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ちょっと長めのエピローグ ~ 鬼の霍乱

*本日三度目の投稿です。最終話になります!

*リアム*



それは前触れもなく突然起こった。


「……ごめん。ちょっと体調が悪いの。休んでいいかしら?」


ミラが……あの、超健康優良児のミラが執務室で仕事中に突然口を開いた。


そんな信じがたい言葉を聞いたのは俺だけじゃない。その場に居たオリバーとテオの顔からも血の気が引いた。


俺たちはあまりの驚きに言葉を失った。


「……何か恐ろしい病気かもしれません。すぐにお休みください。侍医を呼びます」


テオは言い、俺はミラを抱えて部屋に疾走した。


「ごめん、あまり揺らさないでくれる? 吐き気が……」


ミラが青白い顔でそんなことを言う日が来るなんて想像もできなかった。


スピードを緩めて、できるだけミラを揺らさないように部屋まで連れていく。


「ああ、何だか体を動かしたくないの……休んでいれば治ると思う。ごめん。今日は休ませてくれる?」


ベッドに横になって、生気のない表情で弱々しく言うミラは本当に辛そうだ。


ミラが?! あのミラが!?


「体調が悪くなりそうな時は筋トレをすれば吹っ飛ぶのよ」


と言っていたミラが?


「ちょっと風邪引きそうだから筋トレしてくるわ!」


と言っていたミラが?!


「リアム様、何か深刻な奇病かもしれません……」


オリバーも冷や汗が額に浮き出ている。


これはもう手遅れなのかもしれない……。ミラを失うかもしれないという恐怖で背筋がゾッとした。


「……っ! 早く! 早く! 侍医は何をしているんだ!?」


絶望感に打ちひしがれながら俺は叫んだ。


慌てふためく俺たちを尻目に侍医がのんびりと登場し、ミラを診察した。


「……ミラは? ミラは大丈夫か? 不治の病かもしれないんだ!」


ミラにもしものことがあったら俺は生きていられない。


「どうかミラを助けてくれ!!!」


叫ぶ俺に侍医がのほほんと言った。


「ああ、おめでたですな。リアム様、おめでとうございます!」


彼の苦笑いでこの騒動は収まった。


……収まった……のか?


おめでた?


おめでた……?!


おめでた………………?!?!?!?!?!?!?!?!




*料理長エリオット*



「っ! エリオット!」


息をゼイゼイ切らしながらリアムが厨房に現れた。


「リアム様! 何があったんですか?」


彼の尋常じゃない様子に全身に緊張が走った。


「ミラが……ミラが……」


ミラに!? 彼女に何かあったの?


不安に駆られて冷や汗が背中をツーっとつたう。


「おめでたで……」


はっ!?


リアムの言葉を聞いた瞬間、背後で物を取り落としたようなガチャンという音が連続して鳴り響いた。


「あんたたち! 調理道具を落とすなんて何を考えてるの!? さっさと洗浄、消毒して!」


まったく……いまだにミラに密かに想いを寄せている料理人がいるのよね~。ホント罪な子だわ。


それよりも。


「それでリアム様! ミラに赤ちゃんができたのね!? おめでとうございます!」


笑顔で祝意を示すが、リアムの様子がおかしい。よく見ると指が震えている。


「あ、ああ。……だから、その、妊婦さんでも食べられそうなものがあれば……。ミラが食欲がないっていうんだ」

「な、な、なんですってぇ~!!!」


あたしは衝撃を受けた。あのミラの食欲を奪うだなんて……なんて恐ろしい。


女性の体の神秘を目の当たりにしてあたしも覚悟を決めた。


「分かりました。悪阻でも食べられそうな食事を研究します。匂いが苦手な方がいらっしゃると聞いたことがあるので、匂いの少ない食材を使って……リアム様、大丈夫ですか?」


リアムの顔色は悪い。二人の赤ちゃんができて喜びの絶頂にいるかと思ったのに……。


「あ、ああ。大丈夫だ。ただ、自分が父親になる資格があるのか。その……これまで経験もないし。子供の面倒が得意というわけでもない。それに出産は命がけだというだろう? 万が一ミラに何かがあったら俺はどうしたらいい?!」


