刺繍をしたハンカチをプレゼントしました
*ミラ視点に戻ります。
リアムの新公爵として初めての舞踏会は大成功だったと思う。
素晴らしい夜会だったと多くの招待客からお褒めの言葉を頂いた。
もしかしたらお目付け役のように後ろで控えていたベスのおかげなのかもしれないけど「楽しかった」という言葉には多少の本心が入っているように思えた。
饗された食事もエリオットたち厨房部隊の渾身の料理だったしね!
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舞踏会でリアムと踊っている最中に、警備をしていたリカルドと目が合った瞬間があった。
彼の瞳には切実な何かが秘められていて、何故今まで彼の気持ちに気がつかなかったのだろうと自分の馬鹿さ加減に泣きたくなった。
何かを期待させるような感情を見せてはいけないと自分に言い聞かせた。
その結果、他人行儀な冷たい笑顔になってしまったんだけど……何が正解なのか分からなかった。
翌日アルベールからリカルドが近衛騎士団への異動と希望していると聞き、悲しい気持ちになったが……これで良かったのだとも思えた。
ウィンザー公爵領での公式行事は終わり、国の貴族らはそれぞれ帰途についた。
*****
ケントとミシェルを迎えての最後のイベントはパウロとリタの結婚式だけになり、私とリアムは大きな肩の荷が下りてホッとしていた。
もちろん、結婚式は重要なイベントだけど私たちが主催者という訳ではないし、客として招かれる立場なので多少は気が楽だ。
彼らの結婚式の前夜、私たちは二人でゆったりとお茶を楽しんでいた。
あ、そうだ……。
せっかくだから、リアムへのプレゼントを今渡そう。
忙しい合間にちょっとずつ進めてようやく完成したばかりのプレゼントの包みを手に握りしめた。
気に入ってくれるかな……?
私はソファに座ってお茶を味わっているリアムに、バッとプレゼントの包みを差し出した。
「リアム! あの、これ……良かったら」
「え……? なんだい?」
リアムは怪訝そうな表情を浮かべる。
「えっと、私からリアムへの贈り物です。リアムは素晴らしい誕生日プレゼントをくれたのに、私はリアムに何もあげてなかったから、ずっと気になっていたの。初めてだったから出来は良くないんだけど……」
顔を赤らめながら手渡した。
リアムは驚いた顔をしながらも、とても嬉しそうに包みを受け取り、丁寧に包装を解いていった。
プレゼントの中身は白いハンカチだ。LWという文字と薄紫と白のグラデーションを入れた花が刺繍されている。
初心者だから縫い目とかどうしても揃わなくて、粗い出来上がりだけど……。
リアムはそれを見ながら震える声で尋ねた。
「まさか……ミラが自分で刺繍したのか?」
私は恥ずかしくなって、黙って首を縦に振った。
リアムの瞳が潤んで、ハンカチをギュッと握り胸に抱きしめた。
「ミラの……手製の刺繍。俺のために……?」
「うん。あの……初めてだったからへたくそだけど、アンナに教えてもらって……。次回はもっと上手にできると思うわ。リアムの好きな模様があったら……」
言い終わる前に、リアムに思いっきり抱きしめられた。
「……ミラ、ありがとう! とても、綺麗だ。ミラの瞳の色のような花が嬉しいよ。今まで生きてきてこんなに嬉しい贈り物はなかった。一生大切にする。常に持ち歩くようにするよ!」
「喜んでもらえて良かった。私もリアムから貰ったネックレスをいつもつけているのよ」
髪を持ち上げてタイガーアイのネックレスを見せた。
「ミラ、どうしようもないくらい君が好きだ。一度は諦められたけど、もう無理だ。君を誰にも渡さない」
リアムはそう呟きながら私の顔を覗き込み、唇を寄せる。
「私もよ……」
彼の首に手を回すと、長い口づけが始まった。
*****
リアムの腕枕に頭を乗せて逞しい胸に顔を寄せると、彼はふぅっと溜息をついた。
そのまましばらく黙っていたが、彼がためらいがちに尋ねた。
「……リカルドが王都に行ってしまったら寂しいか?」
私は何と答えたら良いのか分からなかった。
「新領地で一緒に戦った仲間だから……そういう意味では寂しいけど」
正直に自分の気持ちを伝える。
リアムはいつものように私の髪の毛を弄びながら考えごとをしているようだ。
「何を考えてるの?」
「俺は心が狭いな……」
「そんなことない。私は鈍感すぎて気がつかなかったけど、舞踏会でリカルドと目が合って……迂闊だったと反省したわ」
