「そんなのやってみないと分かんないじゃないですか!?」


 その時はリカルドがスポーツ万能で最強の副団長だなんて誰も教えてくれなかった。


 負けず嫌いなメイはつい挑発に乗り、まんまと屈辱的な敗北を喫したのだった。


 それ以来、リカルドは何かというとその勝負のことを持ち出して、メイが負けたことを嘲笑う。悔しくて仕方がない。


「当然の結果だ。俺はミラ様よりも足が速かったんだからな」


 そう言った時のリカルドの顔は嬉しいような悲しいような表情を湛えていて、何故この人はこんな顔をするんだろうとメイは不思議に思っていた。


 その後、料理長から『ミラ様』は何とセブンズ創立の立役者で、ウィングまで務めた伝説のプレイヤーだということを教えてもらった。


(リカルド副団長にとって『ミラ様』に関わることは全て切ない思い出なんだろうな)


 平民の出身で厨房の中のことしか知らないメイは外の世界に疎い。


 美人で頭が良くてすごいセブンズの選手で、やたらとモテまくっている『ミラ様』って一体どんな女性なんだろうと興味が湧いた。


(勿論、滅多に王都に来ないウィンザー公爵夫人を垣間見る機会なんて私にはないだろうけどさ)




***




「おい! このまま厨房に連れていっていいのか?」


 ボーっと考えに耽っていたメイは、相変わらずリカルドにウサギごと猫のように吊り下げられていることに気づき、ハッと我に返った。


「い、いや! 降ろしてよ!」


 リカルドは笑いながらメイをそっと地面に降ろす。その手つきは驚くほど優しく、彼女がよろめかないようにちゃんと支えてくれる。


(なんかこういうところが意外に紳士なのよね。そのギャップにやられちゃう令嬢が多いんだよな。自覚してんのかなぁ?)


 見た目はどちらかというとワイルドなイケメンで野性味が強いので、そんなリカルドが紳士的なふるまいを見せるだけで、コロリと恋に落ちてしまう令嬢は多い。


(私は落ちたりなんかしないけど!)


 内心断言しながら厨房に戻るメイ。その後をリカルドがピッタリついてくる。


「ああ、リカルド。ちょうど良かった。今賄い用のパイが焼きあがったところなんだ。少し食べていけよ」


 料理長が笑顔で誘い、リカルドは当然のように厨房で自分専用のマグカップにお茶を注ぎ、椅子を引き寄せた。


「……そういえば、来月の国王陛下在位十周年記念祭にウィンザー公爵夫妻が王都にいらっしゃるそうだな」


 料理長の言葉にリカルドの顔が嬉しそうに緩んだ。


「ああ。そうだな。リアム様にもミラ様にもお会いするのは久しぶりだ」

「お子さんは幾つになられた?」

「ご令息が三歳だ。今は二人目を妊娠されているらしい」

「詳しいな」

「まぁな。近衛騎士団の副団長として直々に護衛を務めさせて頂く予定だから」


 ウィンザー公爵は現国王の右腕とも呼ばれている。そのご夫妻が来るのだから、当然なのかもしれない。


「ミラ様がいらっしゃるのは久しぶりだな。リアム様は公務で何度か王都にはいらしていたが」

「育児で大変だったそうだからな」


 リカルドの声に苦さが混じったことにメイは気がついた。


(やっぱりリカルド副団長は今でも『ミラ様』に恋してるんだろう)


 そう思った時にメイの胸がズキっと痛んだ。


 子供っぽい駆けっこをして以来、リカルドはなんだかんだとメイに構う。


 厨房に来ると


「おい!ウサギはまた逃げてないか?」


 と揶揄うし、メイがクッキーを焼いていると


「一枚くれ!」


 とつまんでいく。


「リカルドはお前が気に入っているんだ。あいつはいい奴だよ」


 なんて料理長に言われたりもするが、その『気に入っている』というのは揶揄うのにちょうどいいとか、きっとそういう意味に違いない。


 しかし、令嬢方の憧れの騎士がやたらと構っている下働きの女がいるとの噂は、メイの知らないところで物凄い速度で広がっていたのである。

*読者の方からご指摘を頂きまして、ヒロインの名前を変更しました。

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