不安で取り乱すリアムの姿に、あたしはちょっと目頭が熱くなった。


10歳で両親を亡くし領地を支えるために頑張ってきたこの真面目な領主は、子供の頃に子供でいることを諦めた。


自分の素の感情を表に出さず、領民のために実直に働く姿はとても頼もしかったけど、周囲の大人としては、もっと子供らしく頼っていいのよ、と何度も思った。


彼は急いで大人になりすぎてしまったから……。


でも、今こうして動揺しているリアムはとても人間らしい。あたしたちに弱音を吐いてくれることが信用の証のようで誇らしい。


「リアム様。大丈夫。この城の人間全員がリアム様とミラの味方よ。ミラに何も起こらないよう最善を尽くします。ミラこそ初めての妊娠で不安に思ってるんじゃない? しばらく側についていてあげて。リアム様が動揺しているとミラも心配になるわよ」


あたしの言葉でリアムがシャキッと立ち直った。


「そ、そうだ。俺は夫として……ち、父親としてミラを支えなくては!」

「そうよ! その調子。絶対に元気な赤ちゃんが生まれるわ」


あたしは内心ちょっとしんみりしながらリアムを励ました。


この子に子供ができるなんてね。それが当然の年齢なんだわ。


あたしも年をとるわけだ……と小さな溜息を吐いた。



*ミラ*



妊娠が分かって以来、リアムの過保護ぶりに拍車がかかった。


もちろん領主としての仕事はしているが、極力部屋に持ち帰って私の近くで書類と睨めっこしている。そして、私に手伝わせてはくれない。


「私が執務室に行くよ。仕事もしたいし」

「いや、危険だ」


という返事に内心で嘆息する。


『何が危険?』という言葉をようやく飲み込んだ。


心底私のことを心配してくれているのが分かるから。


妊娠が判明した直後、きっと大丈夫だろうと軽く考えて、私はいつも通り仕事を続けてしまった。


その結果、パトロール中に眩暈を起こして倒れるという失態をおかしてしまったんだ。


侍医からはそりゃもう叱られまくり、リアムたちからも涙ながらに自分の体を大切にして欲しいと懇願された。


それ以来、私は部屋で大人しくしている。


アンナが頻繁に来てくれて刺繍や裁縫を教えてくれるのが救いだ。


今はエマも参加して、赤ちゃんの産着を一緒に作っている。



そういえばアンナはなんとアルベールとお付き合いするようになったらしい。


嬉しそうに報告してくれたアンナは心から幸せそうで、美しさに磨きがかかっていた。


エマたちの結婚式の後はアンナたちかな? おめでたいイベントが続くのがとても嬉しい。


いつか……いつかリカルドのおめでたいニュースが聞けたらいいな。既に王都に去っていった彼の横顔を思い出した。


**


リアムは私の妊娠をとても喜んでくれたが、同時に不安もあるようだ。


その気持ちは私にも分かる。私も初めての経験だし、スチュワート公爵家であまり幸せでない幼年期を過ごしたために、この世界での幸せな家庭のイメージが浮かばない。


でも、誰でも最初から完璧にできる人はいない。私たちはお互いに助け合って、支え合って、時には失敗もしつつ、反省して改善して、ちょっとずつ親になっていけばいいじゃないかと思う。


不出来な親でも精一杯努力していると分かれば、子供は許してくれるんじゃないのかな?


喧嘩しても仲直りの努力をすることが大切で。


話し合ってお互いの気持ちを尊重することが大切で。


まだ親になったこともないくせにエラそうだけど、前世の親のことを思い出してちょっとそう考えた。


**


なぜかリアムは以前よりも甘えん坊になった。時間が空くとすぐに私をガシっと逞しい腕で捕まえる。


今もソファに座る私の膝枕で私の髪の毛に手を伸ばして弄んでいる。


私も彼の黒髪を手で梳った。柔らかい感触が心地いい。大型犬を撫でているみたいだ。思わず彼の形の良い額にちゅっと唇を押し当てると彼はチラリと私を見た。


そしてコホンと軽く咳払いをして起き上がると、リアムは私の手を握った。


「俺はミラと子供のためなら何でもする。だから、俺に甘えて欲しい。頼りないかもしれないけど……頑張るから。ミラにとって良い夫になりたいし、子供にとって良い父親になりたいんだ」


リアムの真剣な顔をみてしみじみと思った。


ああ、幸せだな。


この人に巡り合えて良かった。


私たちが親として正しい道を選んでいけますように。


リアムと一緒ならきっと大丈夫。


私はもう一度リアムの髪の毛をくしゃくしゃに撫でまわした。

*これで完結になります。リカルドの話など、いつか番外編を書くつもりです(#^^#)。またその時に読んで頂けたら嬉しいです!


*読んで下さった皆様、レビュー、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告下さった皆様、本当にありがとうございました<m(__)m>。どれもとても励みになるもので、モチベーションにつながります。心からの感謝を込めて(#^^#)!

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