実はそのことでは深く落ち込んでいる。
「君のせいじゃないのは分かってるんだ。ただ……君は自分の魅力を自覚した方がいい。前世で君はモテなかったと言っていたが、気づかなかっただけで君に惹かれていた男は沢山いたんじゃないかと思う」
それは買いかぶりすぎだと思うが、油断し過ぎないように気をつけることを約束した。
「そういえば、ミラはアンナの家族のことを心配していただろう?」
リアムが話題を変えた。
「え? あ、うん。爵位を剥奪された後、大変な生活を送っているって聞いたから……」
「ケントがここに居る間に彼らに会ってもらおうと思っているんだ。彼らは王都を追放された立場だがここなら問題ない。明日にはこの城に到着する予定だ」
リアムの言葉に私は驚いた。
「できたら爵位を元に戻せないかケントに考えて欲しくてね」
「……そんなこと法的に可能なの?」
「うーん、正直難しいとは思う。ただ、前例がない訳じゃないから」
「もし、それが可能だったら私も嬉しい。ずっと責任を感じていたから。ありがとう、リアム」
私がそう言うとリアムの眼差しがとろりと緩む。愛おしくて堪らないという視線を受け止めて全身が熱くなった。
*****
リタとパウロの結婚式の前日。
私たちはパウロの家族であるアバーテ男爵一家とお茶を楽しんでいた。リタとパウロも一緒だ。
アバーテ男爵一家も我が国の貴族として舞踏会に招待されていたので、引き続き結婚式のために城に滞在している。
アバーテ男爵夫妻とパウロのお兄さんは優しそうで、二人の結婚を心から喜んでいるようだった。リタとパウロが各地を旅している間に一度挨拶に行ったことがあるらしく、リタとも心安げに喋っている。
「まさか息子の結婚式の媒酌人を国王陛下が引き受けて下さるなんて、本当に驚いたわ。しかも、太皇太后陛下まで列席して下さるそうで。リタとパウロは果報者ね。アバーテ男爵家にとって一生の栄誉だわ」
ケントとミシェルに面会した後、汗をふきふき語るご家族の様子はとても心温まるものだった。
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この日にはアンナの家族であるローマン元子爵一家が城に到着した。
正直言うと、私はアンナのご家族にお会いするのがとても怖かった。恨まれているだろうと覚悟していた。
しかし、思いかけず彼らは優しかった。
アンナの弟さんはこう言った。
「ミラ様は何一つ悪いことなどしていません。姉がすべて悪いんです。姉がしたことは許されることではありません。しかも逆恨みして公爵家に入り込むなんて! それなのに恩情をかけてくださって、感謝の申し上げようもありません」
アンナは改めてその通りだと深く頭を下げた。
ご両親にまで平身低頭で謝罪されて、私はどうしたら良いか分からなかった。
爵位を元に戻すという提案も「とんでもない!」とローマン夫妻は頭を振った。
「私たちは自分たちの今の生活で満足しています」
笑顔で語るアンナのお母さんは本心のように見えた。
アンナのお父さんと弟さんは大きな商会に勤めていて、特に弟さんは商会長に目をかけられているそうだ。二人とも現在の仕事が気に入っているのだという。
ケントも「本当にそれでいいのか?」と何度も尋ねたけど、彼らの返事は変わらなかった。
「では、せめて……」と王都からの追放令を取り消すことにしたので、彼らは平民だけれども自由に王都に移動できるようになる。
彼らはアンナと再会できたことを喜び、私に直接謝罪できて良かったと晴れ晴れとした表情で言った。
「アンナはこの城で働かせて頂いて、とても幸せだと申しています。どうか今後とも宜しくお願い申し上げます」
アンナの両親に深々と頭を下げられて、私は「こちらこそ大変お世話になっています」とお辞儀を返すことくらいしかできなかった。
途中、何故かアルベールがアンナのご両親に挨拶をしにきて、アンナの顔が真っ赤に染まった。
んんん?
気になったが、私に恋路を語る資格はないと分かったので、余計なことに首を突っ込むのは止めにした。
「折角来たんだから、良かったら私たちの結婚式にも出席していってください!」
リタが彼らも結婚式に招待してくれて、最初は遠慮していたローマン夫妻と弟さんもケントやアバーテ男爵夫妻にまで勧められて、急遽結婚式に出席することになった。
「アンナも一緒に戦った勇敢な仲間だからね!」
そう言ってリタはカラカラと笑った。




